13.対話(1)
「ヴァレリー様、私はあなたと二人きりで話がしたいです」
朝一番。学園でヴァレリー様を捕まえた。
「……分かったわ」
サージェント様が睨んでくるけど気にしない。ヴァレリー様はあなたの所有物ではないのだから。
ヴァレリー様がサージェント様に断りを入れてからこちらを見た。前回とは違う。パティのおかげかもしれない。
「では、行きましょうか」
ヴァレリー様と向かい合って座る。
彼女がこんなにも真っ直ぐに私の目を見てくるのは初めてのことだわ。
「私から先に聞いてもいいかしら」
やっぱりヴァレリー様も話がしたかったのね。
「どうぞ」
「……あなたはディーン様をどう思っているの?」
「昔と同じ、大切な友人です」
「でも、10年も会っていなかったわ。その間に変わったことだって多いはずよ。それなのに、どうして変わらず友人だと言えるの?」
「……人の本質って案外と変わらないそうですよ。ヴァレリー様はどうですか。昔の自分とそんなにも変わった?」
体が大きくなって声が変わって。知識だって増えて、自分を律することもできるようになる。食べ物の好みだって変わってくるし、それでも。
「たとえ10年経っても、優しくて傷付きやすいエディが今の彼の中にいた。だから私は彼を信じられる」
「……傷付きやすい?」
「信じられないかな」
ヴァレリー様には見せられなかったのね。だって男の子だもの。自分よりも傷付きやすくて大切にしたい女の子がいたら弱い姿なんか見せられない。
大切な人を守るために強くなったんだろうな。
彼はもう17歳。そこは昔とは違うところだ。
「エディは子供の頃はもっと華奢で、女の子みたいに綺麗で。だから侮られやすかったの。
もちろん、誰も直接は言わない。それでも陰口は聞こえてくる。あなたにも覚えがあるでしょう?」
「……ええ、そうね。私は不釣り合いだと言われたわ。だから失敗しないように気を引き締めて…、そうしたら今度はお高くとまっていると言われる。でも、そんな不安は全部笑顔で隠してきたつもりだったわ」
……隠しているつもりだったのね。無理しているな、どうして言わないのかなと不思議に思っていたけど。こんなこと言うと傷付けちゃうかな。
……ああ、エディはこんな気分だったのか。
「彼を頼れば良かったのに。そう言われなかった?」
エディなら絶対に言うわ。無理しなくていい。一人で頑張らなくていいんだよって。
「……だって、はずかしくて」
何それ。それは……
「……あなたの目の前に大きくて重たい荷物をヨロヨロしながら一人で運んでいる女の子がいます。あなたならどうする?」
「え?」
私からの突然の質問に、さっきまでの話はどこにいったんだと言いたげな胡乱な眼差しを向けながらも、律儀に質問への答えを返してくれる。
「それは……、手伝うか誰か人を呼ぶわ」
「そうね。でも、その子は大丈夫ですありがとう、と断るの。すっごくヨロヨロしているのに。さあ、どんな気分?」
「……なんの話をしているの」
やだな。何だか虐めているみたい。でも、エディが誤解されたままなのは悔しいもの。
「それもね。本当はその荷物は二人で運ぶべき物だったの。でもその子は絶対に手放さず、手出しも断わって歩き続ける。
その子は大変だけど達成感があるかもね。でも、それを見ているしか出来ない人は?
いっそあなたから荷物を奪い取ればよかった?でも、そうしたらあなたは泣くでしょう。どうして、と。私を信用していないのか、私では役に立たないのかと。違うかな。
だからエディはあなたを見守っていたと思うよ。本当に危なくなったら手助けできるように」
あなたとエディを別れさせたのに、こんなに酷いことを言ってごめんね。
「あなたはエディを酷い男だと思っているでしょう。でも、それはいつから?彼は本当にずっとあなたに酷いことをしていたかしら。
私が来るまでは婚約者として大切にされて平和だったのではないの?
……だから酷いのは私よ。私があなた達の前に現れてしまった。それさえなければ、あなた達は幸せなまま過ごしていたはずよ。
いつかはヴァレリー様もエディといることに慣れて、少しずつでも頼れるようになって。そんな幸せな未来があったかもしれないのに。
……ごめんなさい。全部私のせいだ……。
いまさら10年前の過去を連れて来てしまった私のせいなの」
泣くなんて狡いと知っているのに涙が溢れる。
「ごめんね、辛かったの……苦しくて、怖くて……エディに縋ってしまった……でも違うの、彼はちゃんとあなたを大切に思ってるっ!」
「……そんな、うそよ。……だって彼は私に恋なんて、」
「恋じゃなきゃだめ?ただ、大切なだけじゃだめだったのかな……。でもそれだって、私さえ戻ってこなければ、ゆっくりと愛に変わっていたかもしれないのに……」
こんなことを言う私は酷い。でも本当だもの。私が戻ってこなければエディはヴァレリー様と幸せになれたはずだった。
彼が少しずつ積み上げて来た幸せを、私が崩してしまった。私という小石がそのバランスを崩させた。
私達の間に、男女の愛なんてないのに。




