第49話:別々
雨脚が強くなる中、私達は馬車を走らせていた。
御者の隣に座ったアレクシスさんと、荷台の一番近くに座っているノエルさんと向き合う形で私は座っている。その隣にはブレンダさんとルークが座り、耳を傾けている。
「ノエルさん恐らくですが、王国から来た魔物なら、間違いなくコープスランタンと呼ばれる、青い炎を灯した人型の影人形が居ると思われます」
「それは? 強いのかい?」
「ここが訓練場で、一対一なら、皆さんでも負ける事はないかと思います。ですが……」
「この森に覆われた戦場なら?」
「奴らは、体に実態が殆どなく、頭の火を消し去るのが一番早い倒し方になります。なので、魔術師で水を掛けるか、聖水などを必要に応じて使用してください」
「分かった」
「後、動きが早く、この霧です。相手が人型だからといって、規則正しい人体の動きをするとは思わないで下さい」
「他に居るとしたら、クローディアは、どんな魔物が居ると思う?」
「居るとしたら、月影鳥」
「月影鳥?」
「霧に紛れて夜空だけを飛ぶ鳥です。大きさは羽を広げた時が二メートル程はあるかと。大人よりも大きいですね。その攻撃方法は、翼で私たち人間を打って来たり、鋭い爪で空中に持ち去って落としたり、時には周囲に暗闇を広げる魔術を使って、霧と合わせて周囲から視界を奪おうとしてくるので一番厄介ですので、十分に気を付けて下さい。それと最後に――」
絶対に居る。
これだけの霧だ、居ない方がおかしい。
「あの霧を発生させている敵が居ます。名は――首なし騎士」
「首なし騎士って、あの首なし騎士かい? あれは、ダンジョンの奥深くや森林の奥地など、限られた場所でしか目撃された事のない魔物じゃないか。それがこんな所に……」
「王国から来て、あんな霧を出している事を考えれば、恐らく間違いないかと」
確信はない。
けれど、他にあのレベルの魔物が居るとなると、それはそれで無理だ。
止められるかも分からないし、戦いたくもない。
「首なし騎士は霧を生み出し、霧に紛れて攻撃してきます。仮に馬と乗っている騎士を下ろせたとしても、二手で相手する事になり、馬の方も兵士二十人ぐらいで押さえ続けないと力で出られてしまいます」
「それは厄介だね」
「馬の方は私の氷に閉じ込めても、数秒で出て来ると言えば分かりますか?」
「さぁ察しがついたよ。サラマンダーやウォルガーよりも、強いって。そんな相手と戦うのか」
「何とも、恐ろしい魔物ですね。あの氷を数秒でとは……」
「大きさも、普通の馬よりも二回りほど大きいです」
御者側に座っていたアレクシスが小さく呟き、全員が静かに息をのんだ。
「ノエルさん、今から全員に最低一個は聖水を渡し戦いに備えて下さい。情報伝達もお願いします。首なしに出遭ったら、何が何でも逃げて下さい。あれは倒せる相手ではありません」
「だが、我々に逃げ場は」
「分かっています。だから、少しでも下がりながら戦闘を繰り返して、戦闘を硬直させるんです」
それに今言った魔物は、夜にならないと活動しない。
つまり朝まで戦い切れば、また休める。
「ルーク、ブレンダ。二人には悪いが、このまま進行中の各隊に伝えに向かってくれ」
「はっ」
「かしこまりました」
二人が荷台の縁に立ち、近くに並走していた馬に飛び乗った。
ああいう動きが出来る人はやはり羨ましい。
「アレクシスさんもですよ? 首なしとの戦闘は避けて下さい。私が到着したら、時間を稼ぎ朝を待ちます」
人名最優先だ。
無理に倒そうとして、被害が出るのは良くない。
「分かった、そうしよう」
それから暫く馬車が走っていると、速度が僅かに落ち始め、やがて完全に止まる。
「殿下、目の前です」
ノエルさんと一緒に前方に視線を向けると、白い壁が上空に向かって伸びていた。
「ここで良い。ここからは徒歩だ」
先に降りてノエルさんの手を自然と引くと、ノエルさんにしまったと変な顔を向けられてしまう。今はそんな事を気にしている場合ではない。
同じように馬車から下りた人達の前にノエルさんが立って、静かに頷いた。
そして他の人達も頷き、ノエルさんが私の方を見る。
「それじゃ……」
その途端。
言葉を発しようとした私は、言葉を詰まらせていた。
来た道と同じ方向から、今までなかったものを感じとってしまう。
何これ、なんでこんな所に魔力が。
「……魔物」
でもどうして。
こっちに向かって来る時も、そんなすれ違う反応はどこにもなかったのに。
「魔物?」
「ノエルさん大変です。元居た村に大量の魔物が向かっています」
「何だって、それは確かかい?」
激励するための場が一瞬にして氷つき、一瞬だけ考え込んだノエルさんが私と目を合わせた。
「はい。間違いありません」
「村と魔物の距離は?」
そう言われ、更に正確に魔物の位置と、村の位置を……把握する。
「もう……村に到達します」
周囲から絶望の声が上がる中で、ノエルさんだけがハッキリと口を開き私に聞いて来た。
「君一人なら、助けに行けるね?」
「はいっ。絶対に間に合わせます」
「だったら、君にお願いするよ。カルーツ村を守ってくれ」
「でも、ここは……」
私の今の心はきっと顔に出ていた筈だ。それは仲間に失礼だっただろうか。
ノエルさんもアレクシスさんも、ルークもブレンダさんも、誰もが動揺せず私と向き合ってくれた。
「ここはどうにかするから、クローディアは、村の人々を助けてあげて」
「ノエル殿下の言う通りです。団長殿は、村の方に行ってください」
「僕らが命に代えても、守り抜きますから」
「分かりました、皆さん。村の方に行って来ます」
「それに、村長とも約束してたでしょ。まぁ近づいて行ったのはサラマンダーじゃないみたいだけど、それでも君が、倒す事に変わりはないよ」
「はい、近づく魔物は倒します。それじゃノエルさん皆さん、こちらは頼みました」
「あぁ」
「お任せを」
「団長殿もご武運を」
そして私は魔術を起動させる。
「スペル・キャプチャー・テレポーテーション」
一人。
雨の降る空中に場所を変え、身体が重力に引っ張られ落下していく。
体勢を立て直した私は遠くにある村を視界に入れ、再び魔術を起動させるのだった。
「お願いだから、間に合って――」




