第69話:既に決まっていた
「気にしなくて良い。誰にも見られてない訳ではないからな」
私がルイスさんの方を向いても、目が合う事はなかった。
「ごめん。ルイスさん」
「だから気にするな。そう言っただろ。それに内の使用人で知ってる奴は、戦場では勲章だとか言って背中を叩いて来るからな。貴様とは比べ物にならんほどに無礼だろ?」
ルイスさんが私を笑わそうとしてくるけど、とても笑えない。
「……そうですね」
けど私は、少しでも切り替える事にした。
「それを思えば、今乾かせるのは私だけですから。お役に立てます」
「良い心がけだな、そのまま使用人にでもなるか?」
「それは遠慮します」
私は張り付いていたシャツに温かい風を当て、静かに乾かし続けた。
見てしまったものは謝る。
心で申し訳なく思い続けても、表では切り替えるしかない。
後はなるべく快適に過ごしてもらおう。
シャツが濡れてたんじゃ、どうしても居心地は良くないだろう。
「しっかり乾かせよ。でないと、貴様に川に突き飛ばされたと報告してやる」
「誰が信じ……るんですか」
「誰も見捨てないと言った割に、間があったな」
「気のせいですよ」
それから私はひたすらルイスさん服を乾かし続け、暫くして私達は野営地へと戻っていた。
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「お帰りクローディア。フィーランド伯爵もご無事で何よりです」
「はて、何かあった気が」
「何もないですよね!? 私は川に突き飛ばしたりしてませんから! あっ――」
やってないのに、私がやったみたいになってしまった。
そんな否定する私を見て、ルイスさんが苦笑いしている。
もう良いや、私は親指を立てた手をノエルさんに向けた。
「大丈夫です、和平への道は残っています」
「だそうだ。それよりもノエル王子、今後の事で少し話がしたい」
「色々と気になる事はありますが。はい、こちらも話たいと思っていました」
一度頷いたノエルさんが、ルイスさんを連れて歩いて行く。
「おい、何してる。貴様も同席しろ。それとも、和平の道はなくて良いのか?」
「……分かりました。ってか私は、第三騎士団の団長なんですからね。ルイスさんの使用人でもないですよ」
私が適当に答えながら歩いていると、立ち止まったノエルさんと目が合う。
ルイスさんは何処に向かうのか目星がついたのか、一人で野外天幕に向かっていた。
「フィーランド伯爵と。随分仲良くなれたみたいだね」
頬を緩ませたノエルさんが少しだけ首を傾けている。
もしかして賠償金の心配をして、怒られるんじゃ……。
「大丈夫ですよ。賠償金はありませんから! 何事もなく終わりました」
自信しかない、という顔で私はハッキリと答えていた。
そんな私を見て納得したのか、くすくすとノエルさんが笑った顔を手で隠しながら前を向く。
「大丈夫、そっちに関しては心配してないから」
「そっち?」
「行こうか。余り待たせると、本当に請求されそうだ」
横並びになって歩き、私とノエルさんはルイスさんが入った天幕に入る。
――天幕の中にはルイスさんだけでなく、アレクシスさんに、ブレンダさん。そして、いつの間に戻って来たのか分からないテレンスさんの姿まであった。
「僕達で、全員集まったね」
ノエルさんが視線を一周させ、目の前に置かれた地図を指差す。
「僕達が今居る場所が此処、王国の東北東周辺になる」
それを見ても、かなりの距離を進んでしまった事になる。
これだと共和国に戻るだけでも、一苦労だ。
「だいぶ、来ちゃいましたね」
「魔物はまだ、追って来ているのか?」
「はい。まだ離れていますが、変わらずこっちに向かって来ています」
「一体あれば、何なのでしょうね」
問いかけたアレクシスさんの言葉は、まるでルイスさんやテレンスさんに聞いている様に聞こえてしまう。
「さぁな、まるで見当がつかない」
ルイスさんが手の平を上に向け返していた。
「魔人か、それに近い存在なのは確かだ。でないと、国境線を守っていた連中を殺して、直ぐに近くに居る別の奴らを次から次へと殺している筈だ」
「共和国側は、あの魔物に対して情報を持っていないという事ですね」
「あぁ勿論だ。それよりも、そちら側の方が情報があると思うのだが。気のせいか?」
ちょ、待って。
ノエルさんが、良い人って言うから。
ってきりアレクシスさんと、ルイスさんも仲が良いと思ってた。
何で、こんなに喧嘩しそうなの!?
ていうか、ノエルさんは、ルイスさんと仲が良いんですよね!?
良い人って。ただの社交辞令だったりしませんよね!?
少し不穏な空気を見せる二人を見て、私は内心焦っていた。
これを止めるのは、もしかして私なのだろうか。
「フィーランド伯爵。帝国にも、あの魔物に関する情報はありません。それは、第二王子である僕が保証しましょう。それよりも今は、次にどうするかを決めませんか?」
「王子がそこまで言うなら、信じるとしよう」
ノエルさんが割って入った事で、ルイスさんが何事もなく引いてくれる。
助かった……。
危うく、私が割って入らないといけなかった。
そうなればどうなっていた事か。
「ありがとうございます。それで、これからに関してですが、伯爵はどうなさるおつもりですか?」
「決まっている」
一呼吸置いてからルイスさんが口を開き、ハッキリと宣言する。
「このまま城塞都市に一直線だ!」
――この瞬間。
私達の選択肢は、殆ど決まった様なものだった。




