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Phantom  作者: ゆいまる
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Overture #4

偶数日更新

 規則正しい時計の音が、眠りを誘う。

 さっき夕飯で腹を満たしたせいもあるかもしれない。

 アジェンは重くなる瞼をこすりながら、ちらりと後方に控える歴史の家庭教師、ヴィオルを盗み見した。すぐさま後頭部にこつんと彼の指示棒があたり「集中」という無慈悲かつ短くも釘を深々と刺すような声が飛ぶ。

「つまんないよ~。もう、いいじゃんか。こんな分厚い歴史なんて覚えている子どもなんかいないよ」

 アジェンは唇を突き出し、熟読するように渡されている歴史書のページをぱらぱらとめくった。実にそれは600ページからなる分厚い本で、この国の歴史だけではなく、この大陸そのものの歴史を網羅している。

 もともと過去にあった出来事を掘り返して記憶するなどと言う作業に、興味もなければ価値も見出せないでいるが、ことこの国自身の歴史ともなると、アジェンはさらにやる気がそれてしまう。

「どこの世界に自分の親父の自慢を暗記したがる息子がいるんだよ」

「どこの世界にもおられません。アジェン様は特別です。特別だからこそ、お父様のご功績を含めたこの大陸全体の歴史を学ぶ必要があるのです」

 リュートといい、このヴィオルといい、どうして自分の周りにはこうも堅物がそろうのだろう。

 アジェンはわざと大きなため息をつくと、ぎっしりと父親の功績を綴ったページの上に倒れこんだ。

「それに、リュートはその本のみならず、宗教学、天文学、経済学、あらゆる分野で他に類をみないほどの成績をあげてますよ。つまり、そういう子どももいるということです」

 ヴィオルは再び指示棒でアジェンの頭を小突く。

 アジェンは頭をさすりながら恨めしそうな目で、坊主を絵に描いたような家庭教師を見上げる。

 アジェンにつく家庭教師は科目毎に違うが、もっとも苦手な歴史と宗教の授業は、この僧侶でもあるヴィオルが担当していた。

 ヴィオル自身、まだ若い頃から神童といわれた秀才で、その身をシガソン教に捧げてからもシガソンの僧と学者の二束わらじで持って第一線で、齢40に近いこの歳まで活躍しており、また今後更なる飛躍も期待されている。

 最近は政治色のこくなったシガソン教から少し距離を置き、宮廷内の見習い騎士やアジェン、クラウディアの教師を勤めてはいるが、服装は依然として僧侶のもので、僧帽という僧侶の位をしめすターバンの下も剃髪しているそうだ。ちなみにヴィオルの階級は5階級の3番目のアルト、紺の位だ。この年齢では異例の出世だという。

 早くお祈りの時間になってくれないかなぁ、と時計を見る。

 朝と夜2回の祈りの時間。僧侶はその時間を軸に目覚め、また就寝する。

「祈りの時間までまだ1時間はございます。心配御無用」

 視線を読まれたらしい。先回りしたヴィオルの言葉に、アジェンは小さく舌打ちする。

 そんなアジェンの様子に、ヴィオルは困った子どもを見るような眼差しで苦笑すると「わかりました」とアジェンの下敷きになっているその歴史書を取り上げた。

「いいですか。今夜は私が要点だけを拾い上げ、簡単にこれまでの歴史の流れを読んで差し上げます。明日はそれをもとに、ご自分でこの本の第3章までお読みください」

「は~い」

 間延びした欠伸交じりの返事をする。

「返事は短く」

 ヴィオルの声が鞭となってアジェンの眠気を蹴散らした。慌てて背筋を伸ばす幼い皇子に、ヴィオルは咳ばらいを一つすると、この大陸の歴史を一ページ、めくり始めた。


 サウド大陸は東西約4000K、推定南北3000Kの土地であり、西北をぐるりと固い岩盤でできた不毛な山脈が連なっている。山脈の向こうは氷と不毛な大地に閉ざされた土地で端を実際に見にいって帰ってきたものはおらず、死神の土地と呼ばれている。

 一方で南東は海が広がり、比較的温暖な気候である。特に東は草原が広がっており、南端のソング半島には豊かな緑の山々や森が広がっている。

 南北に巨大な川、インストロ河が縦断しており、ほぼ中央にはメタリア湖がある。

 この大陸に始めに国ができたのは、約300年前とされている。

 無数にあった部族を、ある特殊な能力をもつ一族が束ねたのが始まりだ。

 一族の名はメロデ。予知の力を紫色の瞳に宿す一族である。

 メロデは一族の名をつけたメロデ国を建国し、その特殊能力で持って統治した。

 あらゆる天候や災害を予知し国を守る一方で、血族のみを王とする絶対王政をしき、メロデ一族を王族と定め民を束ねることに成功したのだ。

 少数の特権階級が生まれ、その他の多数を支配する中で、徐々に反発するものが現れる。

 それがメロデ国の中でも一番の数を誇る部族、リズミド一族だった。

 リズミドはシガソンという一神教を主軸とする好戦的な部族で身体能力に優れており、メロデ国においては主に軍事分野で活躍する者が多かった。

 リズミドが力をつけてくる中、メロデの皇子がリズミドの娘を戯れに殺すという事件が起きる。

 それをきっかけに、天暦147年、メロデ分裂リズミド建国の源となるラプソーデ戦争が勃発する。

 結果、西をメロデ、東をリズミドと大陸を二分することになった。

 メロデではさらに血族、王政支配が強固なものとなる。

 一方、リズミドでは実力こそが支配者と言う戦力中心の軍政が敷かれ、国内の各部族の中の長の中で一番強いものが国を治めるという形になった。君主を大君と称し、その大君にはどの部族もなれる可能性を示したことで、血ではなく力こそが権力だと示したのだ。

 リズミドに流れた民の中には、内部争いに敗れたメロデの血を引く者たちも少数だが存在したが、かれらは厳しい迫害、差別をうけることになる。ここに、リズミドが抱える矛盾が生まれる。

 その後、血族にこだわるがために緩やかだが衰退の一途を辿るメロデと、力のみを信じるがために暗殺などが繰り返され中々平和的統治が定着しないリズミドは、内戦と侵略を150年近くに渡り繰り返すことになる。

 しかし、疲弊しかけたサウド大陸に大きな分岐点がたった一人の男によってもたらされることになる。

 それが、第三の国ハモーニを建国した、ギュイター・ストリングス。その人だった。

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