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第23話:無謀


 剣が両サイドから迫る最中、私は魔術書に流していた魔力を意図的に乱した。


「ディスペル!」


 刃が首に到達するよりも先に魔術書が小さな光に包み込まれ、引き起こされた衝撃によって私の身体が後方に吹き飛ばされる。


「っ――!」


 吹き飛ばされた先でノエルさんを巻き込みながら、勢いよく後ろに転がる。

 二人して転がった先で、他の人達にぶつかりようやく身体の回転が止まった。


「うぅ……腕が」


 衝撃に巻き込まれた腕が、垂れ下がり力が入らなくなる。

 折れてる。


「立てるか?」


「はい。大丈夫です」


 ノエルさんに起き上がらせてもらった私は、剣を振り終えた二体の魔物と、その足元に落ちている魔導書を目にする。そして近くに居た人達が、魔物に近づくどころか自然と足が後ろに下がっていた。


「何だよ、こいつら……」

「いつの間に移動しやがった」


 目の前に立ちはだかる未知という恐怖が、彼らを下がらせていた。


「どうしてだ。どうして襲って来ない……」


 私と同じように後方で見ていたノエルさんが、二体の魔物が動かない事に違和感を覚える。

 確かに、私を攻撃してからと言うものの、一向に動こうとしない。

 追撃すらも行う素振りを見せなかった。


「もしかして、攻撃して来る人にだけ、反応するんじゃ、ないですか」


「だとすると、他の者は下げた方が良いか」


「その方が良いかと」


 ノエルさんから一歩離れた位置で、肩に手を当てながら微かに魔力を流した。

 内側で流す分には大丈夫なのか、魔物が攻撃して来る気配はない。


「ちょっと、魔術書を取って来ます」


「クロ!? 流石にそれは――」


 止めようとするノエルさんを横目に、私は魔物に向かって歩き始める。

 一歩、また一歩と自ら近づく。


 ――どうだ、反応するか。

 

 慎重に、こいつらが何に反応して、何に反応しないのか探っていく。

 まともに戦った所で、勝てる気がしない。

 この前の戦闘といい、この魔物は私と同じように距離を縮めているのではなく、ある地点から目的の地点へと、点と点を移動する様に居場所を変えている。


 ――速いとかじゃない、一コマ進んだら瞬間移動している様なものだ。


 それも攻撃モーションで移動して来るのだから、ズルい事この上ない。


「私だってしないんだからね。移動した後に、攻撃でしょ普通は」


 聞こえているのか知らない魔物に悪態をつきながら、私は魔術書の目の前に立ち止まった。

 ゆっくりと屈み始め、地面に落ちている魔術書に手を伸ばす。

 手が触れる瞬間、最大限警戒したものの、魔物が動く事はなく、至近距離で仁王立ちしている。


 本当に手を伸ばせば届きそうだ。

 というか、私は手を伸ばし始めていた。


「触ったら、どうなるの?」


 ゆっくり、ゆっくりと手を前に伸ばす。

 私だけでなく、見ている者全員が固唾を飲んでいたと思う。

 

 ――凄く怖い。

 触れた瞬間に、手首が斬り落とされないか不安だ。

 それでも――。


「鬼さん、触ーれた」


 ピタリと鎧に張り付いた手から、ひんやりと冷たい金属の感触が返って来る。

 激痛が走るでも、剣を振るわれるでもない。


「……ノエルさん、触れちゃいました」


「はぁぁ、君って……見てるこっちがひやひやしたよ」


 盛大に息を吐き出し、安堵するノエルさん。

 そして私は、目の前に立つ仮面を被った騎士を見上げていた。


 仮面越しの相手が、私を見ているのかは分からない。

 けれど、確実にこの存在が放つ魔力が私の周囲を漂い、一挙手一投足を捉えている事が分かる。

 言葉で会話できなくても、魔力でなら、会話が出来そうな程に纏わりついていた。


「ねぇ、貴方達は本当に魔物なの?」


 言葉に感情と魔力を込める。

 この魔物が、何かに反応してくれる事を願って――。


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