中二病だけど百合ん百合んしたい
わたしには不思議な能力がある。
それは輪廻転生を繰り返し、ついに辿り着いたこの1億と2000年の環が閉じようとしているこの時にこそ力を発揮する・・・。いや、世界の分岐点に関する【鍵】とでもいうべき力だ。
だが、これを他人に知られるわけにはいかない。
知られれば組織が送り出してきた刺客がわたしの命を、いつ狙ってくるとも限らないからだ。
だから、今はまだこの能力が発現しないことを願おう。
それこそが、この世界の理を保持し続けられる唯一の方法なのだから―――
「で、その話って私には言って良いんだ?」
「貴様ならわたしを売るような真似はしまい・・・、いや。できないと言うべきかな?」
ふっ、と笑いながらわたしは目を瞑り、栄養補助ゼリーのパックをぎゅっと潰し、それを体内に流し込む。
「アンタさあ、遅いよ?」
「遅い・・・?」
わたしが眉間に指を当てて思案していると。
「中二病になんのが遅いの! 私たち、今、高二だよ!? 3年遅い!」
ばん、と彼女は手のひらを机にたたきつけた。
「落ち着けランスロット。頭に血が昇っては冷静な判断が・・・」
「そのランスロットっていうのもやめろ!」
「貴様の愛名ではないか」
「ニックネームつけるのは良いんだけどさ、絶望的にダサいのよアンタのネーミングセンス! 高校2年生にもなって円卓の騎士とか、ホントひどいよ!?」
ランスロットが、机を挟んで互いに向き合う形になっていた姿勢から、立ち上がってこちらに上半身を近づけてくる。
そして、わたしにびしっと人差し指を差すと。
「あー、もう我慢の限界。幼馴染だから今まで我慢してきたけど、それ止めないと友達やめるから!」
「えっ・・・」
途端、頭が真っ白になる。
「ま、待て。貴様は精神操作をされている。冷静な判断ができなくなっているのだ・・・」
「いい? 一つだけ忠告しておくけど」
おろおろするわたしに対して、ランスロットは一泊を置き、言葉を吐き出した。
「私以外、誰ともしゃべろうとしないコミュ障のアンタと違って、私にはちゃんと、他に友達が居るんだからね!」
◆
わたしは間違っていたんだろうか・・・。
昔からアニメや漫画が好きで、わたしだって彼女らみたいになりたかった。
わたしなら、なれるとさえ思ってる。
これはいけないことなんだろうか。
やっぱり、ランスロットの言う「普通」の人間にならなければならないのだろうか。
・・・彼女が大切な友達であることは間違いない。
(大切な幼馴染を失うくらいなら、この思いは捨てて・・・)
放課後の教室、窓際にある自分の席でぼんやりと夕陽を眺めながら、わたしはそんな事を考えていた。
いい年して、高校生にもなって、もうすぐ受験なのに。
最近、そんな言葉をよく耳にするようになった。現実を見ろと言われた時もあったし、ひどい時は誹謗中傷された事もあったっけ。
やっぱり、みんながそう言うのなら、それが正解なんじゃないだろうか。
わたししか言っていないということは、わたしは多数の中の超少数派、淘汰されるしかないのだろうか。
「・・・帰ろ」
学校の女子寮へ向けた帰路の足はとんでもなく重いものだった。
―――なんか、やだな。こういうの。
(結局わたしは凡庸な一般人・・・。特別な存在なんて、思い上がりだったのかな)
明日、彼女にちゃんと謝ろう。
どういう謝り方をしたら良いのか、そんな事を考えながら自室のドアを開いた。
その瞬間。
「!!!?」
再び頭が真っ白になった。
知らない人物が、わたしの部屋で、それもわたしの本棚の前で、わたしの書いたノートを読んでいる。
それが勉強ノートなら何の問題も無い。
だけど、あれは。あのノートは。
普段わたしが考えた事をそのまま書き綴っている、
(聖天の書・・・!!)
わたしのノートを読んでいるのは女の子だ。
女子寮なんだから女の子以外入ってこられないので当たり前の話だけれど、それにしてもわたしの部屋に無断で入れているのはおかしい。
そういえば今、放心状態だったから気づかなかったけれど、鍵を開けなくても、ドアノブを捻っただけでドアが開いた・・・!
ぱくぱくと、口を動かすが声が出てこない。
だが、次の瞬間。
『わたしのノートを読んでいた何者か』が、くるりとこちらへ振り向いた。
(ひっ・・・!)
ダメだ。あんなの見て、何か言われる。バカにされる。
みんながそうであったように、わたしがおかしい子だって、そう非難される。
それが怖くて、わたしはその場から逃げようとした。
しかし。
「待たれよ【鍵】の欠片を持つ者!!」
その一言で、走り出そうとする足を止めざるを得なくなった。
「お前が【第七の鍵】を持つ者か」
顔も知らない彼女は、わたしに向かって確かにそう言った。
まさか・・・。
「き、貴様・・・。その言葉を知っているということは・・・!」
わたしは必死に言葉を返す。
―――もしかして。この女の子は。
「我は【鍵】の力を【レベルA】まで扱うことが可能だ。今、この場で貴様を殺すことも我にとっては容易い・・・。世界の分岐点の【鍵】である、貴様を」
今度は言葉も出てこなかった。
ただ、ひたすらに。
「・・・なんてねっ」
そうやって笑う彼女の笑顔が眩しくて、そして、かわいくて。
その笑顔に、しばらくずっと見惚れてしまっていた。
「ごめんね、あたし来週の月曜日からこの学校に転校するの。この寮って2人部屋なのに、ここにはあなた1人しか住んでないからって、鍵、渡されちゃってさ。寮母さんが入っても良いっていうから、勝手に入っちゃった」
「あの・・・」
わたしはもじもじしながら、机を隔てて向かい合わせになっている彼女の顔を見られず、視線を落として指をあそばせていた。
「おかしい、って。思わないの・・・?」
「何を?」
「ノ、ノートの事とか、さっきの事とか・・・」
言えない。
はっきりと、『中二病なんてバカだと思わないのか』、という一言が。
「あたし、ああいうの好きだよ」
「えっ・・・」
ぱっと、わたしは顔を上げる。
「だって、カッコいいじゃん。世界を救う英雄とか、超常の能力とか、世の中を裏で操ってる悪の組織とか、そういうのあった方が、絶対おもしろいもん」
「おもしろい・・・」
思わず、彼女の言葉を復唱してしまう。
「それに、ほら」
彼女は着ていた長袖のTシャツの、袖をめくる。
そこには、手首から肘にかけてまで、白い包帯がくるくると巻かれていた。
「あ、これ怪我じゃないからね。この包帯で能力を封印してるんだ。カッコいいよね、包帯とか眼帯とかさ。どうしてあんなのがカッコよく見えちゃうのかなあ。あと、お金があったらカラコンおすすめだよ。邪気眼っ!」
そこだけ語気を強め、左目の前でピースを横にしたような、そんな決めポーズをつけて言う。
「ってできるから。できれば赤色が良いね。なんか1番能力発動しそうじゃん!」
力説する彼女に対して、わたしはしばらくぽかんと口を開けながら愕然としていたが、どういうわけなのだろうか。
次の瞬間、わたしの目が、ギラギラと輝きを取り戻したのを、明確に感じた。
「フ、フード付きの服とか十字架のネックレスとかどうかな!?」
「いいねー。最近の流行りだと長いマフラーや大きなヘッドホンも効果的だよ。なんか意味深な能力持ってそうじゃん」
お、おお・・・!
「風船ガム膨らませたり!」
「棒付きの小さな飴をくわえたり!」
わたし達は顔を見合わせる。
「「最高にカッコいい!!」」
こんなに話の合う人に会ったのは初めてだ。
この子はわたしの事をバカにしない・・・、ううん。そんなんじゃない。
わたしはきっと、この子に会うために中二病に目覚めていたんだ。
"そういう能力"を、わたしは確かに、持っていた。
「明日土曜日だし、早速買いに行こう」
「あ、でも、あたし、この辺のお店とかまだ何も・・・」
「わたしが全部案内する!! 良いところがあるの!」
どうしよう。この子の前だと、もう自分を止められそうにない。
―――でも、良いんだ。
「ビレバンあるの?」
「もっともっと良いところが、いーっぱい!!」
本当に気持ちの良い笑顔で、わたしは両手を広げた。
―――これはわたし達の始まりだから。
ずっと、ずっと。
これからはずっと一緒に、こうやって笑いあえるから。