第68話:傷
2026年
明けましておめでとうございます。
今年もどうか、よろしくお願いいたします。
「ルイスさん、何考えてるんですか?」
「藪から棒になんだ。黙って歩けないのか」
「私はルイスさんの身を心配してるんですよ? こんな森の中で、私が居なかったら灯りすら無いじゃないですか。それにまだ離れてますけど、私達は魔物に追われてる状況です」
「そんな事は言われなくても分かっている」
「だったら、どうして水場に行くんですか。水が欲しいなら、出せますよ」
歩きながらルイスさんの隣に水を浮かべる。
一瞥されるだけで立ち止まる事はなく、ルイスさんは歩き続けてしまう。
「クローディア団長。貴様、私の事を子供か何かだと勘違いしてないか?」
「伯爵なのは知っています。でも年齢的には子供ですよね?」
「共和国に入ったら、背中には気をつけるんだな」
歩きながら振り返ったルイスさんが、悪人っぽい笑みを浮かべる。
愉快な人だと、私は思っていた。
堅苦しく威勢だけを振りまく貴族よりはよっぽど良い。
「実力で、ねじ伏せれるとでも言いたげだな」
「思ってませんよ。それに、暗殺は不意打ちなので、気づけなければ対処出来ません」
私が言葉を発する時だけ、ルイスさんがこちらを向く。
「そうか。であれば、その時はテレンスに任せるとしよう」
闇に消える様にしていなくなったテレンスさんを思い出してしまう。
確かに、あんな人が暗殺者として近寄って来たら、気づけるか怪しい。
てか、何普通に殺すかもしれない発言してるの!?
「辞めて下さい、それこそ問題になりますよ」
「団長一人の命と、国同士の戦争。帝国がどちらを優先すると思っているんだ?」
「意地の悪い質問ですね」
「子供扱いされる、他国の伯爵だからな」
――王国であれば、まず間違いなく団長の命を捨てるに違いない。
帝国であっても、余り変わらないだろう。
それが国というものだ。
「見放される自分の姿でも、目に浮かんだか?」
「そうですね」
それでも一つだけ言える事がある。
「けど、ノエルさんや第三騎士団の皆は、私の事を見捨てないと思います」
「……本当に、そうだと良いな」
歩いている途中何度も私が話す度に視線を向けていたルイスさんが、今回ばかりはずっと前を向いていた。そして小さな声で返してからは、無言のまま目的地まで進んで行く。
**
ルイスさんと辿り着いた夜の川。
ゆったりとした川幅が月明かりを優しく反射し、浅瀬の川が心地よいせせらぎを奏でている。流れる水に目を向けると綺麗に透き通った水越しに、川底がハッキリと見ていた。
そんな場所に辿り着いても、ルイスさんは関心した様子はなく、そのまま川の水に触れられる距離まで近づいて行く。
「この水深だと、魔物も潜んでなさそうだな」
「はい。探った所、それらしい気配はありませんでした」
私を見たルイスさんが、鼻で笑うように口を開いた。
「索敵出来るというのは、便利だな。困らんだろ?」
「まぁビックリとか、知りたくない事を知っちゃったり、不便する時も多いですよ」
誰かが待ち伏せしてたり、一人しか居ない筈の部屋に二人分の魔力を捉えたり、そういった事にも気づけてしまうのだから苦労する時は苦労を通り越して呆れてしまう。
「それはそうと。貴様、いつまで居るつもりだ」
「いつまでって、ルイスさんが戻るまでですよ。私はこも――ここを守る為に、居るんですから!」
子守と言いかけた私を、ルイスさんが不機嫌そうに見ていた。
さっき聞かれてるもんね……。
流石に誤魔化せなかったか。
「まぁ良い。お前、火が使えるなら風も使えるな?」
「はい」
クローディア団長と呼んでいたルイスさんに、お前と言われてしまう。
私の格が下がったに違いない……。
こうなったら魔術で見返してやる。
「使えますけど、どうかしましたか?」
「なら後で乾かしてくれ」
「ん?」
何が行われるのか全く理解出来ないまま、ルイスさんが身体を回転させ真後ろを向いた。そして上着を近くに投げ置くと、川に背を向けたままルイスさんが――真後ろに飛び込んでしまう。
「ルイスさん!?」
私の止めようとする声が掻き消される様に、水に飛び込んだ音が重なった。
周囲に水を飛ばしながら、落ち着いた水面にはルイスさんが仰向けに浮かんでいる。
「ちょ……ルイスさん。後で怒られるの私だったりしませんよね!?」
「いちいちうるさい。今ぐらい静かにさせろ」
「静かにって……」
いくら周りにそれらしい魔物が居ないとはいえ、今は森の中だ。
それも一か月前とかと比べると格段に魔物の数が増えている。そんな場所で他国の貴族が一人で川に飛び込むと言う異常事態を、私は笑って見てられる程楽観的な性格をしている訳でもなかった。
――川の縁に少し足先が掛かり、穏やかに流れる川に身体が流される事もなくルイスさんがくつろいでいる。まるで、疲れた人がふかふかのベッドに飛び込んだみたいだ。
私が色んな事を心配しているだなんて、思っていないに違いない。
不満な私が呆れながら森を眺めていると、ルイスさんが静かに口を開いた。
「此処はもう、王国領内ではないな」
「何言い出すんですか。立派に、王国ですよ」
聞こえている事を信じ、変わらない声量で静かに返す。
「いずれ過去の話に……いや。これ以上この段階に時間を取られるのは癪だな。城塞都市なんぞ、このまま乗り込んで落とせば良いではないか」
周囲を警戒しながら、ぼーっと話を聞いていた私の意識は突然ルイスさんに引き寄せられてしまう。
あれ、この人。
今何て言った!?
「……ルイスさん?」
「あぁそう言えば居たな」
「居たなって、酷いじゃないですか」
「川の音しか聞こえなかったからな」
良いな。
少しだけ、私も飛び込みたくなってしまう。
やがて上体を起こしたルイスさんが川辺に座り、私の方を見て来る。
髪に付いた水が滴り落ち、顔を隠しながら張り付いていた。
それをルイスさんが手でかき上げると、表情が見える様になる。
――目は何処か奥底を眺める様に虚ろで、まるで何を考えているのかさっぱり分からない。というよりも、考え過ぎて何かに絶望している様にも思えてしまった。
「大丈夫ですか?」
「ああ……」
目を丸くしたルイスさんが驚いた様な表情を見せる。
今の方がよっぽど子供っぽくて良い。
「ほら、風邪ひきますよ。気分転換出来たのなら上がって下さい、乾かしますから」
「そうだな。風邪をひく前に戻って、このまま城塞都市に向かう話を纏めるとしよう」
立ち上がったルイスさんが私に近づいて来る。
そしてそのまま真正面で立ち止まった。
「頼む」
「任されました」
そう言いながら私は手の前に火の塊を出して、その周囲に纏わせた風をルイスさんに向かって流していた。こうすれば火で温められた風が流れて温風みたいになる。
「暑かったら言って下さいね。まだ、水浴びするには少しだけ寒いですから」
夏に向かっているとは言え、まだ先だ。
本当に風邪でもひかれたら笑えない。
「前だけで良い、後ろは上着を着れば分からないだろ」
「何言ってるんですか、それじゃ全然乾きませんよ。それとも、私の事を見てたいんですか?」
「そうだな、だから後ろには行くな」
突っかかって来ると思って言ったのに、何故か違う方向で返事が届く。
「はいはい、乾かした後なら睨めっこでもしてあげるから。じっとしてないさい――」
ルイスさんが回らないのならと、シャツに風を当てたまま私が後ろへ回り込む。
そして私は目にしてしまった。
水を含んだシャツが背中に張り付き、肌色が見えている。
最初はただの背中だと思っていたが、背中を斜めに走る別の色を見つけて直ぐに違うと気づいた。
見間違う筈がない、戦場で負傷する者もは居る。
それでも子供は例外だ。
――こんな大きな斬り傷を負う事はない。
それだけでなく私は、背中全体に広がった火傷の跡を目にするのだった。
明日も投稿予定です。
引き続き、よろしくお願いいたします。
――海月花夜――




