4 一日の終わり
「本日はお越しいただき誠にありがとうございました」
結局あれから問題とまではいかないが、細かな対処すべきことが起こり、リカルドの側には戻れなかった。
今は、お客様や王太子殿下や高位貴族の方々が退席されて、無事に夜会が終了したところだ。
他の招待客の方々も会場を出ており、ほっとしていると、声をかけられた。
「イリスさん」
「これは、リカルド様!! 無事に書類は貰えましたか?」
リカルドは笑顔で「はい、イリスさんのおかげです」と照れたように笑った。そして真っ赤な顔で私を見た。
「あの……今夜なのですが……」
「今夜?」
リカルドは頬を人差し指でかきながら私を見た。
「はい。結婚しましたし、私の宿泊している場所にお連れしてもよろしいでしょうか?」
「気遣いありがとうございます。有難い申し出ですが、着替えなども用意しておりませんので、今日は女官寮に戻ります。少しずつ片付けもしたいですので」
「寮にお住まいなのですね。わかりました。では、明日の夕方に迎えに行ってもよろしいですか? 今後の話と夕食を一緒にいかがですか?」
「はい。ぜひ」
リカルドと入口付近で話をしていた時だった。
「なんだと!?」
人のいなくなったはずの会場内から大きな声が聞こえた。
(何かあったの?)
私はリカルドに向かって「失礼します」と言って会場内に入った。
中に入ると、サイモンが数人の若い文官に囲まれていた。サイモンの側にいるのは見たことのない人たちなので、別の部署だろう。
室長たち幹部は現在、王太子殿下の元で報告会が行われているので、どの部署の幹部もいないので止める人がいない。
(仕方ない……なんとかして止めなきゃ!)
慌てて近づくと、再び大きな声が聞こえた。
「おまえ、手袋もせずに素手でステッキに触れて、さらに無造作に扱いながら『そんなことだと!?』ふざけるなよ!!」
どうやら、サイモンの行いが問題視されているようだ。
私は思わず足を止めた。
「しかも、何が『優秀だ』だ!! こうい場合俺たちは『関係者ですので』としか答えてはいけない規則だろう!? 声高らかに『王太子殿下の許可だ』の叫びやがって!! 何かあった場合、責任問題になったらどうするつもりだ!!」
(この人の言うことは私たちの言いたいことと同じだわ……)
実は私たちは誰の指示で動いていたのか、一般招待客に明かすことはしてはいけない。
だからこそ、私は先ほどのサイモンの言葉を室長に報告したのだ。
ちなみにサイモンがこの部署に来た時に、私も室長も他のみんなも散々注意したが、全く聞いていなかったようだ。
サイモンは違う部署の人々に責められて、旗色が悪くなりオロオロしていた。そして私を見つけると、私を指差しながら言った。
「あの女の指示だ。全てあの女の指示で動いていた」
「え?」
私が唖然としていると、サイモンは強引に若い文官の囲みを抜けて私の方に歩いて来た。
「お前のせいだ。お前が穴ばかりの計画を立てるから、私がフォローしたに過ぎない。それに、殿下のお名前を出してはいけないなんて規則は聞いていない!!」
何度も言ったし、恐らく私がだけではなく、他の案件に関わっている同じチームのメンバーも絶対に教えている。 さらに言うと、今回の計画書にも書いてある。
「お前のせいだ!! 私を責めるなどお門違いだ!! お前が謝罪しろ」
その時だった。
サイモンの腕が、払い落された同時に180センチ以上もあるサイモンの身体が浮き上がった。
「イリスさんに指をさすな」
「え?」
気が付くと、リカルドが軽々とサイモンの胸倉をつかんで持ち上げていた。
サイモンは恐怖と苦痛に顔を歪めていた。
そんな彼にリカルドは冷静に言い放った。
「話は聞かせてもらったがな……イリスさんのせいじゃねぇことぐらい、よほどのバカでもない限り、みんなわかってんだよ」
そしてリカルドは、今度はサイモンを床に叩きつけギロリと睨み付けた。
「てめぇの仕事出来ねぇのを、イリスさんのせいにすんじゃねぇ……今度こんなこと言ってみろ、お前……沈めるぞ」
「ひぃ~~!!」
サイモンは、震えながら腰を抜かしていた。
そしてリカルドは私を見て困ったように言った。
「そろそろ会場を施錠するそうです。帰りましょう。送ります」
「はい、ありがとうございます」
すでに今日するべきことは終わっているので、私はリカルドと一緒に会場を出た。
会場の前に馬車がポツンと停まっていた。
階段の前まで来ると、リカルドが私に手を差し伸べながらつらそうに口を開いた。
「怖がらせてしまいましたね……つい、頭に血が昇ってしまって……」
私はリカルドの手を取りながら彼を見上げた。
「ありがとうございます。助けてくださって嬉しかったです」
リカルドは目を大きく開けて私を見つめた。
「怖くはなかったですか?」
「はい」
「……それじゃあ、結婚を続けてくれますか?」
「はい」
うなずくとリカルドが嬉しそうに笑った。
「よかった!! 怖いからイヤだと捨てられたらどうしようかと……」
「そんなこと言いませんよ」
リカルドが馬車の御者に『女官寮まで』と言って、馬車に乗り込んだ。
二人になり、リカルドが視線をさまよわせた後に、照れたように私を見て目を細めた。
「かっこよかったです、イリスさん。会場の人もあなたを頼りにしているのがよくわかりました。事前にたくさん打合せして準備したのがよくわかりましたよ。あんな男の言葉を鵜呑みにする人間なんてあの場所にはいません」
自分の仕事を誰かにこんな風に言って貰ったのは初めてで胸の中があたたかくなった。
「リカルド様だってかっこよかったです。みんなの生活を守るために、自分を犠牲にして結婚を決めて、さっきも私を守ってくれて……本当に素敵でした」
私が笑うと、リカルドが慌てて声を上げた。
「私は犠牲になどなっておりません。むしろ幸運でした。それを言うなら犠牲になったのはあなたの方です」
そしてリカルドが、真剣な顔で私を見つめた。
「大切にします。必ず」
真っすぐに宝石のような紺色の瞳に見つめられて、心臓が早くなり体温が上がる。
私はリカルドを見て「よろしくお願いします」と言った。
その後、二人とも真っ赤になり、無言で寮まで移動したが、その沈黙は少しくすぐったくて、ふわふわとして、全く重くない、とても心地よい沈黙だったのだった。
寮に着くと、リカルドが馬車を降りようとした私の手を取った。
「また、明日」
私もじっとリカルドを見ながら「また明日」と答えた。
するとゆっくりと手を離した。
その後馬車が動き出したが、リカルドは馬車が見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。




