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白、赤、青/青、白、赤/赤、青、白

(『12:46、対象は友人3人と中庭で食事中。今日はお弁当の模様』・・・、と)


 たんたん、とスマホの画面を叩いていく。


(昨日はパン、今日は火曜日だからお弁当・・・)


 水曜日は確か購買のおにぎりの日だっけ。木曜日はまたお弁当、金曜日はパンはパンでも菓子パン。


「はあ」


 わたしはため息を漏らした。

 何が楽しくて毎日毎日クラスメイトの一挙手一投足を観察してそれを文字に起こし、ラインで報告メールをしなきゃならないのか。


(ホント、何でなんだろうね・・・)


 嫌ならやめれば良い。別にそれで生活に支障が出るほど困るわけじゃない。

 わたしは中庭で楽しげに昼食を満喫する彼女を教室から見下ろしながら、スマホをスカートのポケットへと押し込んだ。


「『16:07、教室から出る。部活へ行くものと見られる。今日の報告はここまでとする』・・・」


 その瞬間、すぐに返事が来る。


『追え!』


 そこにはたった3文字の日本語が書いてあった。

 だったらもう、従うしかない。この子が追えって言っているんだから。


 ある程度バレない程度に彼女を追う。

 とはいえ、行き先は分かっていた。彼女が所属している"ボランティア部"の部室だ。


「『16:12、第2校舎2階のボランティア部部室へ入る。今日の報告はここまでとする』」


 送った2秒後、返事が来る。


『張れ!』


(マジか・・・)


 今日のこの子はどういうわけだか虫の居所が悪い。

 文字でやり取りをしているだけなのにそれが手に取って分かる程度にはご機嫌ナナメだ。


(仕方ない)


 わたしはぱぱっと返信を送り、数秒後にその返事が来たのを確認すると、いつものように携帯をサブバックに放り込み。


「ごめん、遅れた」


 ボランティア部部室のドアを開けた。

 ・・・そう、わたしはボランティア部の部員その3なのだ。それがわたしの表向きの顔。


「葵衣ちゃん!」


 この女の子・・・茜音を監視するための、仮面である。





「ただいま」


 疲れ切ったその言葉と共に、今度は学生寮にある自室のドアを開ける。


「おい斎藤三振かよぉ!ちゃんとボール見ろ扇風機!!」


 そこに居たのはロクに手入れもしていないぼさっとした長い金髪が目を引く、一見小学生くらいに見える、ただの超、超、超美少女だった。


「アンタねえ、わたしが今まで何してたと思ってんの?」

「ん? ああ、葵衣か。乙」


 彼女はわたしを確認するとヘッドホンを耳から外し、こちらを見ることもせずにそう言った。


「ボランティアだろ? よくやるよなあ、そんなこと」

「・・・部活だからね」


 誰のおかげで"そんなこと"をしてると思ってるんだか。

 わたしだって好き好んで自分からやってるわけじゃない。


「それより聞かせてくれよっ!」


 だが次の瞬間、ついさっきまであくびをしながらベッドに突っ伏してパソコン画面を見つめていた怠惰な彼女の表情が一変する。


「あ、茜音っ・・・ちゃん! 今日、どうだった・・・!?」


 この子がオンラインでない出来事で唯一関心を示すこと、それこそが我がボランティア部部長の茜音に関する情報だった。

 わたしはそのために一日中この子にメールを打ち続けている。

 たまたま学生寮の同じ部屋だっただけで、まったくの他人であるこの白亜に。


「ほとんどいつもと変わらないよ。・・・ああ、そういえば今日はボランティア清掃中に生徒会長と仲良くなったの」

「せ、生徒会長・・・だと・・・!?」


 相変わらずいつものようにオーバーなリアクションを取ってのけ反る白亜。


「うん。あの完璧超人で有名な3年の先輩。茜音、なんか文化祭の企画会議以来あの人に気に入られてるみたいなんだよね」

「ぐ、ぐぬぬ・・・。さすが茜音ちゃん! そ、そこに痺れる、あきょ、憧れるぅ・・・」


 にへらぁー、と。だらしない、ゆるみきった笑みを浮かべる白亜。


「まあ、人当たり良いからね。ボランティア部なんて部活、あの子じゃなきゃ誰もやらないでしょ」


 それも先輩に押し付けられたのをバカ正直に引き継いだ結果だ。

 わたしは偶然その場に居合わせて、何ともなしに入部することになってしまっただけなのだけれど。


「こ、これで9人目だぞっ・・・。茜音ちゃんに色目を使った女は!」


 アンタを含めれば10人目だけどね。


「ねえ白亜。アンタそんなに気になるなら学校に顔出さない? 生茜音ちゃんに会えるよ?」


 だけど、わたしが学校の話を始めた途端。


「だが断る。あたしは寮部屋警備員をやめるつもりはない」


 彼女は急に心の扉のシャッターを下ろし、コンクリートで溶接して閉ざしてしまう。


「いくら理事長の孫だからって、出席日数とか、やばいんじゃないの?」

「たかが出席日数、金とコネの力でごり押してやる」

「アンタねえ・・・」


 クズだ。この子は根っからのクズ。

 子供の頃から大金持ちの家に生まれて、その上かわいくて。何一つ苦労することなく育ってきたその結果がこのクズ白亜。

 ああ、この子を見ていると、結局世の中、生まれた時点で勝ち組と負け組が明確に分かれていると認めざるを得ない。


 ―――だって。


「葵衣~、身体拭いてくれ~」


 Tシャツに短パンの彼女が、わたしにもたれかかってくる。


「ご飯が先、でしょ? 今日は駅前で肉まん買ってきたから」

「おお、いつものやつかー! 腹減ってたんだよおっ」


 そして、全ての法則を捻じ曲げてしまうような、文字通り天使のような笑顔をわたしに見せてくれた。


 きっと彼女は意識してこの笑顔を出しているんじゃない。

 小さい頃から白亜は、こういう顔を常に他人に見せなきゃいけないような環境に居たから、身についてしまった。癖のようなものなのだろう。


 ―――それでも。


「お茶もあるよ。それともこっち?」

「わあ、これ新発売の味じゃん!」


 キラキラと目を輝かせながら炭酸飲料を手に取る白亜。


 きゅん・・・と。

 誰でもなく、私自身の、心臓が、心が震える。


 ―――その笑顔に、その容姿に、その身体に。

 ―――人はこんなにも簡単に、毒されてしまうんだ。





「あれ、今日は茜音1人? 他のみんなは?」


 白亜への報告を終え、部室に入ると茜音以外誰も居なかった。

 常に女の子に囲まれている茜音にしては非常に珍しい。


「ストーブが倉庫にあるんだって」

「ああ、今日寒いものね」


 一気に1ヵ月季節を先取りしたような寒気と、1日戦っていたことを思い出す。

 教室はエアコンがあるけど、いかんせんこの部屋は廃部になるはずだった部活の部室。エアコンが無いので夏はファミレスに行き、ほとんどここには来ない・・・という謎の扱いを受けている空間である。


 わたしは茜音の正面の席へ座り、スマホを取り出す。


(この位置なら、見られる心配は無い・・・)


 100%その自信がある時しか、わたしは茜音の前でスマホは弄らないことにしている。


「あれ、珍しいね。葵衣ちゃんが携帯構うの」

「わたしだってラインくらいするよ」

「へえー。ねえ、じゃあ今度は私としようよっ!」

「目の前に相手が居るのに?」

「だって、今、葵衣ちゃんは他の人とラインしてるじゃない」


 その何気ない言葉に、わたしは思わず指を止めた。


「私は葵衣ちゃんと、2人っきりでお話ししたいな・・・なんて。ワガママ・・・かな?」


 この子は。

 恐らく茜音にこんな言葉をかけられたら、大抵の人間は落ちる。万人を虜にする最強の武器。それも本人はそれを使っていることを自覚していない。天然ジゴロとはまさしくこういう子の事を言うのだろう。


「いいよ。話そう」

「ありがとうー!さすが葵衣ちゃんっ!」


 笑いながら、彼女はわたしのスマホを持っていない方の手のひらを自分の両手で包む。


 茜音に惹かれた人間・・・この部に所属するほとんどの女の子はこうやって彼女が連れてきた。

 手口は簡単。茜音が興味を持った子と話して、なんやかんやあって、その子は茜音の取り巻きになる。

 上級生、下級生、時には先生関係なく。茜音のまわりにはいつも人が居る。この学校で人だかりが出来ていると大抵の場合は彼女が中心にいるのだ。


 茜音を中心に人がまわり、その大きな渦が絶えず続いている。

 それが分かるのはその中心部に居る人間・・・、つまりは葵衣(わたし)だけ。


「葵衣ちゃんって、ちょっと難しい人なのかなって。だって、いつも私の方、睨んでたでしょ?」

「別に睨んでるわけじゃ・・・」


 丁度、台風の様子をへそから見ているような感覚。

 茜音という大きなハリケーンの強烈な風をかき分け、それに混ざることなく核心部へと到達できた人物を、わたしは葵衣(わたし)以外に知らない。


「だから私、葵衣ちゃんがボランティア部に入ってくれた時、すっごく嬉しかったんだよ」

「それはわたしだけに限った話じゃないでしょ?」

「ち、違うもん・・・」


 茜音はそう言ってわたしから視線を逸らす。

 ・・・時々見るこの反応は何なんだろう。他の子と話す時はあまり見せない表情。


(1対1の時、専用の顔・・・?)


 要するに、他の子にもこういうような事をやっているんだろう。

 顔を真っ赤にさせて、耳まで真っ赤にさせて。普段の茜音からはあまり想像がつかないけれど、恐らくこれは茜音にとって必殺技のようなものなのだ。これをやっておけば間違いない・・・と。


「葵衣ちゃんは特別、だもん」


 茜音はそう言ってまた目を逸らす。


 少し、彼女を見つめすぎただろうか。

 ・・・白亜に逐一言われているのだ。"せめて仕草だけでもコピペして来い"と。


 その言いつけをただ黙って聞いているだけのわたしの方こそ、どうかと思うが。


(あんな顔、わたしに出来るかなあ)


 ―――その風が、ほんの少しだけ他の方向へ向いていたら。


 ―――こんな事には、なってなかったはずなのに。

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