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君を放さないと叫びたい

 通りすがりの人をぶん殴ったら。


「おいテメェ何してくれんだ、あぁ!?」

「おかげで俺のイケメンフェイスが汚れちまったなあ」

「慰謝料出せや慰謝料」


 路地裏に連行されてカツアゲされる事になった。

 でも、困ったな。


「テメェらにくれてやる金は無い。さっさと消えろクソウジムシどもが」


 非常に、どうでもいい。


「んだとこのガキぃ・・・」

「痛い目見ねぇと分かんねえのか?」

「可愛いお顔がぐちゃぐちゃになっちゃいまちゅよ~」


 そう言って顔を近づけてきた金髪男。

 あまりに気持ち悪かったものだから、とびきりの頭突きを食らわせておいた。


「ってえ! こっちが下手に出てりゃいい気になりやがって!!」

「女に生まれた事を後悔させてやるっ」


 だけど3人が3人とも、次の瞬間には刃物を手にしていたのにはさすがに驚いた。

 いくら治安の良い国・日本だとしても夜中に歩き回って異質な雰囲気の男をぶん殴ればただでは済まなくなりそうだ。


 わたしがゆっくりと目をつむった、次の瞬間。


 銃声が、夜の帳を落とした裏路地に鳴り響いた。


「チャ、チャカ・・・!?」


 3人は後ろを振り向く。さしものゴロツキも銃が絡んでくるとなると表情が強張る。


「お前らどこの組の若い衆? ここがうちのシマだって、分かってんでしょうね?」


 暗くて声の主は見えない。でも、分かることが一つだけある。

 声の主は女性・・・、であるということ。


「うちのシマぁ? てめぇ何モンだ!?」


 男が威勢よく叫んだ次の瞬間、有無を言わさず2発目の銃声が鳴り響く。

 3人の男のうち、左に居た男の握っていたナイフが、宙を舞ってわたしの足元に刺さった。


「あら、間違えてナイフ撃っちゃった。次はちゃんと、人間に当てないとね」


 ナイフを粉々にされた男が、嗚咽を漏らしながら一目散に逃げ出した。


「アンタ達は逃げなくて良いの?」

「俺達ぁこれでも黒瀧組の一員だ! 恥を晒すくらいなら・・・!」

「ははっ」

「何がおかしい!?」


 声の主はたまらず笑い出してしまった。なぜなら。


「あたしは極悪非道会会長、大東亜悟朗の娘、大東亜朱莉・・・」


 相手の矮小さに、気づいてしまったからだ。

 暗闇から人影が現れ、その人影はいとも簡単に2人の成人男性を戦闘不能にする。


「黒瀧はカタギを巻き込むような教育してんだね。よくわかったよ。このことはちゃんと伝えておくから」


 その言葉は恐らく彼らには届かない。だって・・・


(どう見ても死んでんじゃん・・・)


 多分、死んではないんだろうけれど、流れてる血の量とか半端無いし、身体が曲がっちゃいけない方向に曲がっている。


「貴女、こんな夜中に散歩?」


 2人の男をノした後、少女はパンパンと手をはたきながら、こちらに話しかけてくる。


「違うな。こんな治安の悪いところに散歩に来るような奴は死ねばいい」

「じゃあ、死にに?」

「いつでも死ぬ覚悟はあるが、さしあたって死に急ぐ事情もない」

「どうしてこんな事に巻き込まれたの?」

「ムシャクシャしながら歩いてたら、無性に人を殴りたくなった。特に意味のない暴力ってヤツかな」


 そう、吐き捨てた瞬間。右頬をすさまじい力でぶたれた。


「特に意味のない暴力を受けた感想は?」

「・・・バカ痛い」

「じゃあ、もうそういう事、他人にしちゃダメだよ。された方はバカ痛いんだから」


 なんだこれ。


「説教のつもりか? お前は夜回り先生か何かか?」

「残念、あたしまだ17歳だから教師にはなれない。でも、世直しをすることくらいはできる」

「わたしが悪だと?」

「あたしにはそう見えた」


 この女、ムカつく。気に入らない。腹が立つ。

 でも、なんだろう。


「こんな気分になったのは久しぶりだ・・・」


 自然と、笑いが込み上げてきた。


「そういう顔してる方がかわいいって」

「そりゃ不愛想な女より笑っている女の方が気分は良いだろうが」

「それが分かってるなら、どうしてずっと笑ってないの?」

「何時も笑ってたらアホに見えるだろ」


 この女・・・、確か朱莉とか言ったかな。

 今の言い合いといい、この女はわたしに一歩も引いて来ない。

 妥協や落としどころというものを知らないのか。それともただの負けず嫌いか。

 どっちにしろ、いけ好かない女だ。


 そのいけすかない女が、何か体の良いことを言ってこの場から去ろうとしている。

 ・・・させるもんか。


「なあ、アンタ」

「ん? なに?」

「・・・わたしを買わないか?」


 ようやく見つけたんだ。


「言い値でアンタに売られてやるよ」


 この世界で唯一、わたしが興味を持った他人を。





「いくらなんでもホテルに連れ込まれるとは想定外だったぞ」


 大きなベッドが1つ、部屋の中央にあるだけのホテルに連れてこられた。

 休憩とか宿泊とかがあるタイプの。


「しょ、しょうがないでしょ! 貴女を連れたままじゃ家には帰れないし、頼りになりそうな人はこの時間みんな寝ちゃってるし! ひ、一晩だけ!」

「なんだ? 朱莉は"ちょっとだけ"と言いながら最後までやるタイプなのか?」

「そういう事じゃなくて!」


 取り乱している彼女が面白くて、意地悪をしてみたくなった。

 この朱莉という女、こういう色気に対しての耐性が無いのか。


(まあわたしも、知識だけで経験なんて無いんだが)


 それにしてもまあ、面白そうなのでこの路線を続けよう。


「しかし」


 手元にある福沢諭吉とにらめっこをしながら。


「わたしの価値は1万円か。命の価値観の違いで吐きそうだ」

「この先衣食住には困らないんだから良いでしょ。ご飯は毎日作ってあげるし、あたしの部屋なら自由に使っても良いし、お金が欲しいならあたしのお小遣いから捻・・、出・・・」


 捻出するのは非常に難しいらしい。残念。


「朱莉のヒモになる気は無い。わたしは学校へも行くし、将来的には定職に就くつもりだ」

「ってか貴女、名前は?」

「わたしの持ち主である君が決めれば良い」

「そういうわけにもいかないでしょ。それとも名前、言いたくない?」


 朱莉はまっすぐにこちらを見つめている。

 名前を言いたくないのが完全にバレているのは分かった。問題はそれを肯定するか、否定するか。


「ひばり。そうだな、わたしは空ひばりだ」


 自己紹介をして、スカートの裾をちょいとつかみながら頭を下げてみる。

 朱莉の顔を見ると、眉間にしわを寄せ、疑い以外の意図を感じられない表情をしていた。


「・・・わかった。貴女はひばりね」


 絶対に納得はしていないだろうが、彼女はくしゃくしゃと髪をかき乱しながら自分にそう言い聞かせる。


「ずっと気になってたけど、その制服・・・、北高?」

「ああ。勉強は得意でね」

「こう言うのもなんだけど、ひばりって超かわいいし、頭良いし、なんであんなとこであんな事してたの?」

「逆だな」


 わたしはベッドに腰を下ろしながら答える。


「そういうようなものがストレスになって、人生どうでもよくなった。どうでもよくなったから、普段から気に入らないと思っていたチャライ男を殴った。その結果がさっきのシーンだ」

「自暴自棄になった、って事?」


 むむむ、と朱莉は考え込んでしまった。

 その間にわたしはスマホを枕元に放り投げ。


「そんな事より」


 そして朱莉の首に手をまわして、そのまま仰向けに、背中からベッドに倒れ込んだ。


「早くわたしを抱いてくれ。わたしだって健全な身体を持ってるんだ。性的興奮に興味が無いって言ったらウソになるんだぜ」

「ちょ、ちょっと放しなさいよ!」

「放さない。早くキスしろ。こんな制服破いても良いから。朱莉になら何されても抵抗しないよ」

「ふざけないで! 今のひばりは正常な判断が出来てないの! まずは落ち着いて・・・」


 朱莉は顔を真っ赤にさせながら、こちらから目線も顔も逸らしてくる。


「君もわたしを必要としてくれないの?」


 語気を弱め、トーンを落として話しかける。


「そ、そういうわけじゃ!」

「わたしが必要ならわたしを使って性欲を満たしてくれ。そうしなきゃ、持ち主の役に立たないわたしなんて生きている意味も価値もない」

「自分の生きている価値を自分でつけようなんて傲慢だわ」

「そう、傲慢だ。だからわたしは君に身を売った。君がわたしに生きる価値をくれると思ったから」


 こちらから、朱莉から目を逸らす。

 段々と彼女の表情に同情や動揺にも似たものが見て取れるようになった。


「そんな君から否定されたらわたしはもう・・・」

「キ、キスするだけで良い!?」

「舌入れても怒らないなら」

「お、怒らないわよ!」


 朱莉はそのまま、わたしに覆いかぶさると、こちらに何も言わせないまま唇を合わせた。

 約束通り舌を入れても彼女は怒らない。


「・・・ファーストキスなのに刺激が強すぎるわっ」

「それはお互い様だ」


 わたしはそう言って、微笑む。それを見た朱莉は真っ赤になっていた。


「はは、朱莉はかわいいなあ」


 寝そべりながら、わたしは枕元にあったスマホを手に取る。


「ここまで簡単に事案を作れるなんてね」

「えっ・・・?」


 真っ赤になっていた朱莉の顔に、別の色が落ちた。


「わたしはね、警視総監の一人娘なの」


 さーっと、彼女の顔から赤が引いていく。


「警視総監青嶋誠。それが父の名前。でもね、朱莉。わたしはもうそんなことはどうでもいいの。わたしには朱莉さえ居てくれれば、その他のことはどうでもいい。でも、わたしは警視総監の娘で、朱莉は日本最大の暴力団組長の娘。絶対に結ばれることが無い間柄・・・。だからね、わたし考えたの。どうすれば朱莉と一緒に居られるんだろうって。だから朱莉に身を売った。今のわたしは空ひばり。警視総監の娘じゃない。でもね、他人にそれが分かるかな? 例えば今の、わたしと朱莉がベロチューしてる映像がこのスマホの中にあるよね。これを見た人はどう見るかな。警察のトップの娘とヤクザのトップの娘がラブホで前戯してるって、そう見えないかな。見えるよね。それは朱莉にとっても都合が悪いよね。この映像、簡単にインターネット上に流せるんだよ。それが嫌ならわたしと駆け落ちして。ねえ、わたしは朱莉のこと、絶対に放さないよ」

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