9 昼食の時間
「イリスさん、ここが食堂だ」
リカルドが私を食堂に案内してくれた。
そして、中に入って驚いてしまった。
(え!? こんなにたくさん!?)
広い食堂に50人ほどが一堂に会していた。
リカルドが私と共に中に入るとみんなの視線が一斉に集まって心臓が早くなった。
「みんな、紹介する。昨日結婚したって言っただろ? この方が結婚相手のイリスさんだ」
リカルドが大きな声で私をみんなに紹介してくれた。
まるで蜂の巣をつついたようにあちらこちらから一斉に声が上がった。
「うぉ~~若の妄言じゃなくて、本当に結婚してたのか!」
「若の空想じゃなかった!! 可愛いな~~」
「おお~~よろしく!!」
「ようこそラーン伯爵領へってな!!」
みんなに祝福されて「よろしくお願いします」と答えた。
あいさつをすると、リカルドが窓側の一番端に案内してくれた。
「イリスさん。こっちへ」
「はい」
リカルドの後について歩くと、リカルドが目つきの鋭い男性の横に座った。
「イリスさん、隣に座ってくれ」
「はい」
私が座ると、リカルドとは反対の隣の席には「失礼するよ」と言って先ほど話かけてくれがガイが座った。
私がガイに「どうぞ」と声をかけると、リカルドが初めに座っていた男性に声をかけた。
「ロダン。今戻った」
(この人がさっき名前の出てきたロダンって人なのね……)
先ほどガイと話をしていた時に出て来た名前だと思っているとロダンがリカルドを見ながら鋭い目つきで尋ねた。
「どうだった?」
「イリスさんまで巻き込んだんだぞ。当然、全部承認させた」
するとロダンではなく、ガイが楽しそうに言った。
「ひゅ~~やるな。さすが」
「ふっ、これでようやく本格的に動けるな」
「ああ。それと……運河の清掃は予定通り行うことにした」
ロダンが私を見て「へぇ~~」と言うと今後はリカルドを見て「わかった準備する」と言った。
「イリスさん。話は聞いた。俺はロダンだ。リカルドと結婚してくれてありがとな。本当に助かった。こいつのことよろしく頼む」
ロダンと呼ばれた男性だけが、リカルドのことを『若』とは呼んでいなかった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
私がロダンにあいさつをした後にすぐ鐘が鳴った。
(何?)
いきなり鐘が鳴り響いて驚いたが、さらに驚くべきことに鐘が鳴ったと同時に、みんなが一斉に手を合わせて指を組み祈りの姿勢になった。
みんな何も話をせずに目を閉じていた。
先ほどまでの喧騒が嘘のように静まりかえっていた。
(これは……祈り?)
初めて見る習慣に戸惑っていると、数分で再び鐘が鳴った。
するとみんなが、一斉に動き出した。どうやら、食事を各自取りに行くようだ。
「リカルド様、さきほどの鐘は……?」
これがラーン伯爵領の風習だとしたら知りたいと思った。
リカルドは、すぐに答えてくれた。
「ああ、そういやぁ、他の領にはない習慣だったな。ラーン伯爵領では、食事の前に手を合わせて目を閉じて、食材に感謝する習慣がある。今日も無事に食事ができる自分の命に対しての感謝。そしてその自分を活かしてくれる食材への感謝。まぁ、この習慣を効率が悪いとか、面倒な習慣だという人間もいるが……俺たちにとっちゃあ、当たり前の習慣だからな、面倒だとは思わねぇが……イリスさんは、やっぱり面倒だと思うか?」
私は首を横に振った。
私もここに転生するまでは、両手を合わせて『いただきます』と言って食材に感謝するという習慣があったので、面倒だとは思わない。
だが、サイモンのような人なら確かに否定したかもしれない。
「いえ、面倒だなんて……食事に対して感謝をするのは当然のことだと思います」
「そうか……イリスさんと結婚できてよかった」
リカルドが目を細めて笑ったので私も思わず笑ってしまった。
「お待たせ。いっぱい食ってくれな」
「ありがとうございます」
リカルドと話をしていると、ガイが私の分の食事も持って来てくれた。
そして、ロダンがリカルドの食事を持って来た。
「俺まで悪いな」
「かまわん、新婚だろ? 本来なら寝室に閉じこもる時期だ」
「新婚……寝室に閉じこもる……」
「新婚」
気が付けば、リカルドと私は顔を真っ赤にして下を向いていた。
「若、そんな反応されると、こっちが恥ずかしいぜ……」
ガイの言葉でリカルドが顔を上げた。
「とにかく、イリスさん食べようぜ!!」
「はい!!」
そして私たちは気を取り直して食事を始めた。
今日のお昼ご飯は、お肉の香草焼きのようで美味しそうないい匂いがする。
ぱくりと口に入れて味わうと、私は思わず料理を二度見した。
「美味しい!!」
転生してこれまで食べたどの料理よりも美味しかった。
「そうか、俺たちの味付けが口に合ってよかった」
リカルドが嬉しそうに笑った。
「ああ、今回の料理人は口うるさいが、味はいい」
「確かに腕はいいよな。口うるさいけどな」
ロダンとガイも「うん、うん」とうなずいている。
一体どんな料理人なんだろう?
この船でラーン伯爵領に戻るのならしばらくはこの料理が食べられるのかもしれないと思うととても嬉しかった。
「ごちそうさまでした」
私が食事を終えて手を合わせると、リカルドが驚いた。
「食事の前だけじゃなくて、後にも祈るのか?」
「え、ええ」
するとリカルドも両手を合わせて「ごちそうさまでした」と言ってくれた。
なんだか心がぽかぽかしてあたたかくなった。
リカルドと話をしていると、目の前からお盆が消えて気づくとガイとロダンが私とリカルドの食器を片付けてくれた。
「ありがとな」
「ありがとうございます」
二人にお礼を言うと、リカルドが立ち上がって私に手を差し出した。
「さてと、部屋に荷物おいたら、出掛けよう」
「え? どこにですか?」
「そんなの決まってるだろ?」
リカルドはとても楽しそうに片目を閉じた後に言った。
「買い物だよ。最低でもトランク3つ分は買うぞ。(そうすれば、少なくとも一人じゃ持てねぇだろ、うん。持てねぇな)」
トランク3つ分?
もしかして、結婚したらトランクを4つ持って行くという風習があるのだろうか?
(私が今、1つしか持ってないから……足りないってこと、かな?)
「トランク4つ分の荷物が必要なのですか?」
リカルドは少し考えて答えた。
「そうだな、最低そのくらいは必要だな(そのくらい荷物があれば、簡単には荷造りもできなくなるだろう)」
「最低でも!?」
私はバックの中の小切手の存在を思い出した。
それなりの金額をもらったので、足りるはずだ。それについさっき服がないと思ったばかりなので、服も買った方がいいかもしれない。
それに夕食はここではないと言っていた。
(そう言えば、夕食はどこで食べるのかな?)
私はリカルドを見上げた。
「あの……夕食はどちらで」
「夕食は『ディルッソ』って店を押さえてもらった」
「デ、デ、ディルッソを予約したのですか?」
「ああ」
「よく予約が取れましたね……すごく美味しいって有名で、なかなか予約が取れないと聞いたのですが……」」
「そうか……だが、間違いなくそこだ。(そんなに予約取るのが大変な店なのか……あいつ、いい仕事したな)」
『ディルッソ』は王太子殿下や、王太子殿下妃でもお忍びで利用されているという王都でもかなり有名なお店だ。
美味しいとう話だが、きっとかなりの金額ではないのだろうか?
(そんな高いお店を!! 財政難なのに!! 私のお金で足りるかな?)
思わずオロオロしていると、リカルドが照れたように笑った。
「まぁ、(王都には)滅多に連れて来てやれねぇし、結婚記念でもあるから……」
「滅多にない!! 結婚記念!!」
私はリカルドの想いに胸がいっぱいになった。
結婚記念だからきっと無理をしてくれたのだろう。
「ありがとうございます! 嬉しいです」
「喜んでもらえてよかった」
私はそして重大なことに気付いてしまった。
(『ディルッソ』に行くのにこの服はない!! 何か用意しなきゃ!!)
退職金をもらって本当によかった。
さすがにあの高級なレストランにこの服では行けない。
「じゃあ、買い物に行くか。どこか行きたい店はあるか?」
「いえ……ただ服が欲しいと……」
「じゃあ、俺の知ってる店でもいいか?」
「はい」
こうして私はリカルドと一緒に買い物に行くことにしたのだった。




