第8話:第一王子
音を立てて開いた扉の向こうから、一人の男が歩いて来る。
その歩き方ひとつ取っても、堂々とした佇まいだった。
背筋の通った体格に、冷えた金色の目が印象的だ。
ノエルさんに少し似ている。けれど、笑みや優しさを表情からは感じられない。
「ノエル」
その呼び方に、私は確信した。
やっぱり、この人がノエルさんの兄――つまりは、第一王子だ。
ノエルさんは席を立つこともなく、落ち着いた声で応じた。
「シグルド兄さん。どうして此処に?」
ノエルさんの問いかけに答えず、シグルドと呼ばれた第一王子が私の方を見る。
「こいつが、王国で拾って来た魔術師か」
「そうだよ。彼女が、王国で僕を助けてくれた、命の恩人だ」
私を見下ろす第一王子の目は、とても冷たく感じた。
「聞けば、ダンジョンから兵士を助けたらしいな、それも単独で。噂になっているぞ」
「そうなんですか……」
視線を逸らすのも失礼な気がして、そのまま見返した。
でも、そんな事よりも私としては、全然目立ちたくはない。
噂って、どこまで広がってるんだろう。
ノエルさんが自分から話すとも思えないし、昨日あの場に居た人から伝わったって事だよね。
この世界の噂話、どんな速度で広がってるのよ。
「お前、本当に王国の出か?」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。あの国の者は、数を成していないと戦えもしない。それどころか、仲間を助けようとする者の方が少ないだろう」
第一王子が言った言葉が、そのまま世間の王国に対する評価だった。
確かに、あの国はそういう国だ。
「それに合わないから、出て来た。それだけです。シグルド殿下」
「ふんっ、どうやら、ただの魔術師ではなさそうだな」
えっ……何でそう思うのよ。
私は、ただの魔術師で良いのに。
もっと怯えた態度の方が良かったとか……。
「いえ、そんな事は……」
そんな私から目をそらし、第一王子がノエルさんの方を向く。
「使える駒を、増やしたという訳か」
「兄さんッ!」
第一王子の言葉にノエルさんが声を張り上げ、席を立ちあがって二人が向かい合った。
駒……。そう呼ばれるのには、慣れていると思っていた。
けれど、ノエルさんの隣で聞くその言葉は……少し、違って聞こえた。
それにしてもこの人、凄い政治脳。
初対面の人に対しても、自分の立場を突きつけて来る。
間違いじゃないんだけど、遠慮してほしい。
「彼女に、失礼じゃないか!」
「この女が、どんな野心を持って近づいたのかと思ったが、ノエル。貴様の方だったか」
「何を言って……」
「おい、お前」
「はい。何ですか?」
威圧的な声で話しかけられ、静かに反応する。
「平民である貴様が、力を持ち、帝国の中枢に触れた意味を考える事だな」
そう言い残して、第一王子は店から出ていった。
残された私たち。
ノエルさんが暫くして、ぽつりと呟いた。
「兄が……迷惑、かけたね」
「お気になさらず」
権力争いをしている所は、少なからず似ている。
それは王国でも変わらなかった。
「全くの……無縁、って訳ではなかったですから。多少は慣れてます」
「すまない」
いつにも増して、今日のノエルさんは変だった。
やっぱり複雑みたいだ。
「それにしても、ご兄弟なのに、余り似てなかったですね」
あの第一王子は、何をそんなに急いでいるのか。
ずっと、何かから逃げてるみたい。
「そうかもしれない。でも、兄は優秀だよ。あのやり方で、ずっと帝国を動かしてきたんだ」
「私は、巻き込まれたりしませんよね?」
思わず聞いてしまったその問いに、ノエルさんは僅かに眉を動かし答える。
「帝国に入った時点で、その渦中にはいる。だけど、無理をさせるつもりはない」
ノエルさんの放った言葉に、安心した自分がいた。
でも、胸の奥には――言葉にできない不安が、残っていた。
第8話まで読んで下さい、ありがとうございます。
皆様の反応が、執筆の原動力に繋がります!
引き続きのブックマーク、評価や反応、お願いいたします。
――海月花夜より――