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なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた  作者: 藤芽りあ


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20/30

20 奇遇


「あ……ご飯だ……」


 鐘の音が耳に届いて、食事を思い出した。

 そして、食事だと思うとお腹が空いた気がするので、人間とは本当に現金な生き物だ。

 私は数時間も、本も読まずにぼんやりとしていた。

 外を見るとすでに後は、夕焼けで茜色に染まっている。


(随分と時間が経ってたんだ……食事に行かなきゃ!! 祈りの時間に間に合わない!!)


 私は本を閉じると、部屋を出て食堂に向かった。


(リカルドもう会議終わったかな……)


 早くリカルドの顔を見たいと思っている自分がいた。

 食堂にはすでにリカルドとガイが私の座る席を開けて座っていた。

 リカルドは、じっと食堂の入り口を見ていたようで、私が食堂に入った途端に目が合って嬉しそうな顔をされ、またしても心臓が跳ねた。


「イリスさん、ど、ど、どうぞ!!」


 なぜかリカルドが席を立ち、椅子を引いてくれた。私も早足でリカルドの側まで向かいリカルドを見上げた。

 

「あ、ありがとうございます」


 私は至って冷静なつもりで歩いていたが、ガイが座ったまま私を見て片眉を上げた。


「イリスさん、右手と右足が一緒に動いてるが……器用だな……」

「え!?」


 私はどうやら非常にギクシャクした歩き方になっていたようだ。


「そんな歩き方をする人もたまにいるだろ!?」


 リカルドがガイを見て声を上げた。


「まぁ……そうだな。会議前の若みたいにな……」

「ガ~~イ~~」


 リカルドが睨むと、ガイが両手を上げた。


「すまねぇって、もう言わねぇって!!」


 リカルドが私を見て微笑んだ。


「座ってくれ、それにその歩き方も可愛かった」

「可愛い!?」


 私が固まっていると、周りに座っていた船員が一斉に「ゴホン、ゴホン」と咳払いをしたので、リカルドが「ああ、悪い。とにかく座ってくれ」と言った。


「はい、失礼します……」


 やっとの思いで席に座ると、リカルドも自分の席に着いた。


「……」

「……」


 なんとなく、二人の間に沈黙が流れた。


「今日は……」

「あの……」


 今度は二人が同時に言葉を発してしまって、お互いの顔を見た。


「リカルドどうぞ……」

「イリスさんこそ……」


 今度は二人で譲り合ってしまった。


「……」

「……」


 再び沈黙が流れた。


「(若たち何かあったのか?)」

「(なんか、あったな……ありゃ……)」

「(若、もっと攻めろ!! イケイケ!!)」

「(若の遅ぇ~~初恋なんだろ? 仕方ねぇさ)」


 なんだか周りからヒソヒソと話し声がするが、聞き取れない。

 話をするタイミングを失ってしまって、どうしようと思っていると、鐘が鳴った。

 みんなが一斉に口を閉じて、祈りを捧げているの私たちも同じように食事に祈りを捧げる。

 

(ああ、どうしよう、リカルドと上手く話せない!!)


 しっかりと食事に祈りを捧げなければならないはずの神聖な時間に、私の脳内ではリカルドのことばかりを考えていた。

 その後、なんとなく気まずい雰囲気で食事を終えた私たちの前に、ガイが立ちはだかった。


「あ~~もう!! 見ていられねぇ、すぐに上に席を用意してやるから、このまま甲板に行け!!」


 リカルドが慌てて声を上げた。


「だが、まだ次の食事の組が……」


 ガイは呆れたように言った。


「いいから、行けって!!」

 

 すると周りを数人の船員にに取り囲まれた。


「若、テーブルは用意してやるから」

「若、椅子も運んでやる」

「果実水と酒も運んでやるから!! 早く、行け!!」


 リカルドは、戸惑いながら「お、おう……悪いな……」と答えると、私を見て手を差し出した。


「それじゃあ、イリスさん。甲板に行こうぜ」


 私はリカルドの手を取って笑った。


「はい」


 リカルドと何を話したらいいのかわからないのに、リカルドの側にいられるのは嬉しいというなんとも不可解な感情だった。とてもふわふわして不思議な感覚だった。

 そして二人でゆっくりと、船の中を歩いた。


「飯は……イリスさんの口に合うか?」


 私は大きくうなずいた。


「はい。とても美味しいです!!」


 城の食事はとてもシンプルな味付けばかりだった。

 塩と砂糖と酢を使った味付けがほとんどだった。

 だが、ここの料理は複雑な味付けでとても美味しいと思えた。

 

(この世界に来て、この船での料理が一番おいしい!!)


 だが、そんなことは言えないので、私は美味しいとだけしか言えなかった。


「そうか、よかった。俺たちの領には食べるのが好きな連中が多いからな。食事には気合入れてんだ」


 食前の習慣を見るだけでもラーン伯爵領が食事を大切にしているのはうかがえる。


「ふふふ、ラーン伯爵領に行くのが楽しみです!」


 リカルドが私を見て嬉しそうに笑った。


「ああ、旨い物いっぱい食べさせてやるからな」

「ありがとうございます、楽しみです」


 いつの間にか楽しく話をしながら甲板に着くと思わず声を上げた。


「素敵……」


 少し高くなった甲板の上にはテーブルと椅子が置かれて、白いテーブルクロスがかかっている。

 その上には、ランプとお酒の瓶と、透明のガラス瓶とグラスが2つ置かれている。

 周りに数個ランプが置かれてナイトクルージングディナーと言った雰囲気だ。


「さぁ、どうぞ」


 ガイが、にこやかに笑って私の椅子を引いてくれた。


「イリスさん、うちの領内の葡萄酒と、葡萄液どっちがいい?」


 ちなみに葡萄酒とはワインのことで、葡萄液とはぶどうジュースのことだ。


「葡萄液をお願いします」

「はいよ」


 ガイはグラスに葡萄液を注いでくれた。

 その間にリカルドは自分でワインをグラスに注いだ。


「じゃあな」


 ガイはそう言うと、ゆっくりと甲板を去って行った。

 どうやら、先ほど私たちが食事をしている間に船は港に停泊したようだ。

 甲板にはすでにほとんど人がいない。

 この船の見張りは、中にもあるらしく、停泊中はそこで見張るらしい。


「リカルド、このガラスは何ですか?」


 私は両側に設置してあるガラスのパーティションのような物を見て不思議に思った。


「ああ、それは本来なら風除けだが……今日、狙われちまったからな。狙撃防止だ」


 私は昼間にリカルドが狙われたことを思い出して震えた。

 そして真剣な顔で言った。


「リカルドは、昼間に『誰に狙われたか特定できない』とおっしゃっていましたが、本当にそうなのですか?」


 絶対にリカルドを死なせたくない!!

 私は気が付けば必死になっていた。

 リカルドは、困ったように言った。


「ん~~そうだな……まずは、乾杯しようせ。折角の夜だ」

「あ、はい」


 私はグラスを持って、リカルドのグラスとグラスを合わせるような仕草をした。

 こちらでは実際にはグラス同士を当てることはしない。

 リカルドがゆっくりと、グラスを傾けてランプに照らされた紫のワインがゆっくりと彼の口に運ばれた。

 私もゆっくりと自分のグラスに注がれたぶどうジュースを口に入れた。


(甘くて、ほどよい酸味と華やかな香りに癒される……)


 こんなに美味しいぶどうジュースを飲むのは初めてだったので、私は感動していた。


「……確証ってのはないんだがな……心当たりは一人しかいねぇ……」


 リカルドはグラスを口から離し、グラスをテーブルに置き、ゆらゆら揺れるグラスの中を見ながら呟いた。

 私は急いでグラスから顔を上げてリカルドを見た。


「誰ですか?」


 リカルドは眉を下げた。


「……知りたいか?」

「はい!」


 私は自分でも驚くほど即答していた。

 リカルドは目を大きく開けて、困ったように笑った後に、真剣な顔をしながら答えた。


「……ピルオン公爵家だ」

「え!?」


(公爵家!? そんな大変な家に命を狙われているの!?)


 この世界は、絶対的な階級社会だ。その中でも、公爵家は貴族のトップに君臨する絶大な影響を持つ家だ。

 そんな家に命を狙われているなんて……


(リカルド、そんなに危ない橋を渡っているの?? これも全て借金のせい!?)


「ああ、やっぱり心配かけちまったな……だが……これは言わなきゃ……フェアじゃねぇよな……」


 リカルドがせつなそうに目を細めた。

 私は大きく深呼吸をして質問をした。


「ピルオン公爵は、リカルドが王太子殿下主催のパーティーに行くきっかけを作った方ですよね?」

「ああ、そうだ。あの時は本当にありがとうな。おかげで助かった」

「いえ、それはいいのですが……」


 リカルドは真面目な顔で私を見た。


「一時はどうなることかと思ったが……正直、あのパーティーに行けて、かなり大きな収穫があった」

「……と言いますと?」

「あのパーティーには、本来なら入れるはずのない、未だ独身のピルオン公爵家の次男が出席していただろう? あいつがかなり大きな声で他の貴族連中に話をしていたからな、それで随分と公爵家の内情がわかった」


 私は疑問に思ってリカルドを見た。


「独身者がパーティーに? それはありえません。今回はチェックの厳しさで有名な、王太子殿下直下の文官が受付を担当しました。例外はないと思いますが……」


 リカルドが首を傾けた。


「そうなのか? ヤツは大きな声で『自分は王太子殿下の許可を得て特別に参加している』と吹聴していたが……」


 私はそれを聞いてすごく嫌な予感がして眉を寄せた。


・独身

・出席者に『自分は特別だ』と言っていた。


(もしかして……)


 私は頭を押さえながらリカルドに尋ねた。


「リカルド、その人の名前はわかりますか?」


 リカルドは、少し考えて口を開いた。


「ライモン? いや、エルモン? あ~~何だったかな、ここまで思い出しているのに思い出せねぇ!!」


 リカルドは首の辺りを押さえるしぐさをしたので、私はゆらりと遠くを見た後に言った。


「サイモン?」

「ああ、そうだよ、そう、サイモンだよ!! あ~~スッキリした!!」


(サイモンって、ピルオン公爵家の次男だったんだ……だから室長も強く注意できなかったのか!! あ、でも……)


 私は念のために確認することにした。


「あの……サイモン殿は、子爵でしたが……」

「ああ、ピルオン公爵家だからな、嫡男でなくとも爵位は貰える」


(そうなんだ!! 知らなかった!!)


 爵位を持っていたので勝手に嫡男だと思い込んでいた。ちなみに領の収入が少ない場合、領を次男や代理に任せて、城勤めをしている爵位を持つ人間は多い。しかも次男で爵位をもらえるのは余程の高位貴族か、本人が何か優秀な功績を上げたくらいしかないので、考えもしなかった。

 私はリカルドを見ながら言った。


「リカルド、サイモン殿は……出席者ではなく……私と同じ部署に所属している同僚です。ですので、彼はパーティーの《《出席者》》として特別に許可を得ているのではなく、パーティーの《《運営》》として特別に許可を得ています。私も……リカルドと結婚前は独身でしたので、事前に《《運営》》として参加の許可を頂いていました」


 まさか、サイモンがピルオン公爵家の出身者とは知らなかった。

 彼は、文官になったら必ず配属させる場所を経験せずに、いきなり私たちの部署に配属されたのでみんな不思議に思っていた。サイモンと同じ子爵の爵位を持つ室長も、彼にはかなり困っていたのに、強く言わないので不思議に思っていたのだが……

 

(バックにピルオン公爵家がいたから、強く言えなかったのか……)


 王太子殿下専属の室長が、事前にサイモンを止めず、さらに、本人に直接注意するわけではなく、室長を注意していた理由もようやくわかった。


(大切なお客様の荷物を持つなんてことなんて、私だったら絶対に事前に止められていた。でも止められなかっただけではなく、サイモンはパーティーの間、(幹部には)誰にも注意されなかった……おかしいと思ったけど、そういうことか……)


 これまでの彼の理不尽さを思い出して、ようやく全てが一本の糸で繋がった。

 幹部に注意されなかったので、それを見た他の部署の人々がおかしいとサイモンを取り囲んでいたのだろう。

 リカルドは目を大きく開けて声を上げた。


「え!? そうなのか!? 運営?? しかも、イリスさんの同僚?? ああ、それで、他の連中に囲まれた時、全て、イリスさんのせいにしてたのか……何ごとかと思ったぜ」

「え……あの時リカルドは、サイモン殿がピルオン公爵子息だと知って、あんなことを?」

「まぁな。イリスさんは絶対に悪くねぇと確信していたからな」


 私はあの時のことを思い出して、思わず大きな声を上げた。


「もしかして、あの時、リカルドが私を助けてくれたせいで、狙われて?」

「ああ、違う、違う。あいつは俺のことなんて知らねぇと思う」

「本当ですか……?」


 私がほっとすると、リカルドが顔を寄せて言った。


「ああ、違うから安心しな。だが……あいつ、イヤなヤツだったな」

「はい!!」


 私はリカルドの言葉に間髪入れずに、全力でうなずいた。


「親父は、ただの傀儡だが……あいつの兄貴もかなりイヤなヤツだぜ。もしかしたらサイモン以上」

「え……あれ以上にイヤなヤツなのですか?」


 思わず呟くと、リカルドが笑った。


「あはは、そうなんだよ。そんで、俺はそのイヤなヤツに狙われてるってわけ!」

「ということは……次期公爵に狙われているのですか?」

「ああ、そうだな」


 リカルドがニヤリと笑った。


「そう、まだあいつは公爵じゃねぇ。今のうちに全て面倒ごとを済ませるつもりだ。親父の方はまだ人間は悪くないからな。無能だが……」


 人のいい無能な公爵と、イヤなヤツの次期公爵と、傍若無人な次男。


(ピルオン公爵家……とんでもない家だな……公爵家がそれでいいのかな?)


 私は公爵家のことを思うと不安になったのだった。

 

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