16.噂話
エディとヴァレリー様の婚約解消後、学園では真実の愛が話題です。
「ねえ、どうやって告白されたんですの?だって真実の愛なのでしょう?」
「本当よね、憧れちゃうわ」
「君さえいれば他には何もいらないっ!とか?」
「え、そんなっ……、あの、恥ずかしいので」
真実の愛。それは裏切り者サージェントとヴァレリー様のことです。
「やだ、ヴァレリー様ったらこんなにも初々しい方でしたのね!」
「本当。こんなに真っ赤になって」
「「かわいいっ」」
「恥ずかしいから止めて下さい!」
恥ずかしがって真っ赤になるヴァレリー様は確かに可愛い。でも釈然としない私は心が狭いのか。
「ヴァレリー様、一緒にカフェに行きませんか?」
「カフェ……よろしいのですか?」
「もちろん!恋のお話をもっと聞かせてくださいませ」
「お友達とカフェに行くなんて初めてです」
そんな会話が廊下へと続いていった。
「お友達が増えて良かったですね」
……やっぱり無理かな。もう、エディとヴァレリー様は元には戻らない可能性のほうが高い。
エディの馬鹿。何が真実の愛よ。
ヴァレリー様のために作られたお芝居は皆を楽しませた。
サージェントの真実の愛が、とうとうヴァレリーに届いたらしい。
いや、届いたら駄目でしょう?
「皆様、恋のお話が大好きですね」
別にエディがそれでいいなら構わない。ただ、皺寄せが私にも来たことは許し難いけど。
「大きな声では言えませんけど、あの方は傷物令嬢でしょう?純潔を失っていると聞きましたわ」
「あら、でも、ディーン様と婚約されるのならご無事だったのでは?」
「ああ、だからその証明のために王族が娶るのかしら」
「……でもね、体に傷があるそうよ」
「まぁっ!そんな方がお相手だなんて」
最近の私の話題はコレ。
エディと婚約するなんて一言も言ってないし。誰が言い始めたのか狸爺に聞いたら教えてくれるかしら。
それよりも体に傷、ね。それを知っている人間は学園にはいないはずなのに。
やっぱり王宮には間者がいるわよね。ねずみ駆除をいい加減やってくれないかな。そろそろ泣いちゃうぞ。
「さすがに愛妾では、世間は許してくれないですものねぇ」
「王太子殿下ではさすがに側妃であっても傷物令嬢は充てがえませんし。ディーン殿下は幼馴染だからと利用されて災難でしたわ」
「ヴァレリー様は早くに逃げられて良かったですわね」
「そうそう。あの方だって噂を否定しませんもの。だからエミル様を選ばれたのかも」
……これが、噂話の怖さなのね。
彼女達はただの娯楽程度に楽しんでいるだけなのだ。そこには罪悪感は無く、ほんの少しの憐憫と嘲り、あとはただの興味本位。そんな軽い気持ちしかないのだろう。
「こんな場所で王家のお話しは危険ですわよ」
「あら、ごめんなさい。あ!でもあと1つだけ。もうすぐサイクスから王女が留学して来るのですって!」
「やだ……あそこは野蛮だと有名ですわ」
「とても好戦的なのでしょう?戦であそこまでの国になったのですもの」
「でも、学園に来るならお世話役はディーン殿下になるのではなくて?生徒会長ですし、王子であれば間違いありませんもの」
「あら。フィリス様のときと同じになりますね」
「まさか王女が一目惚れしたり?」
「いやだわ、不敬よ?」
クスクスと可愛らしく笑う声が不穏に響く。
ふ~ん、ここまでサイクスの噂が出回っているの?うん。聞くのはこれくらいで十分かな。
「というわけで、噂は広がっているわよ」
「……すまない。君の噂がそんなに酷くなるのは読めなかった」
まあね。真実の愛の対価が私になるとは思わないですよね。
「あと、ヴァレリー様と話をしたわ」
「……うわ、最悪」
「サイクスの話はしていないわよ?」
「いまさら何を話したのさ」
「あなた達が狸爺の思惑どおりに別れることになったことよ。侯爵のことは言えなかったけどね。
だっていまさらでも伝えたかったし、私なら知りたいわ。嫌われて別れるのか、嫌いじゃないけど別れなくてはいけないのか。
……あなたが、少しでも思ってくれていたのか」
「すごいな。メイが乙女だ」
「私じゃなくて。ヴァレリー様の考えに合わせたの」
「私が最低な男だった、でよかったのに」
「最低な男のために4年も頑張ったなんて悲惨でしょ。それなら、王子としてどうしてもそうしなくてはいけなかったんだって、そう思える方がヴァレリー様は嬉しいよ。だってきっと初恋だもん」
女心が分かっていないなぁ。素敵な王子の隣にいたくて頑張ってきたはずが、実は王子は最低な男でした。だなんて、そんなふうに終わらされるのが、どれだけ虚しいか分からないのかな。
まあ、私に伝えられる屈辱はあっただろうけど。
「だって好きだったでしょう?」
「……そうだね。私はこの4年間に不満なんか無かったよ。私のために頑張ってくれているのは嬉しかったし、ハラハラしたり微笑ましかったり……。彼女のことが好ましかったし、可愛いと思ってたよ。
ただ、どうしても恋にはならなかった」
「恋か~。それは私もしたことがないから何も言えないわ。好ましいって恋じゃないのかな」
「ヴァレリーに恋として認めてもらえなかったから違うんじゃないかな」
「好きって言わなかったの?」
「……好ましいとは伝えた」
「綺麗とか可愛いは?」
「もちろん言うよ。ドレスアップして普段と違う雰囲気のときは、今日は一段と綺麗だね、とか、今日の髪型は可愛らしくてよく似合ってるとか」
「でも伝わらないんだ?」
「伝わったと思ってたんだけどね。真っ赤になって照れてたし」
「……その顔と台詞のコンボに照れてただけなんじゃない?」
王子のキラキラスマイルとサラッと言われる褒め言葉。嬉しくても、ただの社交辞令として受け取られたのだろう。
「そのキラキラスマイルを止めたら?」
「……メイが言ったでしょう。演技もいつか本物になるって。もうね、この顔が標準装備なの。当たり前過ぎて外すなんて無理。それこそ演技しないと。それって意味あるかな」
「…無いねぇ」
「ね」
ようするにヴァレリー様の考え過ぎなのかも。
彼女の理想の王子よりエディはもっと単純だったのだ。
「いいよもう。どうせ私は一途な恋なんて最強武器は無くて、だから振られたんだ」
「自分で嗾けたんでしょう?」
「……あの時にはもう、それしか道が無かった。
下手したら、どこかの馬鹿の撒いた噂のせいで、ヴァレリーの能力不足を理由として婚約解消させられるかもしれなかったんだ。それならエミルに任せた方がいい。
私への忠誠心は足りないけど、ヴァレリーのことは本当に好きだったみたいだし、頭も顔も家柄も悪くない。ミュアヘッド侯爵が目を光らせてくださるだろうから問題無いよ」
「……まあね。告白、嬉しかったみたいだしね」
「ね。嬉しかったみたいなんだよ」
あら、結構落ち込んでるわ。まあね、4年もの間大切にしてきたつもりで、でも泣く泣く手放したら、アッサリと他の男の手を取ってしまったから。
「女の子は現実的なんだよ」
「そうだね。夢の王子様より、自分を一番に愛してくれる男の方が魅力的なのは仕方がないさ」
「違うでしょう?あなたが他の女を選んだからよ」
「そうそう。だから私は最低男で、真実の愛に負けましたにしたの。……巻き込んでごめん」
ヴァレリー様ももっと普通に会話出来たら、王子の中身が普通の男の子だって分かったのにね。
「そろそろエスメラルダ王女の対策をしよう」
「…出会い頭に殴ってしまいそう」
そのまま攫って3日くらい何も食べられない空腹の苦しみを知って欲しい。トイレが無くて、その辺でしなくちゃいけない死にそうな羞恥を味わわせたい。獣を放って、噛み殺される恐怖を知って欲しい!
「大丈夫?」
「……ん、ごめん」
「ちゃんと終わらせよう」
「そうだね」
そうしたら私の悪夢も終わるだろうか。




