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第65話:影


 馬車が街を出てから、暫く経つと私達は共和国領内に入っていた。


 整備された横に広く安定した街道。

 そこを二つの馬車が、並走する形で走り駆けている。


 後一時間もすれば陽が沈む。

 だからか、走る馬車の速度はいつもよりも速かった。


「もう少し進んだ所で今日は野営しよう。そう、フィーランド伯爵に伝えてくれ」


「かしこまりました」


 走る馬車に追走して近づいていた人にノエルさんが言伝を頼むと、伝令を聞いたその人は器用に馬の手綱を操り斜めそれていく。


 私も、馬に乗れた方が良いよね……。

 何度か挑戦して馬に落とされた記憶が蘇り、私は静かに諦めるのだった。

 まだ暫くは良いかな。


 そのうち、手先も器用になってくれるに違いない。

 馬車に乗るのだって慣れてるとは言えないのに、他の事はね……。

 それなのに向かい側に座るノエルさんは、揺れる馬車の中で器用に何かを記入していた。


「どうかした?」


「器用だなって。思って」


「忙しい時はいつもこんな感じだったから、慣れたんだろうね。それにしても馬車は、年々座り心地や、振動が少なくなってるからね」


「魔術師が、地面を均してるだけかもしれませんよ」


 どこかの伯爵様は、魔術師を千人以上集めてありえない長さの壁を築こうとしている。

 それを考えたら商人が使う街道の整備などは、平気でやらせていそうだ。


 ――全魔術師の皆、頑張って。


「君がやったら、直ぐじゃない?」


「良いんですか? 氷の道でしたら、直ぐに作りますよ?」


 土は余り得意じゃない事は確かだ。

 出来れば遠慮したい。


 だから私は、氷に水と、炎を好んで使っている。

 炎なんて、幼い頃に魔導具を爆発させた事が使う様になったきっかけでしかない。


「子供が喜びそうな道だね」


「ノエルさん! それですよ。帝国の大通りを氷漬けにして、夏でも子供に遊んでもらいましょう!」


「それはまた……色んな所に話して回る必要がありまそうだね」


 苦笑いしたノエルさんが、何やら紙の余白に書き込んでいた。


「ノエルさん? 本当にメモとか、してないですよね……?」


「さて、どうかな」


 そう言って誤魔化したノエルさんが、紙を乗せていたボードを立て完璧に見えない位置にする。


「良いですよ、どんと来いです! 何なら、私一人で街を凍らせますから」


 流石にそんな事したら、魔力が切れて後が大変そうだけど。

 出来なくは……ないかも? 流石にスケールが大き過ぎてハッキリとは分からない。


「期待してて、その為にも今回の作戦は、絶対に成功させないとね」


「はい」


 城塞都市から、他国の人々を助け出す。

 やろうとしている事は立派でも、一歩間違えば重大な問題に発展してしまう。

 そんな事になれば私達第三騎士団だけでなく、ノエルさんにも責任が問われる可能性がある。


 いくら最終的には上からの命令という形であっても、責任まではとってくれない筈だ。 

 だからこそ、今回の作戦は何が何でも――、


「ぬぁあ――ッ!」


 ――当然馬車が急停車し、私の身体が大きく横に流れてしまう。


「あたっ――」


 荷台の骨組みとなっている木に頭をぶつけ、頭を手で押さえながらゆっくりと顔を上げる。


「ノエルさん、大丈夫ですか?」


「僕の方は、何とかね。それよりもクローディアの方こそ、大丈夫かい?」


「はい、私は平気ですから……」


 向かい側に座っているノエルさんを見ると、平気そうに座面に手を置いて耐えていた。

 私より馬車に乗り慣れてるからだろうか。

 なら隣に座ってたら……。


 いや、そんな事より今は。


「アレクシスさん、何があったんですか」


 前の方に近づいているとアレクシスから返事が返って来る。


「団長、目の前に敵が」


 急いで前側の布を横に逸らし、私は進行方向に目を向けた。


 ――黒い影が細い人型の形を成して揺れている。

 その頭部は雫を逆さにした様であり、今にも千切れそうになり傾いていた。


「あれは、いったい……」


 私の隣から外を覗いたノエルさんが呟き、同じように魔物を凝視し始める。


 魔物である事は間違いない。

 問題は、何の魔物なのかまるで分からない事だ。


「ノエルさん。念のため、馬車の中に戻っていて下さい」


 変種の魔物か、

 もしくは魔人か。

 どちらにせよ、不気味でしかない。


「ちょっと降ります」


 私はそのままアレクシスさんの後ろ通って、地面に降り立った。

 魔物が走って来る様子もない。


 私が手を前に出し魔術を起動しようとすると、敵もまた細い影の腕を前に突き出した。


「~‐ッ‐~―ゥ”〰‐~‐!」


 何を言ってるのかまったく分からない音が、影の魔物から発せられる。


「……なに」


 獣などが発する声は明らかに違った不気味さが流れ、僅かに反応が遅れてしまう。

 ――私達の馬車を取り囲む様にして、光を放つ円形の陣が地面に現れる。


 敵の攻撃だと認識すると同時に、

 現れた陣の赤みが増し――強く光り輝き出すのだった。



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