1.悪夢のはじまり(1)
子どもの頃、私は無敵だった。
この国でたった一人の王女として、お父様もお母様もお兄様たちも可愛がってくれていた。
……ううん。ひとつ年上のディーン兄様だけ、少し厳しかったわ。
「褒められたからってそのまま信じたら駄目だよ。みんなお腹の中はまっ黒なんだから」
今思えば兄様は子どもらしくなかったわ。
「えー?どうして兄さまはいじわるいうの?」
「みんな僕より意地悪だからね。……しずかに、こっちにおいで」
兄さまがこっそりと隠れるように言ってきて、何だか楽しそう!としばらく物陰に隠れて……後悔しました。
「王女殿下は大変可愛らしいですな」
「だが、少々気がお強そうだ」
「確かに。もう少し従順でなければ嫁入りに響くでしょうに」
「どこに嫁がせるのか……サイクスの王子はまだ婚約者がいないですね」
「いや、それよりは───」
それはまるで美術品を売りつけるような、兄様の馬を買い付けたときと変わらないような話が聞こえてきました。
「……けっこんは好きなひととするんじゃないの?」
「それは物語のお姫様だけだよ」
「……兄さまはわたしがきらい?」
「ううん。でも、知らないとあとでパトリシアが泣くことになるから」
「……そっか……うん……そうだね」
こうして、王女の私と物語のお姫様は同じではないことを知って、世界が少し変わりました。
何となくみんなのことが怖くなって。
本当のことを教えてくれたディーン兄様以外の人が苦手になりました。
そんな私を心配したお母様が、私に友達を用意してくれたのです。
でも、みんなみんな王女である私に会いに来るの。ほんのちょっとのことでも気を遣って、何をやってもさすがは王女様ですと褒めてくれる。
「……お母さま、お友達なんかいらない」
「あら、また合わなかったの?でも、もう一人だけ声を掛けてしまったの。少しだけお話をしてみない?」
もう呼んでしまっているなら仕方がありません。
こうして、最後の最後に出会ったのがフィリスでした。
フィリスはとっても素直に感情を見せてくれます。緊張してると教えてくれて、お菓子はこれが一番美味しかったと笑顔を見せてくれて。
私に会えて嬉しかったと手を握ってくれました。
「また会える?」
「もちろんです!」
こうして初めてのお友達ができました。
でも、ちょっと悔しかったのは、私よりもディーン兄様のほうが先に仲良くなっていたこと!
『エディ』と『メイ』なんて二人だけの呼び名で呼んでずるいわ。だから、私も『パティ』と『フィー』って特別な名前を考えたの。
こんな幸せがずっと続くと思っていたのに。
「サイクスの国王が来るって聞いた?」
「うん。怖い国だから、その日は挨拶だけしたら部屋から出ないようにと言われたわ」
「ん、よかった。僕も剣の稽古はなくなったから一緒にいようか」
「ほんとう?じゃあ、お絵描きしましょ?」
「いいよ」
私達二人はデイビッド兄様達とは年が離れているため、公式の場に呼ばれることはほぼ無く、二人でひっそりと遊んでいることがよくありました。
このときも、いつもどおり二人で遊んでいるはずだったのに。
「サイクス国王が王女殿下を連れてきたみたいなの。女の子同士で交流させようということになったのだけど、パトリシアは大丈夫かしら」
大丈夫かって……だってそれは断ることはできないのではないの?
こんなことは初めてでどうしたらいいのか分かりません。
「母上、パトリシアひとりでは荷が重いでしょう。私も同席させてください」
「兄様!」
「……そうね。エスメラルダ王女はディーンと同い年だし。では、お願いしますね」
「畏まりました」
ただ、他国の王女とお茶を飲むだけ。それくらい私にだってできると言いたかったけど、ディーン兄様の助け手はとても嬉しかった。
「……兄様、ありがと」
「うん。大丈夫、失礼にならないようにだけ気を付けよう。ムキになったり、怒ったりしたら駄目だよ?」
「ええ、がんばるわ!」
そう。ちゃんと頑張ろうと思ったの。思っていたのに。
このお茶会が私達の運命を大きく変えてしまうとは、このときは思いもしませんでした。




