上京愛物語
「あ、ミヤちゃーん!」
ひどく懐かしい声に、身体が反射的に動いた。
「あっちゃん。久しぶりだね」
小走りで近寄ってきた旧知の友を、昔馴染みの愛称で呼ぶ。
「おひさー。二中の神童、1年と3カ月ぶりのそろい踏み!」
「神童って・・・」
いくらなんでもわたしには相応しくない俗称に苦笑いが隠せなかった。
ぎゅっとわたしの手を握るあっちゃんは1年と3ヶ月経っても何も変わっていない。
「我ら二中四天王の中でもこのコンクリートジャングルで生き残れるのはあたしとミヤちゃんだけだし」
「やっこと山ちゃんって今、何やってるのかな」
「さあ~? そういや山の字は短大行ったとか?」
結局、高校も違ったあの2人が今何をしているかなんて知りようが無かった。
それに、わたしとあっちゃんも同じ高校に進学しなければ2人のように疎遠になっていたかもしれない。
同じ私立高校でもわたしは体育科に進学し、あっちゃんは偏差値がべらぼうに高い科へと行ったので、高校生活を一緒に共有した竹馬の友というわけでもない。
駅から学校へ歩く道中、いつも一緒だったものの高校の中ではほとんど話したことが無かった。
だから、こうやって上京して、1日デートしようなんて、本当に腐れ縁としか言いようがない奇妙な間からだ。
「なに観る?」
「えっ、決めてなかったの?」
「いや、なにやってるか知らなかったし」
「えー・・・っと」
まさかのブン投げに驚きながら、映画館の電光掲示板を見上げる。
「あれはネットでムチャクチャ叩かれてたし、あれは長すぎるし・・・」
「ねえ、あれは? あの歌のヤツ!」
「あれは8月からだよ」
「ええ? じゃあなんであそこに書いてあんの?」
「前売り券の発売みたいだね・・・」
歌には興味があるけどSFモノはちょっと食指が動かないなあ。大体ああいうのって肩透かし食らうし。
「じゃああれでいいや! あと10分後だし!」
「10分!?」
ギリギリすぎる。
今からチケット買って飲み物とか買ってたら上映時間に間に合わなくなるよ。そんな抗議をしたものの。
「どうせ最初の10分は予告とやっちゃダメ映画盗賊のCMでしょ!」
という事で、無理矢理あっちゃんに手を引かれ、ガッツリとしたラブロマンス映画を見ることになった。
「うえぇぇ~ん」
「あっちゃん、大丈夫? トイレ行く?」
「あんなの悲しすぎるよぉぉ、あんまりだあぁぁ」
感受性豊かなあっちゃんは悲劇の物語にかなり入り込んでしまったらしく、ずっとこんな調子だ。
その後も色々な場所をまわってみた。
東京に来て曲りなりにも1年と3カ月が経過しているわけで、この界隈は大分こすってきた場所だったけれど。
(本当、旅行ってどこへ行くかじゃなくて誰と行くかなんだなぁ)
こんな風に中学校の時と変わらずはしゃぐあっちゃんと歩く街は、どこか違って見えた。
修学旅行で東京に来た時のあっちゃんってこんな風だったな、と。あの日のことを思い出す。我々四天王が夜中に部屋を抜けてゲーセンでUFOキャッチャーやっていたところを見つかり、廊下で正座させられたのは今でも二中で都市伝説として語り継がれているらしい。あんな田舎でも"都市"伝説。
「あん時さあ、夢の国でマスコット池にポシャらせるべきだったんだよ!」
「それ無理らしいよ」
「マジで!?」
これは夢の国のアンテナショップでの一コマ。
あの中学生のテンションのわたし達だったらやってしまいそうで怖い。
「国民栄誉ショーの人、見たよね?」
「見てないよ。あの時はもうメジャー行ってたから」
あっちゃんの言葉やふるまいはまるで中学で時間が止まってしまったかのように天真爛漫で。
「あ、そっかー。あれ? じゃあホームラン打ったの誰だっけ?」
なんか、わたし1人だけが大人になってしまったかのように錯覚するほどだった。
こういうのを浦島太郎状態、というのだろうか。
「っつーかミヤちゃんは大人になり過ぎ! 背ぇ、高っ!」
「いやいや、高校時代からそんなに伸びてないよ」
「じゃあ何? 雰囲気?」
「そうかもね」
昔はこのノリについていけたかもしれないけれど。今、これと一緒の事をやれと言われたら無理だ。
羞恥心もあるし、自分で自分が嫌になりそうで。
1日デートの最後の場所に、あっちゃんが選んだのはファミレスだった。
「この店、向こうには無かったよね」
「うんうん。っつーかこれ無いとか信じられんし! どんだけ田舎だよ!」
そう言って笑うあっちゃんはとても眩しくて、羨ましかった。
「美味い! やっぱ若者は肉を食わんとねー」
ステーキを頬張るあっちゃんは本当に美味しそうで、初めて肉を食べた人みたいな反応の仕方だった。
「・・・」
わたしはあっちゃんの食べているステーキを、スマホで撮影する。
「わー、何それ? ツイッターに上げるの!?」
「う、うん。ごめんね、ダメだった?」
「ダメじゃないダメじゃない! あたしも映してピース!」
『二中四天王降臨!』という文字と共に、それを投稿する。あっちゃんの顔が映ってる写真はさすがに上げなかったけれど。
「最近どうよー?」
「うん、ようやく球拾い卒業できたよ。1年生入ってきたから」
「へえ。レギュラーとれそう?」
「とんでもない。試合に出られるのなんてほとんど4,3年生の先輩ばっかりだし、2年生でレギュラーって本当に天才みたいな子ばかりで」
「ふーん。体育会系は大変だねえ」
うちらはあんま縦社会じゃないから分かんないや、と零す。
そういえば、高校時代もこの話は何度かした気がする。あっちゃん曰く、「偏差値べらぼう高い科」にはほとんど先輩後輩の付き合いや礼儀というものが無かったらしい。
「でもさあ、二中のテニス部ってほぼほぼミヤちゃんで回ってたじゃん。市内でミヤちゃんに敵うヤツなんて1人も居なかったし」
あっちゃんはステーキを口に運びながらうそぶく。
「強い連中をボコるミヤちゃん、かっこよかったけどなぁ。あれぞ四天王の真の姿!って感じで」
「それも市内最強レベルだよ。県選抜に選ばれて合宿行ったとき、正直足が震えたもん」
「んー?」
「わたしは持久力なら誰にも負けないつもりだった。県選抜でもスタミナはそれなりにいけてたと思う。でも、あそこに居る子たちはみんなそれプラス、他もすごいんだ。サーブも、ボレーも、スマッシュも、スピードも」
まさに井の中の蛙ここに極まりけり。
「高1の時、山神遊里さんのプレーを目の前で見たことがあったんだけど」
忘れもしない。
「正直、無理だと思った。あれは同じ人間なのかって。うちの3年生の先輩が1年生の山神さんから1点も取れずに負けてたのを見てさ・・・」
すごい、すごすぎるとその日は眠れなかったのを思い出す。
「ふーん。そんなもんかねえ」
「でも、わたしはわたしのやり方でテニスをやっていくよ。テニスが大好きなのは変わらないし、働きながらでもテニスが出来るならこんなに嬉しいことは無いけど・・・」
もう大学から先は難しいのは分かっている。
親に無理を言って、奨学金で大学へ通っている身。もう、これ以上は両親にも迷惑はかけられないし、奨学金を返すためにはお金が必要だ。テニスをやりながら働けるのなんて、それこそプロを目指しているセミプロみたいな人だけだろう。
「けど?」
「え?」
このタイミングで聞き返されるとは思わなかった。
「けど何?」
あっちゃんは、曖昧な語尾で誤魔化すなんてやり方を、認めてはくれないみたいだった。
「あ、えと・・・が、頑張る!!」
だから、ホントは無理してそう答えた・・・のに。
「よっしゃあ! じゃあ肉食え肉! このファミレスはあたしの驕りじゃおらぁ!!」
「え? そ、そんなの悪いよ!」
「あたしが良いって言ってんだから良いんだよ!」
あっちゃんはそう言ってニカッと笑った。
「いい? 山神遊里なんて、星村に比べれば雑魚だよ雑魚! これを見ろぉ!!」
そう言って、あっちゃんは全米オープンでベスト4に進出した星村選手を特集したネット記事を見せる。
「そりゃそうだろうけどさ」
同い年でこんな事されちゃ、夢を見てしまう。頑張れば星村選手みたいになれるんじゃないかって。
でも、それは彼女だから出来ている事だ。彼女は頭8つくらい飛び抜けた存在。50年に1度の逸材、なんて言われてる。
「高3の時、星村は試合に出てないんだよ! 県大会ベスト32のミヤちゃんの完勝!!」
「あっちゃん、酔っ払ってる?」
「あたしは未成年だからシラフですYO!」
ケラケラ笑うあっちゃんを見て、なんだか明日からまた頑張ろうと思った。
あっちゃん、こんなちゃらんぽらんに見えてあの大学でも頭良い学部に入ってるんだもんなあ。
市内で最強のミヤちゃんは、国内最強の大学の上部に居るあっちゃんに完敗。
これが、今の二中四天王の世間的な立ち位置だ。
「あっちゃん」
帰り際、駅へと歩く道中でわたしは彼女の名前を呼ぶ。
駅までの道・・・、奇しくも高校時代とは逆のシチュエーション。しかも舞台は大都会東京だ。
「また、会いたいな」
わたしは気づくと、そんな事を呟いていた。
「じゃあ1つ、約束してくれる?」
「え?」
「1つ、次会う時はテニスがべらぼうに上手くなっていること」
最低でも大学でベンチ入りだね、と。
これはゲキだ。あっちゃん流の気合を入れてくれているんだ。さすがにそれは気づいた。
「わかった、約束す―――」
でも。
「次、会うときは・・・この後、帰させないので。そのつもりで」
まさか目線を上げたと同時に、キスされるとは思わなかった。
ポカーンと呆けているわたしに、あっちゃんはぎゅっと抱き着くと。
「・・・鈍いところだけはぜんっぜん変わってないのが分かったよ」
そんな甘い声が聞こえてきた。
「次、会う時は大人としてあたしを見て?」
たった一言。その事を打ち明けられただけで。
「が、頑張る・・・」
わたしはぜっっったいに夏休みまでにベンチ入りして見せる、と心に深く誓った。
愛は勝つ。わたし達の愛言葉だったよね、愛ちゃん。
遠いようでずっと近くに 誰だって見えるはず
(NICO Touches the Walls/『TOKYO Dreamer』の一節より引用)




