第4話:ダンジョンへ
斜めに差し込む夕陽が、私の部屋を朱に染めていた。
帝国軍の施設とは思えないほど、静かで広々としている。
これも、ノエルさんが手配してくれたおかげだろう。
そっと紅茶を一口飲んでから、窓際に設けられた机にカップを置く。
「私一人に、ここまでしなくても良いのに」
部屋には本棚や衣類用の収納棚もあるけど、勿論今の私にそんな荷物はない。
元から荷物も少なければ、まだ街も散策するほど生活に馴染んでいないからだ。
そんな私の帝国に来てからの外出時間は、陽が沈んでからの方が多くなった。
王国でこれをやっていたら、最後にもっと酷い暴言を吐かれたのだろう。
そもそも、私が魔物と戦い始めるのは夜中の方が多い。
昼間に倒した魔物が、その時間になってようやく入口付近に上がって来るからだ。
王国での事を思い出していると、勢いよく扉がノックされた。
「クロ殿、いらっしゃいますか! 緊急です」
慌てた声が聞こえ、私は直ぐに答えた。
「開いてます。どうしましたか」
扉を開けた兵士は息を切らし、今にも倒れそうなほどだった。
「すみませんが、至急……ダンジョンにお願いします」
「まさか、魔物が!?」
魔物が大量発生する兆候はなかったのに、どうして。
「いえ、そうではありません。ただ、ノエル様からの緊急の指示です」
「分かりました。直ぐに、向かいます」
急いで立ち上がった私は、兵士を横目に一言告げた。
「先に、行きます。連絡、ありがとうございます」
現れた魔術書が光り、私はダンジョンに移動した。
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景色が切り替わり、目の前にダンジョンを捉える。
けれど、明らかにおかしい。
いつもは警備の二人だけで、居てもノエルさんぐらいなのに、今は十人以上は集まっている。
やっぱり、魔物かな……緊急って何だろう。
嫌な予感を胸に、私は声をかけた。
「すみません、遅れました」
全員の視線が私に集まり、静まり返った。
その人だかりの中心からノエルさんが姿を見せる。
だけど、妙に雰囲気が重かった。
ダンジョンの魔物かな。
「何があったんですか?」
数人が顔を背ける中、ノエルさんだけが真っすぐ目を合わせて来る。
「昼に入った者が一人、戻らないんだ」
その言葉を聞いて、私自身も口を閉ざしそうになってしまう。
けれど、そんな暇はない。
「私が、助けに行きます」
迷いはなかった。
人数を集めるのにも時間はかかるし、捜索者から被害が出ては意味がない。
だったら、私一人で行くしか方法はない。
「いくら君でも、ダンジョンの中から人一人を見つけて、帰って来るなんて危険過ぎる」
「だからって、見捨てて良い理由にはなりません。ノエルさんが心配して言ってくれているのは、分かっています。だけど誰かが行かないと、その人は今も、一人で置き去りにされたままなんです」
結局私は、人を見捨てられないのだろう。
見ず知らずの、顔も名前も知らない人を助けに行こうとする。
我ながらなんて無謀なんだと、言いたくなった。
「大丈夫ですよ、私だって死ぬつもりはありませんから」
「……分かった。君に任せる。勝手ですまないが、どうか仲間を助けてほしい」
「任せて下さい。私、こう見えても、強いんですから」
私の発言にノエルさんの横に居たいつも見る警備の二人が、僅かに頬を緩め口を開いた。
「知ってますよ、クロ殿が強い事なんて」
「あぁ、俺達なんて、いつも此処に立ってるだけだからな」
茶化した二人が緩めた表情を真剣なものに戻し、姿勢を正した。
「我々は、此処でお待ちしております。どうかご無事で」
「仲間をお願いします」
他の人はともかく、この二人とノエルさんとは随分と話をした。
正直、集まってる他の人達は知らない人が多かったけど、それでもダンジョンに入ろうとした私に、次々と頭を下げ始める。
「任せて下さい、きっと助け出しますから」
「頼んだよ。必ず連れ帰って来てくれ」
「はい。お菓子でも用意して、待ってて下さい」
そう言って歩き出した私に、後ろからノエルさんが声をかけた。
「そうだね。今度は街で、好きな物を食べると良い。案内するよ」
「戻って来たら、お願いしますね」
振り向くことなく返事をした私は、そのままダンジョンへと入って行った。