4.学園という楽園(1)
どうしよう、学園が楽しい。
ただの貴族の義務としか思っていなかったのになあ。
ここでの私は自由だ。
楽しく学び、友人と語らう。まるで普通の令嬢みたい。
私を『誰か』に重ねない。そこにいる『私』を見てくれる。
それがこんなにも嬉しいだなんて初めて知った。
勉強に楽しさを感じたのも初めてだ。
叱られないためではなく、ご飯を食べられるためでもなく。ただ、己を高めるための学習。
こんな世界があるだなんて。
つい、全てが嬉しくてはしたなくも笑顔が溢れてしまう。だって許して欲しい。こんなにも楽しいのは初めてなのよ。
問題の殿下も意外にも好感触だ。王子様なんて真面目一辺倒かと思ったのに、ちょっとした悪戯をしたり少し我儘を言ったり。私のすることを見て爆笑したりもする。
もしかしたら彼も同じなのかもしれない。身分を忘れて束の間の平和を楽しむ。そんな気持ちなのかな。
このまま本当に友達になれたら。そんな叶わない希望を持ってしまう。
「よくそんなにヘラヘラしていられるわね」
……逆に最近は家にいることが辛い。お義姉様からの口撃が強くなってきたから。
「…ただいま帰りました」
せっかくさっきまで楽しかったのにな。
「ずいぶんと帰りが遅いのね。どこぞの男と戯れてきたのかしら」
「……私は学生ですよ。学園で勉強をしているだけです。もうすぐ試験があるので、それに向けた勉強を図書室で「ねえ。いつまでここに居座るの?」
……ここまで嫌われてるのか。
「ご希望とあらば、寮の申請をします」
「……あなたのせいで私達が何を言われているか知ってる?『誘拐され、純潔を散らされた孤児が帰って来た!』そんな家族を持ってしまった私達の苦しみが分かるっ?!なんて恥ずかしいのっ!!」
純潔を?そこまで言われているの?
……さすがにショックだわ。
「まさかお義姉様ともあろうお方がそのような噂を鵜呑みにして唯々諾々と謝罪しているのではありませんよね?」
それでも、こうして生意気な言葉を紡げる私の心は壊れているのかな。
「……なにを」
「意味が分かりませんか?阿呆のように噂に騙されるなと言っているのです」
「あなたっ!」
「次期伯爵夫人がその程度の誹りを躱せないのですか?ずいぶんと情けないですね。
ではご友人に言ってあげてください。ご心配ならば、王家の医師に処女検査をさせると」
「……は?何で王家が」
「あら。あなたはお父様に信用されていないようですね。伯爵家の事情を何も知らない、知らせてもらえない立場なのだと自覚してください」
……言ってしまった。
これでもう、お義姉様との敵対は決定した。
この人は王家の名など怖くて口には出せないタイプ。それなら……私がいかに生意気でろくでなしなのかを触れ回ることだろう。
「……お父様に相談しなきゃ」
ただ普通に生きるということが、どうしてこんなにも困難なのか。
「……学園の皆にも伝わっちゃうのかな」
やっと幸せな世界を見つけたと思ったのに。
「……もうヤダ。誰か助けてよ……」
誰かなんていない。知っているけれど心が叫ぶ。
誰か。誰か誰か。私を助けて、と。
今日もまた図書室で勉強をする。だって家には帰りたくない。
お父様に相談はしたけれど、大切な後継者の妻だ。穏便にと宥めて終わりだろう。
「……どこかに行きたい」
誰も私を知らない場所。いっそそんな所に行けたなら。
「フィリス嬢、今帰りか。ずいぶん遅いな」
ディーン様とヴァレリー様だ。
今日もキラキラしているわ。……いいな。あなた達は居場所が無い不安なんて感じたことがないのでしょう。
「そろそろ試験がありますので、図書室で勉強していたらこんな時間になっていました」
明るく答えたつもりだったのに気鬱に気付かれてしまった。
「友達だろう」
ディーン様の言葉に泣きたくなった。
王命だとしても、彼の友情は本物な気がして。いっそ全てを打ち明けたくなった。
居場所が無い。帰りたくない。……助けてほしい。
でも──
「……ディーン様、駄目ですよ」
だってヴァレリー様の瞳に妬心が宿った。
駄目なのだ。この年になって友情だなんて誰も信じないもの。
「私はパトリシア王女ではありません。私はもう、誰の身代わりにもなりたくない」
本当は違うと分かっている。でも、こうでもしないとヴァレリー様は納得されないでしょう。
ディーン様の優しさは、妹の身代わりに誘拐された令嬢への憐憫の情。ただそれだけだよ。
だから心配いらないから。
彼はちゃんとあなたのものだよ。
私は恋なんてしてる暇はないし、
私のものなんて何もないのだから。




