6.懐かしい思い出(1)
「どうして泣いているの?」
それは私が7歳になったばかりの頃。お母様がとても嬉しそうに、『王女様のお話し相手に選ばれたわ』そう言い出したことで始まった。
「王女様?」
「そうよ。あなたより1つ年下なの。そんなに難しいことではないわ。楽しくおしゃべりすればいいだけよ。できるわね?」
「…はい」
その頃の私は両親の言葉に逆らうことのない、ごくありふれた大人しい子どもだった。
「新しいドレスを作らなくちゃね。王宮に行くのは初めてだし」
母は嬉しそうにアレコレと決めていったけど、私はとても憂鬱だった。だって、
「なんでお前だけ王宮に行けるんだよっ!」
「痛っ、……ごめんなさい兄様」
私には兄が二人いる。一番上の兄とは5歳差なのであまり関わることがないけど、二番目の兄とは2歳差。
いずれ家を継ぐ兄と、初めての女の子である私。その二人に両親の愛が集中していると感じたのだろう。
特に私が生まれたせいで自分への愛情が目減りしたと感じたらしい兄は、事あるごとに私を虐めた。
通りすがりに足を引っ掛けられたり、周りに人がいない時に抓られたり、大切なおもちゃを壊されたり。
今考えれば大したことではなかったのかもしれない。でも、当時の私にとって、兄は恐怖の対象で、親に言ったら許さないという言葉を守り、彼と出くわさないように、毎日を怯えて暮らしていたのだ。
王宮に行くなんて絶対に叱られる。
思った通り、兄は私の髪を引っ張り、怒りを向けて来た。
「お前、王女様の前でカップを引っくり返せよ」
「え……駄目だよ、お母様に叱られちゃう」
「やらなかったらこの髪の毛切るからな!」
こんな台詞にガクブルしていた私は本当に可愛らしかったと思う。でも、当時は本当に怖かったのだ。
連れて行かれた王宮はとても大きく立派で。
……こんな場所で粗相をしろだなんて。
私はとても怖くなり、母が誰かと話している隙に逃げ出してしまった。
木陰でめそめそと泣いていた時だった。
とっても綺麗な子が現れたのだ。
「聞こえてる?どうして泣いているのって聞いたのだけど」
「あっ、ごめんなさい。あなたがあんまりに綺麗だから驚いてしまったの」
「……王子様みたい?」
「ううん、天使様みたい!」
「…うん、そうやって笑っている方ほうがいいよ」
そんな天使の微笑みにすっかりと絆され、私はどうして泣いていたかを白状した。
「ああ、パトリシアの……。それなら、ただ、素直であればいいよ」
「え?」
「無理に隠そうとせず、緊張しているなら緊張していると言葉にして、お茶やお菓子が美味しければそのまま伝えればいい。出来れば今みたいに笑顔で伝えられたらいいと思う。あ、一番はね、素直に綺麗、可愛いと言葉にするといいよ」
「……本当に?」
「うん。それと、もし、僕を信じてくれるなら、お茶はこぼさないで。後でお兄さんの対策も教えてあげるから」
また後でね。そう言って元いた場所の近くまで連れて来てくれた。
「フィリス!どこに行っていたの、心配するじゃないっ」
「ごめんなさい、お母様」
『素直に言葉にするといいよ』
本当は王女様対策だったのだけど。
「王女様にお会いすると思ったら緊張して、怖くなってしまったの……」
今までなら絶対に言わなかったことを伝えてみた。
「まあ、ごめんなさいね。不安に決まっているのに。あなたはしっかりしているから気付かなかったわ」
お母様はそう言って抱きしめてくれた。
……すごい。天使様ったらすごいわ!
それからは無敵の魔法を手に入れた気分だった。
王妃様と王女様を心のままに絶賛し、それでも緊張していることを伝え、美味しいお菓子に心奪われ、気付けば王女様とのお茶会はとても楽しく終わってしまった。
「フィリス、こんなにも楽しかったのは初めてよ。私を王女ではなく、ただのパトリシアとして接してくれてありがとう。こういうお友達が欲しかったの。
……ねえ。また会える?」
「喜んで!」
パトリシア様とすっかり仲良しになり、今後もお友達として交流する約束を交わした。
「上手くいったみたいだね」
「あ!ありがとう、全部あなたのおかげよ!」
私は嬉しくて天使様に飛びついてしまった。
「わっ、危ないよ」
「あれ、天使様はご病気?顔色が悪いし、手がすごく冷たいわ」
「……大丈夫。魔女に毒を飲まされただけ。これでもだいぶ良くなったから」
どく……毒っ?!
「え……本当に?」
「ふふ、やっぱり驚くよね」
「……嘘ですか」
「本当だよ。お母様の中にね、魔女がいるんだ。それで時々毒を飲ませる。……秘密ね」
お母様が?どうして毒なんか……
「知らない。僕がいらない3番目だからかな。
でもね、殺しては駄目みたい。あんなに苦しいのに死ねないんだよ」
これは後で知ったことだけど、それは暗殺の予防で毒に耐性を付けるためでした。そして、通常は本人に毒を含ませていることは知らせないそうです。ある程度耐性が付いて、本人が正しく理解できる年齢になってから伝えて、次は味覚や嗅覚での判断に移るはずだったそうです。
体に無理のない量から始めたはずが、エディにはその毒が効き過ぎてしまい、一時危険な状態に陥ってしまったことがあったそうです。
医師たちが処置をしながら、意識が無いと思って交わした会話をエディは聞いてしまったのだ。
まだ7歳になったばかりで自分の母親が毒を盛った。それはどれほどの恐怖だったのか。
それから、彼の目には王妃様が三人に見えるようになってしまったのです。
優しい母親と厳しい王妃、そして毒を盛る魔女。
そのことを伝えた時の王妃様のお顔が忘れられません。
なぜそんな話を私が知っているか。
それは、王妃様に直談判したからです。
「どうしてディーン様に毒を飲ませるのですか」
だって素直が一番だと言われたから。
あとでエディにこっ酷く叱られた。
『臨機応変!いつでも素直が一番じゃないから!状況をしっかり見て使い分けて!』
なかなかに無茶なお願いです。
『下手をしたら殺されたかもしれないんだぞ』
『とくに国王陛下には絶対にやっては駄目だ』
『優しく見えてもそれが全てじゃない』
『もう絶対誰にも素直が一番だなんて教えない』
暫くお怒りモードのままで、でもそれは私を心配してくれているのだと分かっていたので大人しくお説教を拝聴していました。
こうして私は彼の一番の友達になった。
お互いに二人だけの愛称で呼び合う、お互いの弱い部分を知り、互いに守り合い、唯一無二だと感じる親友になったのだ。




