17 清掃
王都の陸地が見えなくなっても運河の周辺には街が多いので景色は楽しめた。
運河と言ってもかなり広い。大型船が3隻並べるほどの広さだ。
のんびりと景色を眺めていると、リカルドが私を見た。
「あ……その……遅くなったが……その服、イリスさんによく似合ってるな」
突然だったが、リカルドに買ってもらった服だったので、褒めてもらえて嬉しいと思えた。
「ありがとうございます。この服、とっても着心地も良くて、私も気持ちいいです」
「はは、そうか。イリスさんに似合ってて、着心地もいいなら最高だな」
リカルドが嬉しそうに笑ったので、私もリカルドに尋ねた。
「リカルドもあのお店で服を?」
「いや、俺の服は領内にある『アティラン』って店でそろえている。最近、親方に認められた俺の幼馴染もいい仕事するからな。イリスさんも気に入れば、そこでそろえるか? 今度連れて行くな」
「楽しみにしてます」
リカルドと景色を見ながら何気ない会話をしている時だった。
鐘が船内に鳴り響いた。
「お? そろそろか……」
リカルドが顔を上げると、先ほどの柔らかな表情ではなく、真剣な顔になった。
「イリスさん。これから運河の掃除をすることになる。船室に居てくれ……と言いたいところだが、船内には誰もいなくなる。だから、もし何かあっても気づくのが遅れる可能性がある。悪いが、俺の側にいてくれるか? 怖ぇかもしれねぇが、絶対にイリスさんを守るから」
運河の掃除をするのに、なぜそんなに怖いことがあるのだろうか?
もしかして、大きな音の出る清掃道具を使うのだろうか?
とにかく、リカルドの側にいるいうことは理解したのでうなずいて返事をした。
「はい。わかりました」
リカルドがうなずくと、私たちの立っている高い位置の甲板ではなく、下の広い甲板に多くの人が集まった。
(あれ?)
しかもなぜかみんな完全武装だ。
なぜ武装しているのだろうか?
意味がわからなかったが、ざわざわとした甲板に、ロダンとガイとライドが出て来た瞬間、静かになった。
船の一番前にライドが立つと、その少し離れた斜め後ろにロダンとガイが立った。
(何が始まるの??)
私が不安に思って見ていると、ライドがこちら……正確にはリカルドを見て手を上げた。
するとリカルドが答えるように手を上げた。
そしてすぐにライドが大きな声を上げた。
「今日は俺が先陣を切る!! みんな遅れるな!!」
「おおお~~~!!」
地鳴りのような声が聞こえた。
すると、少し離れた位置に船が見えた。
そしてリカルドが大きな声を上げた。
「さてと、あちらさんにあいさつといくぞ!! 大弓構え!!」
リカルドの声で、船の前方部分に随分と大きな弓を持った人々数人並んだ。
(すごい……大きな弓……)
かなり大きな弓で驚いた。そんな大きな弓が5人ほど並んだ。
そして船をゆっくりと近づけながらリカルドが大きな声と共に手を振り下ろした。
「攻撃開始!!」
「え!?」
その瞬間、この船から矢が放たれた。
向こうも応戦しているが、届かないようだ。
そして向こうの船……よく見たら、4隻の船が近づいて来る。
(え? え?)
戸惑っている間に、リカルドがさらに声を上げた。
「クロスボウ、構え!!」
相手の船がゆっくりと近づいてきた。
リカルドがまたしても声を上げた。
「クロスボウ攻撃開始!!」
ここまで来て私はようやく、この状況を理解した。
(もしかして……運河の清掃って……戦闘のことだったの!?)
てっきり、私は運河の水面に浮遊しているゴミを回収するのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
むしろ弓矢が運河に落ちているので汚れている。
「怖くねぇか? 大丈夫か?」
リカルドが心配そうに私の顔を見た。
私は念のためにリカルドに確認した。
「リカルド、これが運河の清掃ですか?」
「ああ。この辺りに縄張りにして随分賊が暴れてるってんで、陛下から掃除を頼まれたんだ」
リカルドは当たり前のように答えた。
どうやら、彼らの中で賊の討伐は掃除というようだ。
(一般的に、討伐は掃除とは言わないと思います……)
私は心の中で呟いて、そしてようやく、リカルドが今回の清掃を見送ると言った意味が分かった。
(私がいたからか……)
私が乗っていたから、リカルドは討伐を見送ると言ってくれたのだろう。
だが、運河の清掃をゴミ拾いだと勘違いした私は、ぜひ実施してほしいとお願いした。
「皆、続け!!」
そして船が近づき、板が掛けられて、ライドが先頭になり敵船に乗り込んだ。
怒声と共に剣の音が響いた。
(これは……怖い)
するとリカルドが剣を抜き、私から少し離れた場所で空中に剣をかざしたと同時に、矢が飛んで来てそれをリカルドがなんなく剣で切り落とした。私から数メートル離れた場所に折れた矢が落ちた。
相変わらず、剣の音はするがこの船での戦いは始まっていない。
「悪いな。怖かっただろう?」
矢を切り落としたリカルドが私を見た。
だが、咄嗟のことで答える前に私は別の声を上げていた。
「リカルド、また来ます」
するとリカルドが再び剣を抜いて、矢を切り落とした。
「ありがとな。イリスさんの位置に居れば矢は来ねぇはずだ!」
確かに私の位置には矢は来ない。
しかも強い北風。南にいる賊の船からの弓の攻撃は完全に不利だ。
もしかしたら、私を守るために船の位置や、風向きまでも全てを計算した戦いなのかもしれない。
そのうち、一隻から狼煙が上がった。
「狼煙!?」
私が声を上げると、リカルドが口角を上げながら答えてくれた。
「安心してくれ、あれはあの船を制圧したという合図だ。あと、3隻……」
リカルドの言葉通り、戦闘の音は少しこの船から遠ざかった。
矢もほとんど届かない。どうやら、弓での戦いは終わり、剣での戦いに移行したようだ。
そしてまたしても次の狼煙が上がった。
「あと、2隻だな戦況は……」
船が陸地に近づき、リカルドが呟き双眼鏡で、戦況を確認した時だった。
周囲の風が止み顔の前に流れてきていた髪がフワリと落ちた。
私は髪を耳掛けると、何か音が聞こえて陸地を見た。
(あ、あれ……飛んで来た!! リカルドを狙って?)
リカルドは完全に相手の船の方を見ている。陸地には気づいてない。
私は剣を抜いて、リカルドに向かって放たれた矢に向かって行った。
「リカルド、危ない!!」
私はリカルドに向かって来る矢に対して、剣を抜いた。
「な?」
私の剣は矢を真っ二つに切り裂いた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
突然のことだったので、身体が興奮で緊張していた。
さっき、リカルドが矢を斬るのをタイミングを後ろではかっていた。
でも、実際にやったことはなかったので不安だったが、リカルドを守れた。
「イリスさん!?」
リカルドが驚きながら双眼鏡から顔を離して私を見たが、私は岸を指さして叫んだ。
「リカルド、岸に大弓がいます」
「ありがとな」
私の声でリカルドが岸を見て剣を抜いた。
「大弓がいるって話は聞いてねぇな……」
リカルドが岸を睨み付けるとポケットから何かを取り出した。
そして岸に向かって、何かを投げると、赤い煙が飛び出した。
その瞬間、岸から馬が駆けて行った。
(もしかして、単独でリカルドを狙ったの?)
そして次々に狼煙が上がって皆が戻って来た。
ロダンが戻って来るなり、リカルドを睨んだ。
「さっきの威嚇玉は何だ?」
「恐らく……俺の暗殺だろうな……岸から大弓で狙われた。大方俺たちがここに来ることを知っていたんだろうさ」
ロダンが眉を寄せた。
「どこから漏れた?」
「さぁな。今回陛下は、隣国との会談に出席していた貴族の前で言ったからな……相手を絞るのは厄介だな」
(え!? 暗殺!?)
私はとんでもないことを聞いてしまって、身体が冷たくなる感覚になった。
(これも借金が関係してるの??)
私は一人で暗殺者について、考えていると、突然リカルドの大きな声が聞こえた。
「そんなことより、イリスさん!! 俺を助けてくれてありがとな!! 剣が使えるとロダンから聞いていたが、俺の想像以上だ!!」
リカルドの声を聞いてライドが楽しそうに言った。
「へぇ~~イリスさん、何したんだ?」
「陸から飛んで来た矢を斬り落とした」
「はぁ~~~!? そんなことができるくらいの腕だったのか?」
「若の嫁、最高だな!! 若、絶対に逃がすなよ?」
ライドとガイが大きな声を上げると、ロダンが少しだけ得意気に言った。
「まぁ、俺はそのくらいできるだろうと見抜いていたが……」
「本当か!?」
ガイがまたしても大きな声を上げた。
するとリカルドが私を見て真剣な顔をした。
「真面目な話、イリスさんが防いでくれて助かった。俺がイリスさんを守るはずだったのに、逆に守られて……本当に悪かったな……」
リカルドが肩を落とした。するとライドが呆れたように言った。
「はぁ~~だから、護衛はガイに任せて、若はいつも通り先陣を切って突っ込んでればよかったんだ。遠くの敵対処するより、接近戦の方が得意なくせに……」
「う……すまねぇ、今度からは……任せる。イリスさんも想像以上に腕が立つことがわかったからな……」
(リカルドって、接近戦の方が得意なんだ……)
確かにさっき見たリカルドの剣はかなり長かった。
今回、リカルドは陛下から頼まれたと言っていた。
(本来ならリカルドの仕事じゃないのに……任されたのかもしれないわ……)
一体どれほどの負債があるのだろうか?
想像したら怖くなったが、私は足に力を入れた。
私にできることがあったら、お手伝いしよう!!
これ以上、リカルドたちを危険な目に合わせたくない。
その後、賊を騎士に引き渡した。
後は彼らが請け負ってくれると言っていた。
私はリカルドのために何かできることはないかと、必死で考えたのだった。
ちなみに、戦闘の後に大きな網で何かを集めていたので『やっぱり清掃はするのか』と思ったら、矢を集めていたらしい。もったいないからだそうだ。




