プロローグ Ⅰ
あの日は空気が澄んでいて、雲一つない青い空だった。
しかし、木が密集する森では、蒸散による湿気と枝葉によって空の青が遮られ、暗闇のサウナ状態だった。
「ううっ、ひっく」
見たところ五才程の少女は、そんな森の中で迷子になり泣いていた。
ガサガサッ
草むらの擦れる音がする。
いやっ!こないで!
この森は熊が出るという噂を耳にした少女は、どこかで転んだのだろう、擦りむいて血が流れる足を引きずって後ろに下がって目をつむった。
瞼の裏には哀れみ、そして自分を怖がるような視線が映る。
まだ幼い少女からすると、その視線はもしかしたら自らの存在を否定されるものと受け取ってしまうのかもしれない。
もしそうだとするならば…。
少女は怖さのあまり瞳から涙をこぼした。
「あれ?どうしたの?」
少女の耳に届いたのは、まだ声変わりしていない幼く高い声だった。
少女は恐る恐る目を開くと、草むらから頭をひょっこり出した少女と同い年くらいの少年がいた。
「まいごになったの?」
少年が少女に近づきながら言った。
暗くて少年の表情が分からないが、少なくとも自分を怖がってないので、少女は頷いた。
「あっ、けがしてる!けど、ボクがいるからだいじょうぶだよ!」
少年は、少女を不安にさせないようにと強く笑った。
その笑顔が届いたのか、少女の目から涙は消えた。
「ピーピピッピー!」
少年の足元にヒヨコがいたことに気づかなかった少女は驚いた。
「うん。はやくしなきゃ」
少年はヒヨコの声に受け答えたように言った。
「そのあしじゃうごけないよね。さっきもひきずっていたし…。もりのそとにならじてんしゃがあるんだけどなあ……よし」
少年は決意したようで、少女の前に背中を向けて屈んだ。
「のって!はやくしないと、くまがくるから!」
少女は足の痛みに耐えて少年の小さな背中に乗った。
少年は少女が背中に乗るのを確認して、右手でヒヨコを肩に乗せ走り出した。
「ごめんね。ゆれるけど、いそげって---がいっているから」
「ぴっぴぴーぴー!」
「リョーカイ!あとすこしだからね!」
少年の声に応えるために少女は下を向きながら少年の服をさっきより強く掴む。
「みて!でぐちだよ!」
少女は顔を上げた。
瞳に強い日差しが差し込んで、視界が白に染まった----。