第48話:敵
雨音が周囲に打ち付ける中。
意識を取り戻すと同時に、耳を咄嗟に覆ってしまう雷鳴を耳にした。
「っ――!?」
飛び上がった身体は既に片膝で起き上がりかけ、私は周囲を見渡す。
天幕の中に変わった所はない。
けれど、外から慌ただしい人の声が雨音に交じって聞こえて来る。
「行かなきゃ」
私は外に飛び出した。
視界に飛び込んで来る雨粒と、燃える木が目に入る。
木の下では何人かの魔術師が更に水をかけ、鎮火しようとしていた。
あれなら、消えるかな。
そう思っていた私の視線は遠くの稲妻に自然と引き寄せられ、その辺りにある魔力の塊を捉えるのだった。地表から盛り上がったであろう霧は上下でハッキリとした境目があり、遠目で見れば地表に雲が落ちたとさえ思えてしまう。
魔力で生み出された霧。
それを行っているのは人ではなく、きっと魔物だ。
数秒ほど眺めた私は、その魔力の塊が帝国に向かっている事を確信する。
「クローディア団長殿、お疲れ様です」
駆け寄って来たブレンダさんが近くで立ち止まった。
かなり急いでいるのかマントも被らず雨に打たれたブレンダさんの短い髪は頬や額に張り付き、全身に着こんだ鎧から水滴が滴り落ちている。
「ノエル殿下とアレクシス副団長が、向こうでお待ちしております」
「分かりました」
小走りで雨の中を進み、私は二つ隣にあった天幕に駆け込んだ。
中に入ると地図に視線をおろしていたノエルさんとアレクシスさんの二人が、私に気づき顔を上げる。
「早かったね」
「呼びに行った所、外に出て来られましたので、そのままお連れいたしました」
「それは良かった。ブレンダ、外に出て。全員に村を出る準備を急がせてくれ」
「はい」
またブレンダさんが、雨の中に向かって行く。
「クローディアも休んでいる所、ごめんね」
「気にせず。それよりも魔物、ですよね?」
出て行ったブレンダさんを見ていた私とノエルさんが目を合わせると、ノエルさんが小さく頷いた。
「元々、僕達が行こうとしていた辺りで、魔物が現れ始めてね。これから、その対処にあたる」
「知ってたんですか?」
「断言は出来なかった。それに限りなく低い可能性だったからね。だから君も含め、誰にも伝えてはなかった。それに、王国から魔物が流れて来るかもしれないなんて、誰が聞いても嬉しくはないし、結局戦う時は戦うだけだ。無駄に気を張って、いてもしょうがないからね」
「理由は分かりました。ノエルさん、それで王国は、どうなっているんですか?」
ノエルさんの部隊だった人達の事だ。
どうせ、こんな状況でも何でも対応するんだろう。
問題はそこじゃない。
国一つが、滅んだのかどうかだ。
「王国はまだ、完全に敗れた訳じゃない。ほんと、上手くやってくれたものだ……」
少し困った様にノエルさんが呟く。
それを様子だけで、良い報告ではないのは確かだ。
「何があったんですか」
「王国が、南、南東部の防衛を止め、自国の領土に魔物を引き入れたんだ。その結果、大陸中央の東側に魔物が入り込み、東にある共和国と北の帝国は、魔物が入った王国領土と隣接してしまった形になる」
「そんな事をしたら、王国だって、二方向から攻められたら守れないのに……どうして」
「君は南最前線だったから知らないのかもしれないけど、ここより少し南。王国側に行くと、南北に流れる巨大な川があってね。王国は、その川を隔てた東側の領土を全てを魔物に明け渡し、南に集中していた魔物を分散させ、僕ら帝国と共和国に魔物の対応を強要したんだ」
王国の東側には広大な森がある。
そこを捨てるなんて、自国の何割かを捨てる様なものだ。
「まさか、そんな選択を取るとはね。それ程追い詰められたのか、要らないと判断したのか。何にせよ、僕らは向かって来る魔物を、足止めするのが役目だ」
「ノエルさん、東側にも街があったと思うのですが……そちらは」
確か、壁に囲まれた要塞都市があった筈だ。
「全員かどうかは分からないが、大規模な人の移動があったのは確かだ。それ以上は、把握出来ていない」
「そうですか……」
流石に放置って事はないだろう。
きっと、王都や他の街に避難させたと信じたい。
「すみません、王国の事まで聞いてしまって」
「元は自国なんだ、心配して当然だよ。こちらこそ、申し訳ない」
ノエルさんが深く頭を下げたタイミングで、天幕にブレンダさんが入って来てしまい私とノエルさんを交互に見て唖然としていた。
「準備が……完了しました」
顔を上げたノエルさんが、ブレンダさんに返事をする。
「ありがとう。直ぐに向かう」
「ブレンダさん、大丈夫ですから、喧嘩なんかしてませんよ。ノエルさん行きましょうか、今は帝国を救うのが先です」
王国の心配はしても、目の前に迫った脅威が消える訳じゃない。
今は帝国に来た魔物を、どうするか考える時だ。
「それに王国から来た魔物なら、――私の敵です」




