表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/50

チェンジ・ユアセルフ

 我が家はいわゆる大家族というヤツで、昔からガヤガヤわいわい、やかましい家だった。


「コラ、あんた達も遊んでないで荷物降ろすの手伝いなよ!」


 重いダンボールを持ち上げながら、歳の離れた弟たちに注意の言葉を投げかける。


「うるせー」

「姉ちゃんがやれよー」

「ねんちょーしゃだろー」


 まったくもって小生意気な年頃の弟たちが引っ越しの荷卸しなんかを手伝うわけもなく、その辺を駆け回ってケラケラと笑っている。


「いいから手伝え! 助け合いの精神!」

「俺、いちぬーけた!」


 1人が言うと、次々とそれに乗っかり、あっという間に姿を消してしまう。


「クソガキ共め・・・」


 なかなかどうして、1人だけ歳の離れた姉というものは損な立ち位置だ。

 昔は「自分だけなぜ年が離れているのか」と真剣に考え込んだものだけれど、今になってもその答えはまったくもって出ていない。

 別にわたしだけ腹違いというわけでもなく、全員、わたしの知ってる父と母から産まれたはずなのに。


(倦怠期があったのかな・・・)


 そんな高校生には刺激が強すぎることを想像してみる。

 でも、もうそれは知りようがない。この街に戻ってきたのは、両親が他界したからだ。


「一縷、すまんな。引っ越し業者に頼められればよかったんだが・・・」

「ううん、おじいちゃん。これくらい、わたしがやるよ。この家に住まわせてもらえるだけでもすごくありがたいから」


 腰の折れた白髪のおじいちゃん、おばあちゃんに押し付けるわけにはいかない。

 わたしは"ねんちょーしゃ"だ。せめて義務教育を全員終えるまでは、わたしがあの子たちの親代わりにならなきゃ。


「しっかりしろ、小松一縷(いちる)!」


 自分に言い聞かせるように言って、両頬を叩く。


「・・・チルちゃん?」


 その瞬間、後ろから誰かの声が聞こえた。

 随分懐かしい、そして、かわいらしいこの声。


 躊躇いを入れる前に、わたしは振り向いた。


(っ・・・!)


 そこに居たのは間違いなく。


「・・・智恵、だよね」


 智恵だった。

 古湊智恵。この家に住んでいた時の、お隣さん。


 わたしは一瞬、言葉が出てこなかった。相応しい言葉が見当たらなかったからだ。

 「久しぶり」「元気だった?」そんなものでお茶を濁すことも出来る。

 だけど、わたしが最初に思った事は口に出すにはあまりに失礼な事だった。


(・・・デカいし、かわいいし、無防備だし、なにこのエロい女の子っ!?)


 そこに居たのはわたしの知っている智恵じゃなかった。

 わたしの中の智恵は8年前の姿、つまり小学生で止まっている。鮮明に覚えているのは人形みたいに儚げで、かわいい女の子だったと言うこと。


 それがどうだ。昔は大きく違っていた身長もほぼ同じだし、胸はムチャクチャ大きくて、顔なんかは垢抜けた感じがしていいとこのお嬢様みたいな気品さえある。

 そんな女の子が着崩れた白いTシャツにショートパンツで立ってたら、それはもう痴女・・・いや、それは言い過ぎか。


 わたしは、なんか。


「ひ、久しぶりだね。元気だった?」


 まっすぐに彼女を見つめられなくて、赤面したまま視線を明後日の方向へ飛ばした。





「みんな驚いてたね。なんか、男子の間ですごく話題らしいよ、チルちゃん」

「ええ、何それ・・・」


 帰り道、田園風景の中にある幹線道路の中を歩く。

 昔はここも、コンクリート舗装なんてされてなかったのに。ド田舎が、田舎になろうと頑張ってるんだな。


「昔のチルちゃんしか知らないから。男子に交じって喧嘩してた、みたいな」

「あはは、そりゃさすがにもう無理だわ」


 力の差、体格の差があるのはもちろん、もう人と喧嘩おっぱじめようなんて思わないし。


「ってか、あいつらわたしが不良になってたと思ってたのか」

「チルちゃん、クラスで1番強かったからねー」


 いじわるされた弟の仕返しに公園まで乗り込んで1対4で男連中をボコボコにしたという事件が、未だに武勇伝のような形で語り継がれているそうだ。

 そんなことあったっけなあ。


「わたしだって女の子だよ。JKだっての」

「だからみんな驚いてたんだよ」

「普通になってつまんないって事?」


 そう言った瞬間、智恵は目を丸くした。


「・・・チルちゃん、分からないの?」

「・・・? 何が?」


 訳が分からない、という風に右手のひらを上に向ける。


「ねえ、この後、時間ある?」


 そして急に話を変えられた。


「すぐに帰らなきゃならなくはないけど・・・」


 すると智恵はわたしの手を取って。


「見せたい場所があるの!」


 半ばわたしを引きずるような形で、歩き出した。


(・・・これって)


 なんか、昔とは位置が逆になってる。そう思った。

 前、この街に居た時はわたしが智恵を連れまわしていた。智恵はわたしの言うことならなんでも聞いてくれる。それだけの認識だったから。


(変わったんだ、智恵)


 それが、立派に自分の足で道を歩ける子になっていた。

 人は放っておいてもそういう風になる、それが成長だって言ってしまえばそれまでかもしれないけれど。


 やっぱりそれは、智恵が自分の意志で歩けるように・・・、変わったからだと思う。


「ここだよ」


 連れてこられたのは何もない、更地だった。一面更地で、端っこには「売地」「マンション、テナント募集中!」という看板が立てられている。


「ワクワクマート、潰れたんだ」


 覚えている。忘れるはずがない。ここはこの近所で1番大きなスーパーがあったところだ。

 地方の会社ながらも健闘していた。お惣菜は安くて美味しかったし、お菓子の量が豊富で。


「1年くらい前にね。国道沿いにもっと大きなスーパーが出来たの」

「・・・そうなんだ」


 なんだろう。この感じ。別に、あのスーパーが潰れたからって、どうってことないのに。


「何でも売ってるんだよ。駐車場も大きくて、便利なの」

「何でもは売ってないでしょ」


 その後も、3,4件。この8年間で変わった場所を案内された。

 見てみればそうなんだ、と思う程度。それで別に大きく困るわけでもない。古びたおもちゃ屋や、少しおしゃれな喫茶店が潰れても、近くにもっと大きな複合施設ができたら地方の人はその変化を何とも思わない。

 むしろ、街が発展した。都会になったと喜ぶ。そしてその反応は正しいものだと思う。


 でも。


「世の中、理屈じゃないんだね」


 少し、"さみしい"。

 街が変わることがではない。知っていたものが、消えていくことが、だ。


「チルちゃん、頭よくなったんだね」

「もうっ。わたし、もう高2だよ?」


 智恵はわたしの口から「理屈」などという言葉が出てきたことがおかしくて仕方がないようだった。


「チルちゃん、こんな事言うのって、すごく失礼だと思うんだけど」


 帰り道。暗くなった幹線道路の脇を二人並んで歩いていく。

 少し暗くなった閑散とした道。走る車のヘッドランプが時々道を明るく照らすだけの、少し幻想的な空間。


「私、この間チルちゃんを見た時、"チルちゃん、女の子になったんだ"って、思ったんだよ」

「なにそれ」


 訳の分からない言葉に思わず失笑が出てしまう。なるも何も、生まれた時から女じゃなかった瞬間なんて無い。


「スカート履いてるチルちゃん見たの、あの時が初めてだったから」


 その言葉が、少しだけわたしの心に響いた。


「昔のチルちゃんはズボン履いてて、それこそ男の子たちといつも一緒に遊んでて。私、チルちゃんに憧れてた思う。多分、地球を守るヒーローと、チルちゃんがダブって見えたんだ」


 強く、前に出て、気に入らない相手はぶん殴る。そんな子供の自分勝手さ、不良さ。

 そういうものに憧れる気持ち、分からなくはない。


「だから、ね。ちゃんと言うね」


 気づくと智恵は隣に居なかった。わたしが智恵の方へ、振り向いたその時。


 ぎゅっ、と。正面から抱き着かれた。


「私、昨日、チルちゃんに一目惚れしちゃった」

「智恵・・・」

「昔の憧れてた気持ちじゃない。今の、チルちゃんが・・・好きなの」


 少し驚いた。でも、その手を振り払わなかったのは、嫌だと思わなかったのは。


「わたしも、智恵に一目惚れした」


 からだと思う。

 あの感覚は、一瞬で世界が変わったように思えたあんな気持ちは今までになかった。

 知っていたものから変わった変化に動じたんじゃない。今の姿が明確に好きだと思えた。


 気づくと車の光が無い真っ暗な空間で、わたし達二人の唇が自然に重なる。


「わたしは昔、智恵のことお姫様だと思ってた。ヒーローに助けを求める悲劇のヒロインに、智恵を重ねていたんだと思う。ほら、子供の頃、人形とか好きだったじゃん」

「なにそれ」


 くすくす、と智恵は笑う。

 智恵はお姫様じゃない。人形でもない。1人の女の子だ。昔はそれが分からなかった。

 でも、今は違う。


「ねえ、私のどこに一目惚れしたの?」

「うーん・・・」


 それを言われるとキツイ。だって・・・。


「なんか、エロかったから」


 正直にそれを言ったら、さすがに智恵からチョップを食らった。


「痛っ、暴力反対!」

「ふふ。私だって怒るときは怒るんだよ?」

「でも、ホントの事だし・・・」


 嘘はつきたくなかったからありのままを話したのに。・・・難しいなあ。


「子供の頃は智恵のエロさが分からなかったんだもんなあ」

「変わったからね」


 月日が、時間が経過すれば見てくれは変わる。それはどうしようもないことだ。

 だからこそ、その本質を見つけることは難しい。そこに自分の複雑な気持ちなんてものが入ってきたらかなりの無理ゲーになる。


 でも、この田舎に帰ってきて分かったことがある。

 問題は変わったことじゃない。変わったことをどう受け入れるかなんだ。


「あ、ガキどもの夕飯!すっかり忘れてた!!」


 そんな小難しいことを考えていたせいか、すっかり飛んでいた。


「手助けしましょうか? あ・な・た」

「そ、そうだね。下のガキは迎えに行かなきゃならないし、頼むっ!」


 走り出したわたしは知らなかった。思い出せていなかった。大切なことを。

 この数時間後、我が家は虹色に光る謎のシチューを食べさせられることになる事を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ