11.変わりゆく関係(2)
「ヴァレリー、少し話がある」
お父様に呼ばれたのは、王宮から戻って一週間ほど後のことでした。
「座りなさい」
お父様とこのように二人きりで話しをするのは初めてかもしれません。
「最近はどうだ」
何とも雑把な質問に笑いが込み上げそうになりました。
「お父様が質問しているのはディーン様との仲でしょうか」
お父様の不器用な愛情が嬉しいような、でも、私の不器用さは父譲りかと嘆きたいような複雑な気分です。
「……お前のクラスメイトから心配の声が上がっているらしい」
それは……何だか裏切られたような気分です。私なりにクラスメイトとは上手くやっているつもりでした。
ですが、それは一方的な思いだったみたい。
「……フィリス様の件ですか?」
伝書鳩と化したディーン様が戻られたころには、王家としての発表がありました。
10年前、王女と間違われて拐かされたムーア伯爵家の令嬢が、奇跡的に帰って来たと公表したのです。
ムーア家への謝罪と、令嬢への今後の後押し。それが、王家の決定でした。
記憶を取り戻したフィリス様ですが、残念ながら犯人の手掛かりになることは何も覚えていなかったそうです。
『王女様ではない』
それが分かった途端、森に捨てられたと。
分かったのはそれだけでした。
「その……クラスでも、殿下とその伯爵令嬢は懇意にしているそうだな?」
発表後、フィリス様の劇的な物語があちらこちらで噂されるようになりました。それを後押ししてしまったのは、あの日のお姫様抱っこです。
『第三王子が伯爵令嬢を大切そうに抱き抱えていた』
『婚約者はそれを呆然と見送っていた』
やはり、あの場面を見ていた人はそれなりにいたようです。
「……彼女の面倒を見るのは、国王陛下からのお願いであったと伺っております」
「何?陛下が?……だが、それは婚約者を蔑ろにしていいわけではないだろう?お前達はちゃんとその件について話しているのか」
……またか。皆、口を揃えてそう言うのよね。
『それでいいの?』
良くなかったらどうすればいいのよ。
「それなりには会話をしているつもりです」
「……婚約して4年も経って、まだ、それなりにしか話ができないのか」
どうやらお父様は私の味方ではないみたい。
「至らない娘で申し訳ございません」
そう、素直に言葉を返すと、お父様は酷く傷付いたような顔をして呟きました。
『育て方を間違えたようだ』
……お父様は愚かね。この距離でその呟きが聞こえないと思ったのですか?
「とにかく、殿下としっかりと話をしなさい。彼は王子といえど、いずれ臣籍降下するお方だ」
「なっ?!不敬ですわっ!」
まさかお父様がそんなことを言うだなんて!
今までも口さがない者達がディーン様をその様に揶揄してはきましたが、まさかお父様までっ!
「だが事実だ。王太子殿下はすでに男子を儲けていらっしゃる。第三王子のディーン殿下に王位が渡る事は無いに等しい。殿下もそれは誰よりも理解していらっしゃるはずだ」
……確かに、ディーン様はいつもそのように仰っています。いずれ臣籍降下する身だからと。
ですが、正式に決定するまで……いえ、降りるまでは王子として敬われるべきでしょう!
「何番目であろうとも、ディーン様は王子殿下でごさいます」
彼を蔑むなど許されないわ。
「違う、そうではないのだ……」
私の思いが届いたのか、お父様が言い訳をする様に項垂れた。
「とにかく、いずれ進むであろう道というものがある。それを理解して行動するように」
「……畏まりました」
部屋に戻り一人きりになると、思わず大声で叫びたくなりました。
どうしてこうもままならぬのか。
「どうして?何が駄目なの」
ディーン様だって。
話があると言われた。フィリス様のことだと。
だから私は、『貴方が王子として道を誤らないと信じていますから、何も説明の必要はございません』と、そう伝えたのに。
あれから、何となくぎこちなくなってしまった。
あの時のディーン様の顔と、さっきのお父様の顔が似ている気がしただなんて……
「お髭のお父様と美麗なディーン様が似ていたら大変だわ」
……大丈夫よね?ディーン様が私を裏切るはずがないもの。フィリス様だって、私の友達だって言っていたわ。




