6.その寂しさは(2)
パンッ!
突然フィリス様がご自分の頬を両手で叩きました。
「何をしてるっ?!」
「よし!気合が入りました!」
「は……?」
いつものように少しだけ私達を覗き込むようにして、ニコッと笑みを浮かべました。
「泣き言はおしまいです!だって、どうやったって変えようのないことですもの」
え?……まあ、確かに、いまさら過去は変えられません。でも、だからといって辛くないわけではないでしょう?
そう声を掛けようかと思いましたが、フィリス様の言葉はまだ続きました。
「まあ、分かっててもですね、たま~に泣き言は出てしまうのですけど。
だから、ありがとうございます。私のことを気に掛けてくださって。
……本当はね、すっごく嬉しかった!」
そう言って笑ったフィリス様は、いままで見た中で、一番綺麗だと思いました。
一瞬、ディーン様のお体がほんの少しだけ動きました。その腕を上げようと、足を一歩踏み出そうと……それは、本当に一瞬だけ。
「……そうか。ならば、もし、これからも泣き言が出そうなときは、私達を呼ぶといい。
話を聞くことしかできないが、それでも。側にいてやることくらいはできるから」
「……本当に?本当に呼んでもいいのですか?」
今度は完全に私の方に向き直り、真っ直ぐに私の目を見ながら聞いてきました。
『本当にディーン様に縋ってもいいの?』
その瞳は、私にそう質問を投げ掛けているのです。
……嫌よ。だって私の婚約者なのに。
でも、ディーン様自身が望んでいるのに、私が女としての感情だけでそれを断ってもいいの?
「もちろん……私では、何もできないかもしれないけど……」
気付けば、私はそう答えてしまっていました。
「そうですか、とてもお優しいのですね。お二人に出会えたことに心より感謝します」
なぜ、フィリス様の笑顔はこんなにも綺麗なのでしょう。……いえ。笑顔だけではありません。そのお心も、強く、美しいと感じるのです。
──だからディーン様も抱き締めたいと思ったのですか?
あの時、隣に私がいなかったらきっと……
いえ。ディーン様を信じなくては。醜い妬心で婚約者を疑うなどよくないことです。
私はディーン様を信じている。
◇◇◇
「ヴァレリー、明日だが久し振りに一緒に食事をしないか」
「はい。喜んで」
「母上が寂しがっていたぞ、王子妃教育がないとちっとも寄り付かないとな」
「まぁ、大変だわ」
冗談だと分かっていても、そう言っていただけるのは大変嬉しいことです。
「できればその時にフィリス嬢も招きたいのだがいいだろうか」
……今の言葉は何も覚悟していなかったため、サックリと私の心を斬りつけました。
「実はパトリシアが彼女に会いたがっていてな。だが、あの件は秘密になっているだろう?彼女を招く理由がなくて」
ああ、そういうことなの……。
本当に誘いたいのはフィリス様で、私はただの隠れ蓑だったようです。
「……勿論よろしいですよ。彼女は私の馬車に乗っていただきましょう」
「ありがとう。母上も彼女のことをとても気にしていてね。助かるよ」
そうなのですね。王妃様が会いたいのも本当は私ではないのですか。……なんだ、喜んだ私は馬鹿みたいです。
「……制服のまま伺ってもいいのでしょうか」
「もちろん。非公式の、いわゆる家族での食事だからね」
家族での集まりに、赤の他人であるフィリス様を招くのがおかしいとは思わないのですね。
……ああ、駄目です。どうしても全てが腹立たしい。
何よりも、こんなにも心の中が荒れ狂っているのに、笑顔でいる自分が気持悪いっ!
それとも、こんな醜さを隠すために、私は王子妃教育を頑張ったの?
それならば大成功です。だってディーン様は何も気付いていません。私の嫉妬も、悲しみも、寂しさも。
彼は何一つ分かっていないのですから。