15.対話(3)
エディの今までを語るには、侯爵が仕組んだことを知ることになる。
娘のためだといいながら、情報を操作し、思考を奪い、恋を潰した事実を。
何かを得るには何かを手放す必要がある。
ヴァレリー様はそれに耐えられるのかしら。
「……それは、今すぐじゃないと駄目?」
「いいえ。覚悟が決まったら言ってください」
すぐに決められないのは当然よね。何を失うのか分からないのだから。
「あ!ヴァレリー様の新しい婚約者ってもしかしてサージェント様?」
「どうして分かったの!?」
「ん~、何だか熱い眼差しを送っていたから。
(ヤダわ本当に裏切ったのね。そう水を向けたのかもしれないけど、だからって簡単にそれに乗って告白しちゃうの?本当に最低。忠誠心ゼロかよ。そっちは策略でもなくただ恋心だけでしょ、こわっ、キモッ)」
「え?ごめんなさい、途中から早口だし声が小さ過ぎて聞き取れなかったわ」
言いたい。言ってしまいたい!
でも、あんな奴だけどヴァレリー様には必要なのかもしれないし~~っ!
「あのね!ヴァレリー様への愛は本物かもしれないけど!気を付けてね!一回やるなら次が無いとは限らないから!」
「何が?」
「もう~~っ!どうしてあなたは変なところでビクビクするくせに、肝心なところは見逃すの?!
10年もの間、エディの友として、後の側近候補として侍っていた癖に、自分の恋心のためにあっさり裏切ったのよ?
エディはあなたと婚約破棄することを、決まってもいないのに他に話すはずがないの。それなのに彼はあなたにプロポーズしたの。それって王子の婚約者を略奪するってことなのよ?!
そんな大それたことができちゃう子なの。彼の中で大義名分が立てばOKになっちゃう危険を伴う子なのっ!」
「あ……だからお父様は先に釘を刺したのね。王家の無理を聞くのだから彼のフライングと裏切りも私のために文句を言うなって」
「そういうことです」
「もしかして、お父様も根回しされていた?」
いや、根回しというかあの二人はグルですよ。
「……ひとつだけ分かったわ」
「え」
狸と狐のことが分かってしまったの?
「私とエミル様はこの事件を利用して篩にかけられたのね。
資質に問題ありと報告でもあったか、陛下の目にそう映ったか、それは分からないけど。
そして私達はあっさりと、その目から落ちた。見事なほどに」
それは違うよ、と言ってあげたいけど……。
「きっと陛下の温情かもしれません」
「温情……どこが?」
「結局はどう捏ね繰り返しても王家に振り回されただけ。ヴァレリー様はその被害者なのだから、そんな王家なんてさっさと忘れて幸せになりなさいってことですよ」
「……は?」
「これから起こるであろうことも、遠くから眺めて大変そうね~頑張ってね~と軽く声援を送って、あなたは自分の幸せのために邁進しちゃうの。
それでたまにね、王子はまだ私に懸想しているかしら?と思い出してクスリと笑ってしまうのも手ですよ」
本当はエディとやり直せたらと思っている。でも、エディは小さな幸せを望みながらも、どうしても国に関わっていこうとしてしまう、見なかったふりなんてできない人だ。
「……いいわね、それ。今回で私は身のほどを知ったもの。王家のことは素知らぬ顔で、せっかく手に入れた、私を心から愛してくれる人と幸せになれるように頑張るわ」
……そっちを頑張っちゃうのかあ。
やばい、泣きそう……
「エディと、ちゃんと話をしませんか?」
「今更?だって自分で切り捨てたのよ。……心変わりしたのは、ディーン様ではなく、私のほうだったわ」
ヴァレリー様はこんなにも傷付いている。それなのに、エディと向き合えというのは酷なのだろうか。
「…もっと早くあなたに会いたかった。そうしたらお友達になれたかもしれないのに」
「酷いです。私は友達になることを諦めませんよ」
「……ありがとう。あなたが隠さずに伝えてくれたから、もう迷いなく前が向ける。
真実はとても痛いわね。でも、知らないままで終わらなくて良かったと思うわ。
この四年の努力と、失敗と、後悔と。
でも、それ以上にディーン様の隣にいられた喜びを忘れないでいたい。
彼にずっと大切にされていた。それが分かって嬉しいわ。……彼をよろしくね?」
……駄目だ。もう、ヴァレリー様は新しい道を歩き始めている。
「…嫌ですよ。私はただの友人ですから任されたら困ります。好きなら攫ってくださいよ」
「私が?」
「他に誰が?」
二人で見つめ合い、そして。
「ヤダわ!そんなはしたない真似できません!」
「やったモン勝ちです。いけます」
「もう!……でもそうね。そんな簡単な話なら良かったのにね」
「知ってます?チャド国では略奪婚というものがあるんですよ」
「え、何それ怖いわ」
そうね。そんなのがあったら、もっと早くにサージェントに略奪されていそうだもの。
「……いつか、でいいです。エディと、ちゃんと話をしてくださいね」
「そうね。いつか…向き合えたらいいな。
さあ、そろそろ戻りましょうか」
「はい」
これ以上は無理。
どちらにしても、エディもサイクスのことが解決しないとそれどころでは無いだろうし。
それでも、いつか二人が向き合うことができたら。
そう願ってしまうわ。




