6 トランク1つで
私はトランクの前で唸っていた。
「どうしよう……服がない……」
これまでほとんど外出をしない生活をしていたので、私は誰かと食事に行くような服を持ち合わせていなかった。
「仕方ない……」
私は白のブラウスと黒のカーディガンと黒のロングスカートというモノトーン姿で女官寮の前に立った。
(は~~せめてカーディガンがもう少し明るい色ならよかった……)
今さら悔やんでも仕方ない。
私は深呼吸をすると辺りを見回した。みんなこの時間は働いているので寮の前には全く人の気配がない。
(この時間って、こんなに静かなんだ……)
こんな時間にこの場所に立っていたことがないので、この風景は見慣れていたはずだったのに、初めての場所のようで不思議だった。静かな道に鳥の声、そして見上げれば青い空。
ぼんやりと空を眺めていると、馬車が近づいて来た。
そして私の前で止まるとすぐに扉が開いた。
そして、リカルドが馬車を降りた。
「ここで待ってくれていたのですね」
「はい」
「あ、もしも運べる荷物があれば、運びますよ。何回か往復する必要があるでしょう?」
私はリカルドを見上げて困ったように答えた。
「昨日確認したら、荷物はトランク1つだったので、何度も往復する必要はないかと……」
「え? 全部でトランク1つ?」
私はうなずいた後に答えた。
「はい。仕事ばかりしておりましたので、服は制服しかなくて……今日の服もリカルド様の素敵なお洋服に合わせる物がなく……申し訳ありません」
「いえ、謝罪の必要はありません。ですが……もしかして、今から退寮の手続きが出来ますか?」
私の荷物は、すでにまとまっているし、制服やドレスなどは城からの支給品なのでクローゼットに残しておく規則だ。
「はい。出来ます」
「では、お昼まで時間がありますし、これから退寮の手続きをしませんか?」
まさかこんなに急に退寮することになるとは思わなかったが、やはりリカルドはお忙しいので早くラーン伯爵領に戻りたいのだろう。
だが……
「退寮しましたら、私は本日はどこで過ごせばいいでしょうか?」
「すでに、イリスさんの泊まる場所は用意してあります。何も心配せずにお越しください」
どうやら、すでに私の泊まる部屋を用意してくれたようだ。
(ラーン伯爵領は財政難だと言うお話なのに……負担にならないのかな?)
私はリカルドを見上げながら尋ねた。
「私の部屋を別に取ってくださったのですか?」
「はい、イリスさんの部屋を……もしかして、私と同室でもよろしいのでしょうか!?」
凄い勢いで尋ねられた。
やはり、2部屋用意するのは経済的に苦しかったのだろう。
王都は物価が高いので無理をさせてしまって申し訳ない。
「はい」
1部屋の方が経済的だ。シングル二つよりも、ツインを取る方が安いという王都の宿事情は仕事柄把握している。
リカルドは何かを悩みながら小さな声で呟いた。
「え? え? 一緒でよかったのか? それなら今日から、イリスさんと同じ部屋で……いや、しばらくは邪魔をされる可能性がある……絶対に邪魔されたくない。あ~~でも一緒に寝たい~~でも、邪魔が絶対に入る~~ん~~ん~~」
リカルドは、何か眉を寄せて真剣に悩んだ後に、私を見て真剣な顔で言った。
「ラーン伯爵領の領邸に戻ったら、一緒の部屋でお願いします!!」
「え? は、はい」
「ありがとうございます」
なぜ領邸に戻ってから同室なのだろうか?
もしかして、ラーン伯爵領邸はかなり狭いのだろうか?
そうか、わかった。これからの季節、薪代を節約するということだろう。
(うん、うん、薪代って結構高もんね……)
ようやく理由がわかってうなずいていると、リカルドが真剣な顔で拳を握りしめながら言った。
「一刻も早く領に帰りましょう!!」
そうだった。
リカルドは忙しいはずだ。
(早く領に戻れるように協力しないと!!)
「リカルド様、退寮手続きは寮監の下で行います。寮監の方は中にいます。こちらです」
「はい。一緒に行きます」
私はリカルドを連れて、中に入った。
そして、寮監室をノックすると、中から声が聞こえて扉が開いた。
「イリスさん、どうされ……」
寮監はそこまで行って眉をひそめた。
寮監はミシェルさんと言って、すでに子供が大きくなり、旦那様と離婚され寮監になったと言っていた。
「イリスさん、家族以外の方は寮内に入れない規則です」
「リカルド様は……私の……家族です」
「家族?」
寮監が疑わしいといった瞳を向けていたが、その横でリカルドが顔を赤くして口を押えた。
「家族!! イリスさんの家族!!」
ミシェルはリカルドを見た後に、私を見た。
「それで、何の用ですか? 外泊届ですか?」
「いえ、退寮の手続きをお願いします」
「え!? 退寮!?」
「はい」
ミシェルは驚いたが、すぐに姿勢を正した。
「わかりました。少々ここで待っていてください」
ミシェルの後ろ姿を見送って廊下に二人になると、リカルドが私を見て嬉しそうに笑った。
「俺、イリスさんの家族なんですね」
いつも《《私》》と言っているリカルドが《《俺》》と言った。それがなんだかくすぐったく感じ、リカルドを見ながら答えた。
「はい……結婚……したので……」
「そ、そうですね……」
顔に熱が集まり、恥ずかしくなっていると、リカルドの頬も赤くなっていた。
二人で視線をさまよわせていると、ミシェルが戻って来た。
「これに名前を」
「はい」
廊下に置いてある机で自分の名前を書いて渡すと、ミシェルが微笑んだ。
「お幸せにね」
「ありがとうございました。お世話になりました」
私はミシェルに頭を下げた。
「荷物はどうするのですか?」
その問いかけに答えたのはリカルドだった。
「これから運びます」
「わかりました。制服やその他の支給服はロッカーへ、鍵は返しに来てください」
「はい」
私はリカルドを見た。
「では、リカルド様。すぐに戻ります」
「え?」
私はリカルドを待たせてはいけないと思い、早足で一人で部屋に戻った。
「一緒に行けないのか……部屋見たかった……」
だから知らなかったのだ。残されたリカルドががっかりと肩を落としたことに……




