Overture #5
偶数日更新
ギュイターの出生については諸説あるが、本人も肯定しているのはメロデ王家の遠縁と言うことだ。
ラプソーデの戦で、ギュイターの一族ストリングス家はメロデ一族でありながら、リズミルに加担した。その理由も諸説あるが、一番信憑性があるのは、シガソン教に傾倒していたという説だ。
シガソン教第12代司教コードの導きで、リズミドの味方をしリズミドの建国にまで力を貸したストリングス家であったが、100年以上もの時の流れの中で、いつしかリズミドにはびこるメロデ一族への偏見や妬みの影に、彼らも例外なく飲み込まれてしまったと言われている。
実際、ギュイターの家族の詳細は今も不明であり、皇帝自身も多くを語ることは少ない。おそらくは酷い迫害を受けていたものと思われ、ギュイターの母親は娼婦だったのではないかと言う噂も一部あった。
そんなギュイターが歴史の表に出てきたのは、彼がまだ18の成人になったばかりの事であった。
その年にリズミドの大君が病死し、新たな大君を決めるためのコロッセウムの開催が決められていた。
ギュイターはそのコロッセウムにて、偏狭の土地に住まう少数部族マラッカの長代理として出場。他を全く寄せ付けぬ強さで、見事に優勝したのだ。
しかし、リズミドは紫色の瞳を持つ彼の勝利を認めなかった。しかし、優勝の事実は揺るがせず、もしギュイターを袖にしてしまえば『力あるものに栄光を』というリズミドの大きな基盤が崩れてしまう。そこで準優勝者のドラムスを大君にすえる代わりに、ギュイターはリズミドの軍部を仕切る将軍として、無名の剣士から異例の昇進を果たし、彼を代理にすえたマラッカの長は辺境地を仕切る大臣となった。
マラッカの長はそれなりに満足していたが、若く野心のあるギュイターの腹の虫はそれでは収まらなかった。
その憂さを晴らすかのように、ギュイターは国境ではメロデへの侵略を、反乱する辺境地の噂を聞けばその鎮圧を、まさに戦の神の如くこなしていった。
やがて、リズミドの中でもギュイターを慕うものが現れる。ギュイターには根深い血への偏見を凌駕するほどの魅力があったのだ。
彼は武術のみならず戦術・戦略においてもその才はずば抜けており、また、何より人心を掌握する術に長けていた。
次第に水面下では大君ではなく、将軍ギュイター個人に忠誠を誓うものが出始める。
それを纏め上げたのが、後に騎士団長になるマンデリン・スタームと、シガソン教の司教バトゥーキンだった。
そのころ、メロデは度重なるリズミドとの闘いと、一族内での権力争いに疲弊していた。そこで、動いたのが二人の兄の権力争いをどうしても止めたいと考えていたメロデの姫、ホルンだ。
どのようにホルン姫がギュイターと通じたのかは明らかにされていないが、後にこの部分は歌劇となり人々に愛される物語となる。
歌劇が本当だとすれば、このとき、ホルン姫は身の危険を承知で、その時、メロデへ進攻しようと国境付近に布陣を構えていたギュイターのもとへ、単身丸腰でやってくる。
そこで、ホルンはギュイターに一目ぼれし、またギュイターもホルンの勇気と聡明さと美しさに心を打たれることになる。
その後、ギュイターはリズミドへの反乱を起す。その後ろ盾になったのは、ホルンと、彼女の説得に折れた次男トラムだった。長男のチューバはギュイターがリズミドをかき回している間に病死したが、この件に関してはシガソン教ひいてはギュイターの力が動いたと推測する者もいる。
メロデはこのギュイターによるリズミドの内乱の間に、自身の内戦を治め、国力の回復を成功させている。
この内乱は十年にもわたり続き、リズミドがインストロ河以西全ての土地をギュイターに渡すこと、そしてそこに新たに建国されるハモーニを国として認めるという形でようやく収束した。
ギュイターの完全勝利だった。
ギュイターはその後、自らをハモーニ国初代皇帝と名乗り、ホルンと結婚をする。
結婚時には、ハモーニとメロデの恒久的な平和協定を盟約し、リズミドからメロデが奪われた土地の一部を変換している。
こうして、メロデの血筋を持つリズミド出身のシガソン教である男が、ハモーニを作った。
ハモーニは他2国とは違い宗教の自由を認めた。(リズミドはシガソンが国教、メロデは宗教は禁止)ただし、皇帝一族はシガソン教を信仰し優遇すると法に定めている。
国に占める国民の特徴は多部族・民族国家だと言う点だ。
ハモーニの土地はもともとリズミドの辺境地だった場所なので、原住民の中ではストリングス家以外のメロデ一族の者もいたが、そのほとんどがリズミド族を含めた他部族だった。さらに建国時にはそこに内乱の際に土地を捨てギュイターに新たな国家の期待を寄せ流れてきたものがリズミドから流れ着くことになり、ますます部族・民族の種類は多種多様なものとなった。
結果、国全体では原住民と移民の割合は6:4。メロデとリズミドとその他部族の割合はおおよそ1:6:3となる。
ギュイターはこういった事実から、国の意識的な統治に力を入れた。その統治は宗教によるものでも軍の力によるものでもない。教育による統治だ。
ギュイターは各部族の分布配置を整理し、成人以下と成人以上に分けて構成される教育制度を取り入れた。
教育者は主にシガソンの僧があてられたが、内容は宗教的なものではなく『皇帝ギュイターの国民』としての意識を強く植えつけることに主眼が置かれた。
またそれに加え、成人以上には他民族への理解を深めることを、成人以下には愛国心を芽生えさせ、努力や実力は必ず認められるのだとういう意識を植えつけることに力がそそがれた。
皇帝は血筋や生まれのせいで、正しい力の評価が見誤まられることこそが、内の敵を作り、希望こそが国を繁栄させると考えていたのだ。
また、貨幣も新たに作り出した。この貨幣は、それまで混在していたリズミドやメロデの貨幣や物物交換で成り立っていた商業に大きな流れを作り、国としての統一感を高めることになる。
ギュイターはこのように同じ国民と言う共通の意識を植え付ける一方で、各部族の言語や文化の統一は行わなず、公用語をサウド大陸で一番広く使われているオン語に定めるに留めた。
それぞれの言語、風習、宗教を尊重し、何かを押し付けることはしない。しかし、それらのバラバラな価値観は教育によって皇帝への忠誠心と言うもので束ねられるのだ。
政治は皇帝を中心とした議会が設けられた。これは各部族の長から、皇帝が指名したものが選ばれ、各部署の責任者とする形である。
最終決断は皇帝が行い、全ての分野における最大権力も皇帝に寄与するものの、実際はそのほとんどが話し合いによって決議されていくという、大君や王族が独裁するリズミドやメロデでは考えられなかった形になった。
こうして、建国の二年後には新しい法律が施行され、メロデともリズミドとも違う、部族や宗教に囚われない自由で合理的かつ公正な国が誕生したのだった。