2.時期外れの転入生(2)
「改めまして、フィリス・ムーアと申します。
ご存知かと思いますが、半年前まで平民として生活をしておりました。貴族としてはかなり至らないと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」
思っていたよりも、というと大変失礼だとは思いますが、しっかりとした挨拶でした。
何よりも、殿下を前にして物怖じしないことが凄いです。
「はじめまして。ヴァレリー・ミュアヘッドです。女性同士の方が話し安いこともあると思います。気兼ねなくお声掛けくださいね」
当たり障りのない挨拶をすると、
「やだ、女神っ!こちらも美しいわ!」
と、意味不明なことを呟いております。隣ではディーン様が爆笑しました。
「ごめ…っ!だって私達にこんなこと言ってくる子はいなかったからっ」
笑いが収まらないらしく、ケタケタと笑っております。こんなディーン様は初めてで、私も対応に困ってしまいました。
「酷いですわ!美麗なお二人がいけないんですよ?!」
そう言ってぷりぷり怒る姿はやはり淑女とは言えません。
淑女とはいつも感情はおもてには出さず、冷静に対応しなくてはいけませんのに。
……それなのに、どうしてディーン様はそんなに嬉しそうなのですか?
「仲良くなれそうでよかった。彼女は君達と同じA組だ。よろしく頼むよ」
「え……」
「凄いじゃないか。編入試験は難しかっただろう?」
「はい。でも、お兄様がずっと勉強を見てくださって、何とか頑張ることができました!」
これには驚きました。学園は成績でクラス分けされます。それが、いきなりA組だなんて。よほど優秀だということでしょう。
「素敵な学友が増えて嬉しいわ。私のことはヴァレリーと呼んでね」
「いいのですか?では、私もフィリスとお呼びください」
「では私のことはディーンと呼んでくれ」
なっ、ディーン様っ?!
「え、あの……よろしいのですか?」
「もちろん。さっきも先生が友人に呼んでもらえと言っていたからね。ぜひ、お願いするよ」
さすがに殿下を名前で呼ぶのは畏れ多いのだろう。おろおろとしているけれど……
「ディーン様が望んでいるのですから大丈夫ですよ」
こう言う以外にどんな手立てがあるでしょう。
「……では、ディーン様。学園内でだけお名前で呼ばせていただきます」
殿下が願い、婚約者の私が許したのです。彼女には名前を呼ぶ以外の道はありません。
仕方がないのよ。出会って数分で、学園内で殿下を名前で呼ぶことを許された2人目の女性になってしまったけれど、ここで殿下を窘めるわけにもいきません。
先生が少し微妙な顔をしながらも、何事もなかったかのように話しを続けました。
「ムーアさんにはまだ説明が残っています。殿下達は先に教室に戻ってください」
「分かりました、失礼します。フィリス嬢、また後でね」
「は、はい!」
どうしましょう。これは荒れるかもしれません。
廊下を歩きながら、ディーン様に何と話しかけようかと逡巡する。でも、このままではいけないですよね。
「ディーン様、少しよろしいですか?」
二人で裏庭に移動しました。他の人には聞かれたくなかったから。
「どうした?」
「……フィリス様を特別扱いするのは危険ではないでしょうか」
「特別?」
「お気付きではないかもしれませんが、現在、学園内でディーン様をお名前で呼ぶことが許されているのは、婚約者である私と、あちらに控えているサージェント様だけです。それなのに、いきなり初日から転入生にお名前で呼ばせるのはいかがなものかと」
エミル・サージェント伯爵令息は、幼い頃からご学友として親しくされている方です。学園では護衛を兼ねて、常に行動を共にしています。今だって声が聞こえない距離で待機している、いわゆる腹心の部下というものなのです。
それなのに、いきなり転入生がその輪に入るというのは……、
「すまない。父上からの頼みでもあるんだ」
「……国王陛下の?」
「ああ。君には伝えておこう。フィリス嬢が誘拐されたのは、妹と間違えられたせいなんだ」
「パトリシア王女殿下と?!」
パトリシア王女は一つ年下の妹君です。まさか、誘拐事件に王女様が絡んでいたとは。
「彼女は当時パトリシアの遊び相手に選ばれてね。ケラハーの湖に遊びに行った時に、背格好が似ていたせいで拐われたんだ。
だから父上は責任を感じているんだよ。学園でも友人として助けてあげて欲しいと言われている。……これは誰にも言わないようにね」
「……分かりました。教えてくださりありがとうございます」
国王陛下の依頼ならば仕方のないことです。
「では、私もなるべく親しくなれるようにいたしますね」
「そう言ってくれると助かるよ。なんせまだ、戻って半年だ。慣れるのには時間が掛かると思うから」
これは中々に面倒な事案だわ。理由を明かせないとなると、他の令嬢達は納得しないでしょうし。
……あら?
先程ディーン様は『はじめまして』と挨拶されたけれど、妹君のご友人でしたのに本当に会ったことはなかったのでしょうか。
それとも、これも秘密のことなの?