一 春の訪れ
男はある廃村にいた。
その村は元々、石灰業が盛んな村で住宅群が並んでいたのだが、今はヒト一人住んでおらず、元住人が残していったであろうモノがそこらじゅうに落ちている。
「…ふう」
男はタバコを吸いながら今にも霊が出てきそうな村を歩いていた
ゴツッ!
「!」
男は何かを蹴ったようで、しゃがんで見てみた。
「うわあ!」
蹴ったモノに驚き、男は尻餅をついた。
蹴ったモノは、髪の毛がなく、服を着ていない一昔前の人形だった。
人形の眼差しがそのはずもないのに、男を見つめる。
まるで蹴られたことに対して怒るように…。
男はその視線に耐えられなくなり、約束をしている家屋へと急ぎ足で向かった。
廃村はまるで異世界に迷い込ませるような入り組んだ道をしている。
男はその道を迷わず進んだ。
これから何が起きるのかなど男は知る由もない----
Ⅰ
「…緊張する」
転校先の学校の新しい教室のドアの前に立ちながら、白雪飛鳥はそう呟いた。
「いい?飛鳥は変なところで曲がるから素直にね!」
転校前に親友が最後に放った言葉…
素直にってどうすればいいのかな?
前の学校のことを思い出していると不思議と緊張がほぐれていく。
「今日からみんな受験生だけど、その仲間を紹介します!」
古くなった厚めのドアの向こうから担任の高岡光穂の声が聞こえる。
高岡の声により先程まで静かだった教室がざわつく。
「せんせー!どんなヒト?」
女子らしい高い声が高岡に質問を投げかけた。
「んーとね。高身長で珍しいお嬢様みたいな子かな。でも、百聞は一見に如かずよ。さあ、入って!」
ガラッ
飛鳥は高岡の言葉を合図にして教室内へ足を踏み入れた。
生徒たちの好奇の視線が飛鳥に突き刺さる。
飛鳥は小さめな教卓の前で立ち止まりクラスメイトへと視線を向ていた。
そのあいだに高岡は先程まで使われていたようなチョークの跡を消して飛鳥の名前を目立つように書いた。
「白雪飛鳥さんです。自己紹介よろしく!」
高岡ははきはきした声で飛鳥に言った。クラスからの視線が一層突き刺さる。
そんな期待しないでください…。
飛鳥は体をすくめた。
飛鳥にとって期待は嫌なものでしかない。しかし、これは自己紹介をいなくてはいけない状況にある。
「…白雪飛鳥です。ええっと、口数が少ないのですが、会話に入れてもらえれば嬉しいです。どうぞよろしくお願いします」
飛鳥の声は細々したものだが、シーンと静まりかえっていた教室全体に響かせるには十分だった。
すると突然、歓迎の拍手と声が上がった。
「よろしく」
そんな声が飛鳥の心を安心させた。
パンパンッ
一瞬で教室が静かになった。
「はーい!では早速だけど廊下に整列!始業式始まるよ!白雪さんの席は終わってから発表します!」
まさに鶴の一声だ。高岡の声に応えて生徒たちは個々に廊下へと並び始めた。
教室の開いた窓から温かい春の風が吹きぬける。
その風はきっと一つの物語が始まる瞬間だった。
さて、この物語はどんな結末になるのだろう…。
「さて、白雪さんの座席なんだけど…」
長い始業式を終えて高岡が静かな教室に語りかけた。
「せんせー」
一人の生徒が手を挙げた。
「俺の隣でしょ?理由はこのクラスの空席は俺の隣だけだから」
教室の一番窓際の最後列。そこに座る長身の男子生徒が頬杖をつきながら、さも当たり前のように話す。
「さすが、加賀!って、みんなもわかるよね。じゃあ白雪さんは、あの空席に座ってね」
「はい」
飛鳥は急ぎ足で席に向かう。
もちろん視線は刺さったままだが、自分の行動で他人を待たせるのが嫌なのだ。
「それでは、白雪さんの座席も決まったので、今年度最初の学活を始めます!」
どこの学校も雰囲気は一緒か…。
そういえば自分もこんな風に転校生を歓迎したなあ。
そのようなことを思えるくらい飛鳥の緊張はほぐれていた。
飛鳥の心は未来への希望一色である。
ツンツン
「!」
突然肩をつつかれて飛鳥は驚いた。
「シー。驚かせてごめんね白雪さん」
その犯人は飛鳥の左隣に座っている加賀という生徒だった。
学校指定のブレザーを椅子の背もたれにかけて、机に上半身をうつ伏せにしている。
肩にかかるくらいの深緑色の髪を無造作に結わえて、なぜあるのか分からない黄色いゴーグルがぶら下がっている。
緑色の髪より深い色の目が飛鳥を見る。
「いえ、こちらこそ」
「そんな謙虚になんなよ。俺の呼び方が悪かったわけだし…」
「でも…」
「…」
学活中の騒ぎの中、二人の間に沈黙が流れる。
「プッ、ハハ!」
「フフッ」
沈黙に耐えられなくなったのか、加賀が笑い出すと、飛鳥も同時に微笑んだ。
「フゥ…。あっ隣になるから、自己紹介ね。俺、加賀碧。よろしく」
「ボクは-----っていうんだ!」
飛鳥の脳内に一つの言葉が浮かんで消える。
「かが…くん」
「ん?どうしたの?」
「懐かしい感じ…がするんです」
飛鳥は碧の向こう側にある窓から見える空を目を細めて見た。
放った声は弱いものだが、どこか嬉しそうである。
「んーわかる…気がする」
「加賀くんもですか?」
「うん。…ねえ、もしか「碧くん。白雪さんと仲良くすることは、とても良い事ですが、先生の話を聞きましょう」朱!話の途中で入ってこないでくれ!」
碧の言葉を遮った別の声は、二つ前の席から放たれたものだった。
小柄で木漏れ日を思わせる風格をしている。
机の本はかなり珍しいもので、彼が文学少年なのを物語っている。
「いきなりですが、すみません。僕は小久保朱といいます。碧くんは、目を離すと…何しでかすか…分からなくて」
「そうそう。いくら白雪さんをリラックスさせようと思っても…あっ俺、小鳥遊革。よろしく。なあ千鳥もそおう思うだろ?」
「えっ、あたし!?んー、確かにね。先生の話はちゃんと聞こよ」
前の席の小鳥遊、そして千鳥も、朱の言葉に便乗して、碧は返す言葉もない。
「千鳥までそういうこと言わないでくれよ!」
「加賀くん、今にも泣きそうですが、大丈夫ですか!?」
今にも泣きそうな碧を飛鳥は慰めようとする。
「白雪さん、一々慰めていたらキリがないよ」
千鳥が飛鳥に対して指摘した。どうやら、日常茶飯らしい。
「もういい!白雪さん以外知らない!」
「どうぞご勝手に」
朱、小鳥遊そして千鳥の声が見事にそろった。
初めてこの話の会話で漢字が出てきました。
やっぱり漢字を使うと楽ですね…。
次回はある行事が始まります。