8.暗躍
「やあ、久しぶりだね」
魔王が来た。そう言ってしまいたい。
「……ご無沙汰しております、国王陛下」
今日は面会謝絶だと聞いたのは夢だったかしら。
「どうやら記憶が戻ったようだね」
「はい。概ねは」
エディと相談はさせてくれないということね。
「さて。私が来た理由は分かっているね?」
「……どうでしょうか。突然の訪問に震えるばかりですわ」
しおらしく言葉を区切り、陛下を見据える。
この方のペースに呑まれる訳にはいかないわ。
「ですが。陛下のお言葉次第で、私の記憶が更に明確になるやもしれませんね」
「犯人はサイクスか?」
わお。直球でくるのね。
「先にお聞きします。この件に協力するに当たって、私への見返りは何でしょうか」
「ほう?何か願いがあるのかな」
なぜあなたが偉そうにするのよ。禿げてしまえ、狸爺!
「勿論ございます」
「残念ながら国外逃亡などはさせられないよ」
「分かっていますわ」
というより、犯人をぶん殴りたいので、このまま関わらせていただきますよ。言わないけど。
「では?」
「私は王家には嫁ぎません」
「……嫁ぎたくない、ではなく?」
「私の10年はそれほどまでに軽いですか?」
どいつもこいつも。私のことは吹けば飛ぶほど軽いらしい。
「国のためだと言っても?」
「残念ながら国が管理しているはずの孤児院は食料が足りていませんでしたよ」
国が私に何をしてくれたと言うの?
「……戦争が起きるとしてもか」
「小娘一人嫁いだところでまだ足りないでしょう。無駄なことに人生を賭けたくありません」
私だってヴァレリー様だって、結婚には一生が掛かっているのよ!
「……なるほどな。ヴァレリー嬢への同情か。だが、侯爵との契約がある。婚約白紙は免れんよ」
「なぜこのことを本人に伝えないのですか!何も知らないから、だからっ!」
「仕方がない。それが娘の幸せのためらしいからな。君の影に怯え続ける姿は見たくなかったそうだ。何の憂いもなく、ただ娘の初恋の成就を願っている、とね」
……やっぱり狸爺と狐親父が彼女を情報から遠ざけていたのね。
それもしっかりと契約として書類を交わしているようだ。これではエディは迂闊に情報を漏らせない。
たぶん、ヴァレリー様に伝えたことが分かった時点で婚約は白紙になるのだろう。
「……では、私が彼女に伝えたら?」
契約はディーン様がヴァレリー様に情報を洩らすことでしょう?
「いまさらか。ディーンの正式な婚約者は君で、ヴァレリーは仮初めであったと?」
「……決定事項ではないはずです」
「無駄だな。侯爵はすでに娘を取り戻すつもりでいる」
「今から新しい嫁ぎ先なんて!」
「目星は付けてあるのだろう。あの娘は少し甘いが、優秀で美しい。妻にと望むものは多いだろう」
そうでしょうね。オマケに侯爵家まで付いてくるのだもの。婿入り希望は多いはず。
他家の内情に、はっきり言って敵である私が介入なんてできない。
ヴァレリー様に私なんかが伝えても、婚約者に取って代わるための狂言だと思われそうだし、何より、父親を悪く言われて信じるはずがない。
ダメだ、詰んだ。
ああもう!エディの考えが聞きたかったのに!
「……ヴァレリー様のことがなかったとしても、王家には嫁ぎませんよ」
「おや。他に思う男でもいたか?」
「あなたの娘になりたくありませんから」
不敬?知るか!全てがあなた達の思うままに動くと思うなっ!!
「ハハハッ!そんなことを言ってのけるか!」
「正直者ですので」
「そうだな。婚約が無くなれば契約も終了する。それからならば何を伝えようが構わんよ」
「…承知いたしました。では、新しく婚約を結ぶフリくらいならお引き受けいたします。もちろん、その旨を書面にしてください」
このあたりが潮時ね。もともと私からの情報は少ないもの。
「良かろう。では、話を進めようか」
◇◇◇
……眠い。腹が立ち過ぎて眠れなかった。
ヴァレリー様に会いたくない。
だって絶対に傷付いてる。傷付けたのは私だ。
男共の中で、結婚の価値が政略一本なこの世の中を誰か変えてくれないかしら。
そんなこと考えても何も変わらないから、諦めて食堂に向かった。
……一番に来るのはヴァレリー様かぁ。
もう、とりあえず元気いっぱいアピールで乗り切るしかない。
彼女の不思議なところは、絶対に自分から情報を得ようとしないことだ。
「でしたらそれで全てです」
こう伝えれば、ほら。それ以上は追求しない。
どう教育したら自分の幸せよりもプライドを取るようになるのか教えてほしいところだ。
侯爵家の方針か、それに合わせた王家の策略か。笑えるくらいにヴァレリー様は逆らわないように躾けられている。
……愛とは残酷なものね。
娘を愛するあまり、彼女の恋を殺すのだから。
愛されているあなたと愛されない私。
なぜ、共に幸せではないのかな。
そんな平等ならいらないのに。




