第2話:王国よりも帝国です
宿舎で過ごしていた私の持ち物は極端に少なかった。だからか、旅立つというのに荷物だけで考えれば全然そんな気にならない。だからと言って遠くに見える王城を目にしても、既に何も思わなかった。
――何のために、頑張って来たんだろう。
私は誰に挨拶するでもなく王都を出て、宛もなく街道を歩き出した。
野営と戦闘なれしたからか、ゆっくりと歩くだけなら問題ない。歩き続けていたら王都からもかなり離れ、周りに見えるのは木や草などの緑と、土の街道だけが視界に映る場所に居た。
「今って、どの辺りだろう」
目的地も無ければ急いでる訳でもない私は、比較的というか、かなりのんびりとしている。そんな私に、森のざわめきと共に風が当たった。
「血の匂い……」
慣れた匂いが鼻を突き刺す。
私はペンダントに魔力を込め、瞬時に赤本よりも分厚い魔術書を出現させた。
「スペル。ライン・テレポーテーション」
パっとページが開かれ、書き込まれた文字か光り輝くと同時に、目視で見えていた一番遠い街道に身体が移動する。
再び街道の先に視線を向けると魔物に囲まれた馬車を捉え、直ぐに魔術を繰り返し行った。
目で見ていた景色がガラリと変わり、馬車の上から見下ろす形で、怪我を負った数名の騎士と周囲を囲む獣型の魔物を目にする。
魔術書のページが捲れた。
「お座り――」
そのページが光ったと同時に馬車を除いた円状に魔法陣が現れ、獣型の魔物が体を地面吸い込まれる様に苦しそうに伏せた。
「これは一体……何が起こっているんだ……」
突然現れた私を騎士が見上げる。
「今終わらせるから、待っていて下さい。それじゃ君たちには悪いけど、消えて――」
たったそれだけだった。
私が呟いた言葉に合わせ魔術が起動し、魔物の体が塵の様に消えていく。
「これで、一息つけるかな」
魔物が一斉に消え去り、残された騎士達は起こった出来事を理解できず、固まっていた。
「貴方たちは、何処に向かってるの?」
「我々は、ノーランス帝国に——」
「帝国!? これから帝国に向かうって事ですか!?」
帝国という言葉を聞いた途端に、私は馬車から飛び降りる。
「あぁ、そういう事になる」
食い気味に一歩前に出て、騎士に近づいていた。
「でしたら——」
私が言おうとした所で馬車の扉が開き、中から男性が降りて来る。
降りて同じ高さの地面に立ったこの男性は私よりも背が高く、とてもスラッとしていた。整った顔立ちに、明るい茶髪の髪を清潔感のある長さで切り揃え、くっきりとした首筋が横からでも確認できる。
綺麗な人。
羨ましいな。
「君が命の恩人で、間違いないかな」
「そんな大げさな事はしていません。お気になさらずに」
「そういう訳にはいかないよ。助けてくれた事、感謝する」
男性が頭を下げて、礼を言う。
こんな礼儀正しい人がまだいたんだ。
「私の名前は、ノエル・ノーランス。良ければ、君の名前を教えてもらって良いかな」
あれ、どこかで聞いた事あるような……。
「クロー」
自分の名前を言いかけて、黙ってしまう。
これでも私は、名前だけなら広く知れ渡っていると思っている。
だから、これからのんびり生きたいと思うなら、名乗ってはいけない。
「クロです」
だから私は、名前を略した。
「クロさんだね」
クロって、猫っぽいけどまぁいっか。
「はい、よろしくお願いします」
「所でクロさんは、人間だよね?」
「ん?」
私は転生者ではあるけど、ずっと人間だ。
それ以外になった覚えはない。
「そうですけど、どうかしましたか?」
「僕は、人の魔力を目で視覚的に見る事ができるんだけど、明らかに多いね。多いって言葉で片付けて良いのか、悩むほどに」
「……そうですねぇ〜人より、ちょっとだけ、多いかもしれません。でもでも、人間ですよ! 無害です!」
「さっきの実力といい、君……」
え。もうバレるの……だったら、ちゃんと名乗れば良かったかも。
「もしかして、戦闘魔術師としての経験とかあるかな? だったら、ちょうどお願いしたい事があるんだけど、少し話せないかな。場所は帝国になってしまうから、王国からは離れ――」
「詳しく聞かせて下さい!」
それが、私とノエルさんの最初の出会いだった。
**
帝国の街並みは、王国よりも建物がビッシリと並んでいて、行き交う人々は活気に満ちている。
そんな場所で働くのでもなく私は、陽が沈む頃にダンジョンに向かっていた。
「クロ殿、今日も来ていただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
ダンジョンの入口に立つ騎士が、二人揃って頭を下げる。
私が帝国に来てからというもの、私の仕事はダンジョンから溢れ出す魔物の始末だった。昼間は冒険者と騎士団がダンジョンに入り、魔物を狩っている事で魔物が外に溢れて来る事はない。しかし、夜になってダンジョン内から人が居なくなれば、すぐに取り返しのつかない事態に陥ってしまうみたいだ。
そこで、私の出番だ。
なんという事でしょう、私一人で夜に見張り番と魔物狩りをしていた者の人数を、見張りと伝令のたった二人程に抑えられてしまったのです。
正直、やってる事は一緒だった。
けれど、ここの皆は、一度苦労しているから、私に礼を言ってくれる。
それだけで凄く嬉しかったし、悪気が感じられない。
それに勤めた初日から、数日経った今でも――。
「お疲れ様」
わざわざ、来てくれる変わり者も居る。
ノエルさんはこうして、毎日私の所に来ては美味しい紅茶と菓子を土産に話をする。
それと、何処かで聞いた事ある名前だと思っていたら。
ノエルさんは帝国の第二王子でした。
私としてはありがたいけど、王子がそれで良いの?
っと何度も思ったことは、内緒である。
「お疲れ様です。今日は、何を持って来てくれたんですか?」
けど何でも良いや。
今は、甘いもので釣られておこう。
こうして前よりも楽しい、私の夜勤は始まった。