9.悪夢(1)
「それに着替えろ」
目隠しをされて見えないが、手に何かを握らされる。
すでにドレスは脱がされた。こんな……誰かも分からない男達の前で。7歳でも女なのに!
相手を刺激しないように、言われたとおりに何とか服を着る。肌触りの悪い、頭から被って着る簡易なワンピースのようなものだ。
「安心しろ、殺しはしない」
そう言いつつも、二の腕にヒタリと冷たい物が触れた。
「…っ、」
……切られた。殺さないって……、
「はっ、根性があるな。叫ばないのか」
必死に歯を食いしばる。ここで泣き叫んだら止まらなくなる。うるさくしてこれ以上の暴力は振るわれたくないっ!
カタカタと震えながらも、何とか泣かないように必死に我慢する。それでも、目隠しの布がじんわりと濡れていくのを止めることはできなかった。
「お前は長く苦しめるように言われているからな。食べる物も水も無く、どれだけ生きられるかな?」
そんな、どうしてそこまで……私が何をしたというの?!
「その血の匂いに獣が寄って来るだろう。逃げ切れるといいな。……Dö inte」
……なぜかソッと頭を撫でられた気がした。
そして、本当に私だけを残して馬車は走り去っていった。殺されはしなかった。でも、どうやったら帰れるの?
恐る恐る目隠しを外す。そこは見渡す限り、鬱蒼と木が生い茂っている森の中だった。
微かな月明かりしかない暗闇が怖い。怖くてどこにも進めない。
腕が熱い……痛いよ……
どうしてこんなことに?こわい、こわい…っ
誰か……!
──ああ、暗闇に獣の目が光っている。
「きゃ─────っっつ!!」
嫌だっ!助けて助けて助けてっ!!!
「どうしたっ!」
「フィリスっ!?」
突然の叫び声を聞きつけて両親が部屋に来ても、私は暫くパニックを起こし泣き叫んでいた。
記憶を取り戻してからずっと、悪夢に苛まれている。
自分がこんなにも弱いとは思いもしなかった。
医師に安定剤を処方されても、悪夢が消えることはない。ただ、目覚めれば夢だと理解し、暴れるのを抑えられるだけマシにはなった。
睡眠薬は逆に悪夢が終わることなく続き、目覚めてからも頭痛や吐き気がして最悪だった。
医師にはカウンセリングを勧められたけど……話せないことが多いから無理。
詰んだ。
もうこのまま人生が終了しそう……
「……あの男。絶対に殴ってやる……」
夢で繰り返し見るからだろうか。
声も香りも、全て覚えている。
「まだ若い男……もしかしたら10代かも。それと、たぶん暗殺者ではない」
……香水を付けた暗殺者ってどうなの。
もしかしたら貴族かな。
「軍事国家とか言ってるくせにお洒落か」
サイクス国は新興国でありながら戦を繰り返して急成長した国だ。今では不可侵条約を結んでいるけど、かなり危うい。
「どぅーいんて」
あの時は分からなかった。7歳児に外国語で語らないでよ。
要するにあれは彼の自己満足なのだろう。
「Dö inte……死ぬな、ね」
長く苦しめと言いながら、死ぬなとも言う。
雇用主は私……ううん、パティを殺したかった。
でも、実行犯は殺したくなかった?
それはそうよね。だってまだ7歳の女の子だもん。
「殺したいなら自分でやればいいのに」
命令を下す奴らは根性悪ばかりなのかしら。
「我が国の狸爺も最悪だし」
王家は誘拐事件の真相を公表した。
お陰様で私は現在、悲劇のヒロイン状態だ。王家は責任を取って娶るべきでは、などという言葉まで出てきている。大きなお世話だ。
学園でのエディとヴァレリー様の微妙な雰囲気も、その噂に拍車をかけているし。
噂は、国王と侯爵のせいなのかな。それともみんなただ面白がっているだけ?
王子と言っても3番目。王位を継ぐわけでもないし、ラブロマンスを楽しもうということかな。
それでも……。
なぜ、噂の出処が学園なの?
だって私はエディと学園でそこまで懇意にしていないわ。二人きりになったことだってない。
それに、ヴァレリー様が悪く言われる理由は何なの?
「あ~、エディと話したいっ!性別の違いがこんなにも面倒だなんて!」
エディと話すには、ヴァレリー様かサージェント様が同席することになる。ヴァレリー様の前では話せないし、サージェント様は……危険だ。
最近の彼は、時折厳しい目でエディを見ている。何かしらの不満を抱えているのだろう。
その視線の先は、ヴァレリー様だ。
「……最低。友人の婚約者に懸想かよ」
というか。ヴァレリー様もサージェント様もお顔というか、目が語り過ぎなんですよ!
あんなにも切なげに見つめていたら、ヴァレリー様の恋は上手く行っていないと分かるし、サージェント様が横恋慕しているのも何れ気付く人が増えると思う!
「裏切り者説が当たっちゃうよ……」
恋って怖い。恋のために友人を捨てるの?
自分の将来の仕事だって失うのに。
……いや、
「……上手くいけば侯爵になれる」
下剋上か。腹立たしい!
「お願い、ヴァレリー様。エディを信じて」
……味方が欲しい。力が足りな過ぎる。
でも、陛下とミュアヘッド侯爵とを敵に回す人などいないだろうし、こちらは差し出せるものが何もない。
まさか、ただヴァレリー様の愛のために?
……そんな奇特な人はいないだろう。
「………ダメ、手詰まりだ」
私はどうして帰って来てしまったの。
いっそ平民として、人知れず生きていればエディもヴァレリー様も平和に暮らしていけたのに。
「……ごめん、エディ。こんなつもりじゃなかったの……」
ヴァレリー様に全てを打ち明ければ。そうしたら……
「婚約解消なんだよなぁ!!もうヤダっ、何でこんな人生なの?!いったい私が何をしたのよ!
なんでっ、なんでこんなっ……もうっ……本当に……っう~~っ、泣くなっ、泣くなっ~~ううッ、も……無理だよぉっ……」
こんなに泣いたら、またお母様を心配させちゃうのに。でももう全てが辛過ぎる……。
ああ、頭が痛い……寝不足だから情緒不安定なんだ……。
でも、眠るのが怖い。
もう…つらいよ、助けて……エディ……




