18 定番の質問
ロダンやガイ、ライドが戻って来て、ガイが呟くように言った。
「今回も無事に済んだな。……少しは陛下がこれ以上、気弱になるのを防げるな」
陛下が気弱になる??
一体、何の話だろうか?
「陛下ももう少し、どんと構えてくれたらいいのにな……」
ロダンが眉を下げた。
陛下が『気弱』……またしてもこれは、『掃除』のような隠語だろうか?
私は女官をしていたので、陛下を拝謁したことは何度かあるが……『気弱』とは正反対の威厳に満ちた人物だった。
私が陛下のお人柄を思い浮かべながら首を傾けていた時だった。
ガイが私を見て楽しそうに笑った。
「イリスさんは、自分が少し戦えるから今回の清掃を承諾してくれんだな!!」
みんなの視線が一斉に集まって、私は悩んだ。
だが、戦闘に自信があるというわけではない。
私はとにかくヒマを持て余していたので、一人で黙々と剣の訓練していた。
『落ちて来る花びらをひたすら二つに切れるように』繰り返し、繰り返し訓練したに過ぎない。
最初は全く切れなかったが、今ではお手のものだ。強風でも吹いていない限りは切れる。
つまり私は、最近では花びらを切るという訓練しかしていないので、人を相手にして訓練したことはほとんどないので戦闘には本当に自信がない……
「そういうわけではなく……運河の水面に浮かんでいるゴミを取る作業をするのかと……運河の清掃とおっしゃっていたので……」
私が素直に勘違いしていたことを告げると、リカルド、ガイ、ロダン、ライドが目を大きく開けた。
そしてリカルドが大きな声を上げて私を見てオロオロとしていた。
「え? 掃除を賊の討伐だと知らなかった!?」
甲板にリカルドの大きな声が響き渡った。
「はい……先ほども言いましたが、てっきり、水面に浮いてるゴミを拾うのかと……ゴミを拾ったりする作業なら、その……お手伝いしたいなと……」
ロダンが驚きながら言った。
「そうか、普通は知らないのか……」
ガイも目をパチパチさせた。
「そうだな……あまりにも当たり前過ぎて、一般人が知らないなんて思えなかった……な」
「船で清掃ったら、賊の討伐以外ありえねぇ。むしろ、一般人が知らねぇのが驚きだぜ。多分ラーン伯爵領で知らねぇヤツはいないんじゃねぇか?」
最後にライドがラーン伯爵領に置いての常識的だということを教えてくれた。
つまり、この船に乗っているみんなにとって……
船+掃除=賊討伐
この図式はまるで1+1=2と同じくらい当たり前のことのようだ。
これがまさにカルチャーショックだ。
「イリスさん、すまねぇ、何にも説明がないまま戦いに突入しちまって……イリスさんも怖かったよな……本当に面目ねぇ……」
リカルドが、無いはずの耳と尻尾を下げるように目に見えてシュンとした。
「顔を上げてください。この場合、そもそも常識が違うのですから、気づきようがないですよ。その……これまで全く違う場所でお互いに育ったのですから、こんな風に常識が違って勘違いすることがあるのだと知って勉強になりました」
そう、リカルドと私は育った場所も違うし、歳だって違う。立場だって違うし、性別だって違う。
もう本当に何もかもが違うのだ。
だからこそ、自分の思い込みで行動すると全く違う結果を招くことになることを知ったいい教訓になった。
「そんな風に言ってくれて……本当にありがとうな」
リカルドはそう言うと、私を見て真剣な顔をした。
「イリスさん、俺は今後こんな風にイリスさんに誤解をさせたくねぇ。今回は、賊の討伐だったが、今後、もっと二人の生活とか、どうしても譲れねぇこととか、そういう大事なことで誤解させたくねぇし、したくもねぇ」
リカルドの瞳は怖いほど真剣だった。
それくらい、私とのことを考えてくれているのを感じて胸が熱くなった。
「リカルド……ありがとうございます。嬉しいです」
リカルドが私を見て、顔を赤くして顔に片手を当てた。
そんな彼を見たら、なんとなく何も言えなくなってしまった。
「お~~い。若、『イリスさんが可愛い~~』とか言って照れてる場合じゃねぇだろ?」
ガイの声が聞こえて、そう言えば、ガイたちも近くにいたことを思い出した。
「え? 声に出してたか!?」
「あ、俺たちの存在を思い出した。まぁ、声には出てなかったが、顔には出てたな……」
ライドが棒読みで言った。
「まぁ、これ以上は野暮だな。報告会議の時間は昼飯の後にしてやるから、リカルドは今後の対策を立てろ」
ロダンがそう言って背中を向けた。
「え? 報告会議? そちらを優先してください……」
私が声を上げるとライドが目を細めて言った。
「いやいや、もしも若がここでしっかりと今後の対策を立てずに、イリスさんにフラれたら……絶対に荒れるわけよ。そっちの方が超迷惑!! 若の機嫌のためにもこっちの方が優先なわけ。さて、昼の仕込みは済んでいるが厨房に戻るわ。じゃあな」
ライドも私たちに背を向けた。
「若たち夫婦の初の作戦会議だな、頑張れよ!!」
ガイも背中を向けて去って行った。
「夫婦の作戦会議……」
リカルドはそう呟くと、私をじっと見つめた。
「あ……その、なんだ……イリスさんの……ご趣味は?」
「趣味……ですか?」
「そう、なんでもいい。イリスさんが好きなこととか、邪魔されたくねぇな、ってことを知りてぇ」
趣味……確かに現代でも『ゲーム』や『推し活』における時間やお金の使い方は夫婦に影響を与えると聞いたことがある。
だが、電子機器のないこの世界で、ゲームや推し活をするのはかなり困難だ。
こっちの世界に来て私が一番ハマって、夢中になっていたこと……
剣――
いや、でも……あれは訓練というか習慣の延長……
必死で考えて、ようやく一つだけ見つけた。
「あ、鳥です」
「鳥? 鳥が好きなのか? 焼くのか? 煮るのか?」
リカルドの言葉に慌てて首を振った。
「あ、いえ。鳥の鳴き声を聞いて、何を言っているのか、分析するのが好きなのです」
昔、鳥の会話がわかるという人の本を読んだ。
私はそれに非常に興味を持ち、自分でも鳥の鳴き声を分析していた。
こっちに来てからは、娯楽がほとんどないのでかなりヒマになったが、周りに鳥はたくさんいるので、独自の分析を続けて、城付近にいる鳥の鳴き声からある程度わかるようになった。
そのため、なんどか蛇に襲われそうになっている雛を助けたことがあるし、空は晴れていたが傘を持って行って、午後から雨が降り、同僚に準備がいいと言われたことがある。
何度も言うが、こちらの世界は本当にっっヒマなのだ。
『美味しいカフェがある』と言ってもメニューは少ないし、あまり数も多くないので飽きる。
ショッピングと言ってもあまり店もなく、一度見れば商品はほとんど入れ変わることもない。
そうなってくると、城の中にあるお店で、必要最低限の物を揃えればいいか、となる。
休みの日は剣の訓練と、鳥の観察くらいしか本当にやることがなかったのだ。
「ああ、悪い。食べるって発想しかなくて、気分を害していたらすまねぇ。だが、鳥が何を言っているのか、分析って具体的に何がわかるんだ?」
「そうですね。鳥に危険が迫ってるという鳴き声や、天気が変わるっぽい鳴き声や、求愛とかです。でも、すべての鳥がわかるわけじゃなくて、城付近に来ていた鳥だけですが……」
話をして気づいた。
(あ、あまりにも趣味が無さすぎて、つい言っちゃけど、こんなこと言っても信じてもらえないどこか、おかしいと思われる!!)
私はバカなことを言ってしまったと後悔していると、リカルドは真面目な顔で言った。
「へぇ~~。それじゃあ、この辺りの海鳥もずっと観察すれば、天気の崩れがわかるかもしれねぇってことか?」
海鳥については船に乗ってからずっと無意識に観察して、すでに、数パターンの鳴き声があるというのは掴んでおり、そのうち彼らの危険を知らせる鳴き方は把握していた。
「そうですね。鳴き方にパターンがあるのはすでに掴んでいるので……観察を続ければ、わかるかもしれません」
「そいつはすげぇ!! そもそも鳥が言葉を話しているなんて考えたこともねぇ!!」
リカルドは興奮気味に私の数少ない趣味を褒めてくれた。
私はなんだかくすぐったい気持ちでリカルドを見た。
「リカルドの……ご趣味は?」
リカルドは眉を寄せて真剣に考えながら口を開いた。
「剣の稽古は……よくするけど、趣味って感じじゃねぇし……船に乗って出かけることかな?」
「こんな風にですか?」
リカルドは嬉しそうに笑いながら言った。
「ああ、そうだ。こんな風に。陸を離れる時と着陸する時の高揚感はなんとも言えねぇんだよな」
「リカルドは、普段は何をしているのですか? 船には乗らないのですか?」
「ああ、本当は毎日船に乗りてぇんだが、うっかり親父から領主を押し付けられちまった。親父は今頃仲間と自由きままに船に乗って楽しんでるってのに、俺は……毎日毎日意味のわかんねぇ書類仕事ばっかりで、本当にイヤになる」
「ああ、そういえばリカルドはすでに爵位を譲り受けていますよね?」
普通は、嫡男が爵位を継ぐのはもっと遅い。
「そうなんだよ。親父のヤツ。俺が成人したら、さっさと俺に全部任せて、自分は好きなことしてる。おかげで全く領にはいねぇ。おかげで俺は、慣れねぇ書類仕事にまみれて、枯れ果ててしまいそうだ……イリスさんはどんな仕事してたんだ?」
リカルドは少し冗談ぽく言っているが、本当に書類仕事が好きではないのだろう。
「私は……」
自分のこれまでの仕事について答えようとした時だった。
カーン、カーンと鐘が鳴った。
先ほど鐘が鳴って、戦闘が始まったので、身構えてしまった。
そんな私を見てリカルドが困った顔をしながら言った。
「ああ、これは戦闘じゃねぇ。昼飯20分前を告げる鐘だ。船が停泊中は、みんなで一斉に食事を取るが、動いてるときは、半分に分かれて食べる。食べてない方が船の見張りとか舵取り。そして俺たちは前半だから、急いで食堂に行こうぜ。話の続きはまたの機会に聞かせてくれるか?」
「はい」
私が歩きだそうとするとリカルドが手を差し出した。
「あ~~その、エスコートって言っていつまでも手をつなぐわけにはいかねぇよな……たまに、こうして俺と手……繋いでくれないか?」
「え?」
急激に顔に熱が集まる。
見るとリカルドも顔だけじゃなくて、首まで真っ赤になっていた。
「いや……無理にとは言わねぇが……」
リカルドが手を戻そうとしたので、私はリカルドの手を取った。
「うわっ!!」
急にリカルドが大きな声を上げて私を見た。
「いいのか?」
私はうなずきながら「はい」と答えた。
そしてなんだかくすぐったい気持ちでリカルドと手を繋いで食堂に向かったのだった。




