第67話:補給
影の魔物から逃げるように森を進む私達は、遭遇する魔物をなぎ倒しながら駆け抜けていた。
けれどそれも、陽が沈めば変わってしまう。
馬車が止まり降りた私とアレクシスさんの元に、ルイスさんとテレンスさんが歩いて来る。
「これ以上は進めんな」
魔術を扱っていた私の代わりに、アレクシスさんが口を開いた。
「はい。これ以上の走行は危険かと思います。それに、馬にもだいぶ無理をさせてしまいました」
アレクシスさんが馬の横に達、そっと手を当てる。
その馬の前には、私が作った即席の水場が用意されていた。
土の扱いに自身のない私は氷の容器に水を張り、容器の底で火を起こし水温を常温に近づけるという荒業をしている。土で作っても良いけど、土が水に混ざったら頑張ってくれた馬に申し訳ない。
そんな私が馬に触れると、暴れはしないものの若干唸り声がする。
何でだろう……アレクシスさんと何が違うのか分からない。
「まだ敵は、追って来ているのか?」
「ちょっと待って下さい」
馬から意識を外し、ずっと気に留めている存在に集中する。
「テレンス、お前は分かるか?」
「申し訳ございません、ルイス様。私には不可能でございます」
「誇らしげに言うでない」
そんな二人の会話を聞き流し、私は薄っすらと捉え続けていた魔物の位置を把握した。
人の歩く速度よりも遅い速度で、真っすぐ向かって来ている。
だけど――あれ以来テレポートはしていないのか、かなり離れていた。
「居ました。このまま相手が飛んで来ない限り、六時間は大丈夫かと思います」
あの魔物の移動速度は、本当に遅い。
亀かと思うけど休まずに進んで来るのだとしたら、それはそれで怖い。
「十分だな。此処で休息をとるとしよう。そちらも、それで構わないか?」
近づいて来るノエルさんに、ルイスさんが確認をとっていた。
「勿論です、フィーランド伯爵」
そう答えたノエルさんだったが、既に指示を出していたのか。
周りを見れば第三騎士団の皆が魔物の警戒を行いつつも、簡易的な野営の準備を始めていた。
「であれば、そうさせてもらう。テレンス、お前は少し周囲の魔物を狩って来い。二人しか居ない我々は、最初に魔物を減らすぐらいしないと、帝国に全てを押し付ける形になってしまうからな」
「かしこまりました」
指示を受けたテレンスさんが懐から別の眼鏡を取り出し、かけ変えていた。
もしかして……あの眼鏡に。
少し目を凝らして見ると、テンプルと呼ばれる細長い部分に小さな魔術刻印が施されていた。
凄い、あんな小さな物にまで刻めるんだ……。
自分で魔術を作る事はあっても、それを刻印するのはいつも魔術書だ。
魔術師の中で魔術書はかなり普及しているだけあって、自分で刻印する場合もそこまで器用さは求められない。ちょっと魔力を流しながら、特殊なインクで文字を書けたらそれで事足りる。
――しかしそれは、紙の場合だ。
金属や木材に刻印する場合は、削った方が安定的に残せる。
一度、溝を掘って、そこに特殊な液体を流し固めてしまえば良い。
だから、あんな小さな物に刻印するだなんて。
考えるだけで頭がパンクしそうで仕方がない。
戦ってる方がまだマシだ。
「テレンスさん、私も行きましょうか?」
「いえ、私一人で行かせていただきます」
「そうですか」
あと一押しという感じもせず、私は引き下がっていた。
「では、お気をつけて」
「ありがとうございます。それと、ルイス様の事、よろしくお願いしますね」
「他人の心配より自分の心配をしてろ。森の中で倒れても、誰も探せないからな」
「心得ております」
それだけ言い残し、テレンスさんが闇に紛れる様に姿を消した。
「ノエルさん、私も行かなくて良かったんですよね?」
「そうだね。周りに魔物が沢山居るのは間違いないけど。一番警戒しなきゃいけない魔物の位置を把握できるのは、君一人だからね。悪いけど、今回は残ってもらうよ」
「まるで私が、戦いに行きたいみたいじゃないですか」
「違った?」
ノエルさんに問われ、私はゆっくりと目を逸らした。
「黙秘します」
野営地に居ると、手伝おうとしても基本的には何もさせてもらえない。
それなら、戦った方が皆の為になる。
だから私は率先して周囲の巡回をするのであって、決して……。
いや、よそう……。
「君はゆっくり休んでて、魔力も残してもらわないとね」
「分かりました」
私がノエルさんにそう返事をしていると、周りを見渡したルイスさんと目が合う。
「クローディア団長、近くに水辺はあるか?」
「水辺ですか? 川とか湖ですよね?」
今回に限って言えば、私達は日が暮れて馬車を止めていた。
だから、水辺を探した訳ではない。
「探してみますね」
「頼む」
付近の森に流れる魔力を把握し、探し出す。
「川ならありました。けど、二百ほど離れています」
「方向は?」
「あっちです」
私達が進んでいた方を向いた状態で、右斜め前に向かって指を差した。
「逃げて来た方でないなら問題ないか。少し行って来る」
「えぇ!? ちょ、ルイスさん!?」
「フィーランド伯爵、お待ちを――」
「何も気にしなくて良いぞ、独りで行く」
私とノエルさんの静止に近い声を聞いてもルイスさんは歩き続け、馬車が密集している場所から離れて行く。
「ちょっ、ノエルさん! 大変ですよ。伯爵が一人で森の中に――!」
少し丸めた手をおでこに当て、ノエルさんが頭を悩ませていた。
「クローディア、お願いしても良いかな?」
「分かりました。子守してきます」
「本人の前で、そんな事は言わないでくれると。僕も安心できるんだけどな」
「勿論です。任せて下さい」
「――ぉぃ! 聞こえてるぞ」
離れた場所からルイスさんの声が聞こえ、私とノエルさんは少し笑ってしまう。
「結局離れる事になりましたけど、この程度なら直ぐに戻って来れますので、行って来ますね」
「十分、気を付けてね」
「はい」
返事をした私は魔術で小さな火を灯しながら、川に向かうルイスさんの後に続くのだった。




