第3話:たった一人
帝国に来てから一週間が過ぎた。
そして今日も、目の前にはノエルが居る。
けれど、いつもより表情が硬い感じがした。
「今日は、君に伝えたい事があるんだ」
「ん?」
お菓子を食べていた私は、静かに首を傾けた。
「良い話ではないと思う。実は、王国の防衛線が後退しているらしんだ。何でも、魔術師団だけで魔物を抑えられなくなっているみたいだ」
「ふ~ん、そうなんだ」
多分、私が居た所だろう。
けどその原因を作ったのは、私ではない。
副団長から団長になったであろうオリヴァーだ。
「街や市民に、被害が出てる訳じゃないんだよね?」
「今の所、そう言った報告は聞いていない」
師団が勝手に困ってるだけなら、彼らの問題だ。
私がどうこう言う話じゃない。
「それで、帝国としてはどうするの。王国に攻め込むとか?」
「まさか、南にある王国が滅びたら、次は帝国がその脅威にさらされてしまうからね」
此処、ノーランス帝国はアレディア王国の北側に位置し、魔物は南から北上する形で侵略して来る。
そんな王国は東にトリアン共和国、西はグランディア神聖国と隣接している。
どちらの国も、魔物に討伐に関しては友好的な面を見せているが、全てにおいて一心同体かと言われるとそこまで国同士の仲が良い訳ではなかった。表面上仲が良いのは、王国が滅びると自国が表立って魔物と戦わないといけなくなるからそれを避けているに過ぎない。
「帝国は、大陸で一番の軍事力を持つ国なのに、怖いの?」
私は、ノエルの目を見て問う。
別に戦争をしてほしくはないけど、この人が何を考えているかは知りたい。
少し黙ってから、ノエルは口を開いた。
「……正直、怖いよ。君の様な人を追い出す王国が、崩れていくのを見るのはね」
「皮肉?」
「皮肉じゃないよ、本気で思ってる。何故、彼らは選択を誤ったのか……不思議でならない」
私を追い出したのはオリヴァー達、師団の皆だ。
副団長であるオリヴァーの言葉に逆らわず同調した者は、自分の保身しか考えていなかったオリヴァーと同じだ。そんな彼らが、築き上げた足場が崩れ、国と共に落ちていこうと自業自得としか思わない。
ねぇオリヴァー。
今、どんな顔をしているの?
私に魔術師団は『ふさわしくない!』と言った貴方は、前線が下がった責任をどう抱えるのか。
今頃、他の師団にも頭を下げていると思うと、何だか胸の奥がすっとした。
寝る間も惜しんで戦っても、仲間からは責任を押し付けられているのだろう。
――でも。
胸が痛くなるのは、どうしてなんだろう。
私はまだ、王国に未練があるの?
それとも、何かを置いて来てしまったのか。
「私は、正しかったのかな……」
そう呟いた私に、ノエルが目を細めた。
「君を追い出した人の考えは僕には分からない。でも、君がそれで、此処を前よりも居心地の良い場所だと思ってくれているなら、君にとっては良かった事で、正しかったんじゃないかな」
――正しい。
ただその一言は、誰にも言ってもらえなかった。
どれだけ戦って魔物を倒し仲間を守ろうとも皆からしたら私は、ただ楽をしてただけの存在だった。だから、あんな簡単に切り捨てられたんだ。
でも今は違う。
帝国の皆は、私を必要としてくれる。
それに、今はこの人が近くに居る。
「……ありがとう。ノエル」
私はそう言って、ノエルが持って来たクッキーを口に含んだ。
「僕も、君が来てくれて本当に助かったよ」
面と向かって言って来るノエルに、私は少々困ってしまう。
そんなハッキリ言わなくても。
「お菓子なら、沢山あるからね。何なら、食べさせてあげよっか?」
「自分で食べれますから――」
あれ……。
私って、お菓子で丸め込められる人だと思われてない?
いやお菓子は好きだけどさ。
「君にはいずれ、然るべき地位を用意する事を約束するよ」
「へぇ?」
地位? 何の話……。
要らないよ、要らないからね。
「ノエルさん?」
「何かな」
「その、今のままで十分です……よ?」
「そういう訳にはいかないよ。君一人で、どれだけ働いてもらっているか。帝国の第二王子として、それ相応の見返りを渡さないと、周囲に示しがつかないからね」
権力争いとか、色々大変なのだろう。
仕方ないか。
私みたいに、お菓子を食べて魔物を倒すだけの魔術師とは違う。
「程ほどに、お願いしますね」
ノエルからの返事はなかった。
何だろう、嫌な予感がする。
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――海月花夜より――