9.その寂しさは(5)
王宮に泊まるのは久しぶりです。
結局、フィリス様に会うのは明日になってからということになり、ディーン様はクリストファー王子の元に出発し、私はというと、なぜか王妃様とパトリシア王女と三人での晩餐となってしまいました。
「ヴァレリー、今日は本当にごめんなさいね。お腹が空いたでしょう?たくさん食べてちょうだい」
「……ありがとうございます、頂きます」
いっそのこと、部屋で食べたかっただなんて言えません。
ですが、お二人の心はフィリス様を心配しているせいか、なんとなく上の空。誰かが話を振っても会話があまり続かない、そんな居た堪れない晩餐となっています。
「ヴァレリー様は何も聞かないのですね」
パトリシア王女の質問の意味は何でしょうか。
「……フィリス様のことでしょうか」
「それ以外にあるの?」
「パトリシア」
何となく棘のある言葉に、王妃様が窘めるように王女様の名前を呼びました。
「ディーン様より事件のことは聞いております。それ以上は私が聞くべきことではないと思ったのですが」
「……ふーん。私だったら、自分の婚約者が知らない愛称で呼ぶことを許した令嬢が別にいたら問い詰めるけど」
「左様でございますか」
つい、余裕のある姿を見せようと、だからどうしたと言わんばかりに微笑みを浮かばながら言葉を返してしまいました。
「そうよ?だってそれは婚約者として許していいことではないもの。ヴァレリー様にとっては違うみたいですけどね」
ですが、私の余裕などどうでもいいとばかりに、パトリシア王女からの攻撃は止まりません。
「パトリシア、止めなさい。……もう、あなたという子は。でもね、ヴァレリー。フィリスちゃんのことは本当に子供の頃の話なのよ」
『フィリスちゃん』その呼び方がすでに特別感を出していることに、どうして気が付かないのかしら?
「存じております。7歳から学園で再会されるまで、ずっと縁は切れていたのですもの。お二人の仲を疑うわけがありませんわ」
なぜ私を試すように会話をするの?何かあるなら説明したらいいじゃない。ほら。また王妃様の微妙な表情。
もう、婚約者としての正解はどれなの?
「私は、ディーン様が王子として間違ったことをすることはないと信じております」
「……すてき。王子の婚約者として完璧な答えね。でも、そこにヴァレリー様は存在するの?」
「え?」
私?……存在するとはどういう……
「パトリシア。部屋に戻りなさい」
「はーい。あ、デザートは部屋に持ってきて」
「罰としてデザートは無しよ」
「え、酷い!」
何だかよく分かりませんが、パトリシア王女に非があると判断されたようです。……そうよ、だって私が何をしたというの?
「本当にもう。ごめんなさいね、ヴァレリー。パトリシアはどうも素直に感情を表し過ぎるわ」
「……いいえ」
「あなた達二人は足して割ると丁度いいわね」
……なぜ?その言い方だと、私も駄目だと言われている気がします。
「ふふ、癇に障ったかしら?」
「……いいえ。まだまだ未熟で申し訳ないと思っただけですわ」
王女様は王妃様の娘ですものね。つい、そんな気持ちを込めてしまいました。
「ディーンをよろしくね?」
「勿論です。殿下の婚約者として恥ずかしくない対応を心掛けます」
「……そう」
晩餐が終わり、用意していただいた部屋で休む。
「私は何か間違っているの?」
ディーン様に尋ねたら、パトリシア様は満足されるのかしら。
でも、何を聞けばいいの。7歳のディーン様はフィリス様が好きだったの?そう聞けば満足なのかしら。
7歳か。もしかして初恋だったり?
「……それを知ってどんな得があるのよ」
お互いを『エディ』『メイ』と呼び合った淡い恋心。それが?まさか、いまさら私達の婚約を脅かすとでもいうの?
もしそうなら、私に聞くのではなく、王家として対応すべきでしょう。なぜ、私なの。
私はちゃんと婚約者として頑張っているわ。だからちゃんと笑顔で対応しているじゃない。二人の仲を疑われないようにずっと努力しているのに。
「ディーン様のバカ」
早く私を愛して。
そうしたら、私はもっと自信が持てるのに。
この寂しさは、間違いなくディーン様のせいだ。