ポケットカウボーイ
標的は壁の向こうにいる。
俺はその標的の背後に素早く飛びつき両手のピストルで撃ち殺す。
「雑魚だなぁ…ははは」
たった二行で表現できるほどゲームの世界では他人を殺人できる。
昨日買ったばかりの新品ヘッドフォンからは電気グルーヴのポケットカウボーイが流れてる。心地が良い。
よし、やめよう。今日はこの標的でラストにするつもりだった。
マウスとキーボードから手を離して架空の世界の"主人公"を操作する意識は断ち切られた。
動かなくなった彼を標的にした他人は格好の餌食の頭を撃ち抜いた。
「はい、おつかれさま」
その"おつかれさま"は自分に対してなのか、架空の世界に転がっている死体に対してなのか、それを撃ち殺した人に対してなのか、その言葉を発した俺でさえ分からなかった。
「とりあえず、喉が渇いたしコーラでも飲むか」
喋る友達が居ないから、自然と独り言が多くなってしまっている。
自室の二階から冷蔵庫のある一階へと降り、キッチンへ向かう。
誰も居なかった。
昨日から一人暮らしを始めたから当然なのだけれど。
一人は良い、だけど家族っていう永久的に居ると思ってるものが突然に居なくなるとなんだか、満ち足りない。
街から大人が消えることになったのは、いつからだったっけ。
子どもたちの国。
ヘッドフォンは付けたまま、ポケットカウボーイはループ再生されている。
この新品のヘッドフォンは一人になった記念で通販で購入したもので自分がここに存在するという証明である。
別にヘッドフォンでなくて、イヤフォンでもゲームソフトでも何でも良かった。
自分がここに存在するという証明、通販の購入履歴。
それ以外のここにいるという証明は国が全て奪い去っていった。
ポケットカウボーイはまだ鳴り続ける。
傷だらけだけど立派なカウボーイ。
親に捨てられて夜露に濡れる。
――ガタン
音が聞こえた、なんだろう。
耳元で大音量で流れる曲よりも大きな音だ。
「阿久津、阿久津竜水はいないか?」
人の、男の、そして居るはずのない大人の声だ。
それが俺の名前を呼ぶ。
大人が居るということは"日本"から派遣されてきた人間だろう。
日本から派遣される大人たちは使える子供たちを拐って人体実験をしているなんて噂もある。
冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出し一気に体に流し込む。
ごくりと。
俺なんかを拐ってどんな実験をするつもりなんだ。
興味はあるけれど拐われるつもりは無い。
とにかく隠れなきゃいけない。
「隠れても無駄だ、阿久津」
「え…」
もうすでに俺は彼に見つかっていたらしかった。
羽交い締めにされる。
「この街の子供たちには産まれた瞬間にICチップが首の裏に埋め込まれている。家畜のように。それのお陰でお前みたいな無駄な足掻きをする子供を見つけれるわけだ」
馬鹿な、ふざけた話だ。でも本当だ。
男の手にはタブレット端末が握られていた。
「全く日本という国は素晴らしいよ、本当に。技術があって素晴らしい」
男の腕に力が一層とかかる。
「ぐ、がが…」
「苦しいか?大丈夫だ、少し眠ってもらうだけだ。おやすみ」
ギリギリという音が誰も居ないキッチンに響き、意識が遠のく。
「日本の技術のお陰で俺みたいなラインも楽ができる、素晴らしい」
それでも明日の日は昇る。
イヤフォンからそう聴こえて"俺"を操作する意識は遠退いた。