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第31話:二人の王子


「おいおい、そんなに怒る事か?」


 第一王子が私から離れ、へらへらとした態度でノエルさんを茶化し始める。


「兄さんの事だ、強引に引き抜こうと、していたのではないですか?」


「その通りです、ノエルさん」


「おい、お前っ――」


 私の方を見た第一王子から、私は素早く視線をそらす。


「兄さん? どういうつもりなんだ」


 問いただす様にノエルさんが第一王子に詰めよる。


「分かったから、そんな怒るなよ」


 悪態をついた第一王子が私から離れ、ノエルさんが間に入って私の前に立つ。


「これ以上、彼女には近づかないでくれ」


「それは、どういう意味だ?」


「彼女はもう第三騎士団の団長だ。兄さんやその周りの貴族にも、彼女を厄介ごとに巻き込むのは止めてもらう。というか止めさせる」


「それが本当の理由なのか? わざわざ隠居させれば良いものを」


「ただ隠居させても、彼女の事を知っている貴族は、彼女を手元に置こうとするじゃないか。それと違うと言い切れるのか?」


 第一王子が頭をかいて困った様な顔を見せた。

 何だかんだ言っても、この人は弟には優しい気がする。


 どっちも大変だな。

 王位継承とかがなければ、仲の良い兄弟だっただろうに。


「それは無理だな、誰がダンジョン踏破を一人で行える魔術師を管理せず、放置できるんだ。それ程この国は安定してなければ、貴族どもは成り上がろうと必死だからな」


「だからこそ、彼女には、そんな面倒ごとはさせない」


「分かった、お前が見つけて来た奴だからな、これ以上は手を出さないでおく。でもお前の事だ、他にも考えがあるんだろ?」


「兄さんには関係ない事だ」


「そうかよ。それじゃ、仲良く出来る内に仲良くしとくんだな」


 ノエルさんの返事を待たずに振り返った第一王子が、セドリックを連れて離れて行く。

 そして視界から見えなくなり、私がノエルさんの方を見ると凄い汗を流していた。


「ノエルさん、大丈夫ですか? 凄い汗ですよ」


 柱の直ぐ下に設けられている低い欄干に、ゆっくりと座らせる。


「すまない……少しだけ、休ませてくれ」


「何も気にしてませんよ、人はいつかは倒れます。――それがいつなのか、誰かの為なのか、自分の為に行動したのかは様々です。ですけど大抵の場合は、きっと良い事だと思いますよ」


「良い事なのかい?」


 辛そうに息を切らし、座ったままノエルさんが呼吸を整えていた。


「無理している人程、倒れますからね」


 私がそう言うと、ノエルさんが小さく笑う。


「私は、誰かの幸せを願っています。ですけどそれは私が願っているだけで、確実に叶えられるという問題でもありません。だったらどうするのか言うと、誰かと頑張るんです。そしたら自分ではない、誰かが出来ます。それが友人でも兄弟でも、意見がぶつかる事が殆どでしょうけど、それで良いんですよ。人は誰かと感情をぶつけ合い、少しずつ受け入れ合っていくから成長できるんです」


 気づいたら私は、ノエルさんに向かって長々と話をしていた。


 私はただの団長なのに。

 私の言葉にどれほどの意味があるかは分からない。

 けれど、ノエルさんはただ静かに聞いてくれていた。


「だからノエルさん、私達ならきっと大丈夫ですよ。誰かの上に立つ貴方は、今まで通り、信念を貫き通して下さい。そしたら私も、可能な限り頑張りますから」


 この人がもっている信念が周りに影響する。

 それが一人また一人と広がれば、この人の影響力は街で無視出来ないものになっていく。やがてそれが宮廷にも広がれば、第一王子達がその頃に何かを言っても手遅れだろう。


「ノエルさん」


「はい。――痛っ」


 顔を上げた、ノエルさんに一発デコピンをお見舞いした。


「これは、庭付き屋敷を断った分です」


 そう言って、私はもう一発素早く打ち込んだ。


「それについて……すまないと思っている」


 魔力を込めた私のデコピンは、普通よりは痛い。

 そこは頑張ってほしい。


「進めると決めたのなら、進んで下さい。そして私が困った時は、ノエルさんが助けて下さいね」


 魔力も多く戦闘で助けられる姿を想像出来ないノエルさんが苦笑いを浮かべ、静かに息を整えてから笑みを浮かべ姿勢を正した。もうさっきよりも迷いもなさそうだ。


「あぁ、その時は任せてほしい。僕が必ず、君を助ける。だから今は、僕を助けてくれないだろうか、君の力が必要だ」


「分かりました。でも、言うだけ言って良いですか?」


「……何かな」


 どうしても言わないと気が済まない。


「団長になったのが、嫌って訳じゃないですけど。やっぱり、庭付きの屋敷も欲しかったです! それも含めて、忘れないでくださいね?」


「分かってるよ。それと、僕にハッキリと言ってくれて、ありがとう」


 きっとノエルさんに対して強く言う人は居ないのだろう。

 それも、政治的な思想を絡めずにだ。

 それを思えば、ノエルさんが育って来た環境が少し分かった気がする。


「礼には及びませんよ、私は団長ですから」


 少し嬉しそうな声で、私は答えていた。

 それを聞いたノエルさんが、頬を緩める。


「でも寝る場所はどうにかして下さい。今の場所も寝心地が悪い訳じゃないですけど、魔術を気軽に試せない場所は、どう考えても使い勝手が悪いですから」


「それについてはもう、手配したよ」


「おぉ流石ノエルさん、それで次はどんな場所で?」


「王都で一番大きな屋敷を一つ買ったから、そこを使うと良い。ちゃんと広い庭付きだよ」


「あの……その費用はいったいどこから……」


「第三騎士団の資金から少しね。団長が住んでいる場所が、余り酷いと部下に示しがつかないからね。実は、この後、その皆との顔合わせも頼んで良いかな?」


「ノエルさん、いくら何でも急過ぎませんか?」


「無理そうなら、違う日に」


「いえ、大丈夫です。本日お会いします。晩餐会も、今日ではありませんから」


「晩餐会の方も出てくれるんだ。てっきり、断られるかもって、思ってたよ」


「勿論ですよ。美味しいご飯がありそうなら、出ます。議会には何もありませんでしたから、正直そっちの方が出たくなかったですよ?」


「君は、正直だな……」


「さて、行く所も決まりましたし、行きますか、まずは第三騎士団の皆さんに」


「案内するよ、ついてきて」


 そう言って歩き出したノエルさんの後を、私は静かに追った。



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