第11話:教会
少女の後について辿り着いた教会は、少し古びた教会だった。
外壁は一部剥がれ落ち、手入れされているものの、長年立て替えや補修がされていない感じがする。
「ボロボロでしょ」
目の前を歩く少女がボソッと呟き、ごまかすように小さく笑った。
帝国も、全てがしっかりしている訳じゃない。
そんな事は分かっていた。
考えながら歩いていると、直ぐに教会の扉に少女の手が触れた。
木の扉が音を立てながらゆっくりと開き、静かな光が中に見える。ステンドグラス越しに映る光りは、天井近くの柱に淡く反射していた。
床には手織りの古い絨毯が敷かれ、所々に横に長い椅子がいくつも置かれている。そして一番目につく壁には、子供たちが描いたであろう絵が飾られていた。
外側の印象と違い、しっかりと雨風がしのげる程に室内はしっかりとしている。
どこか懐かしく、優しい空気を私は感じていた。
「やっぱり、良い場所じゃん」
「え?」
少女が驚き振り返っていると、奥から一人のシスターが歩いて来る。
「あらミーナ、おかりなさい。その人は、お客さんですか?」
物腰柔らかそうな声で話しかけてくるシスターに、私は警戒心が抱けなかった。
ハッキリと綺麗な瞳に、薄い金髪の髪をゆったりとおろしている。
てかこの子、ミーナって言うんだ。
名乗ってなかった。
「うん。街で、ちょっと……」
言い淀む少女を見て、私は後ろからシスターに話しかける。
「初めまして、クロ。って言います。案内してくれて、ありがとうねミーナちゃん」
この子の名前を知れてよかった。
ミーナが小さく頷いた事で、シスター微笑みを見せる。
「そうですか、事情は分かりました。初めましてクロさん。私は、この教会に努めています、良ければ、食堂にどうぞ。大したもてなしは出来ませんが」
「いえ、お構いなく」
「いえいえ、遠慮なさらずに。どうぞ、こちらへ」
私はそのシスターの言葉を断れなかった。
ミーナと一緒に後に続き、途中ミーナと目が合うと、二人してくすっと笑ってしまう。
通された食堂は、清潔で大きすぎず広い空間だった。
木の机が並び、三十から四十人程であればまとまって食事が出来そうだ。
隅で本を読んでいた数人の子供たちが、私を誰かと見て来る。
「クロさんは、ずっと帝国に来られる前は、どちらに?」
突然の不意打ちにびっくりした私は、ミーナと二人して瞬きさせながら見つめあっていた。
「私、帝国育ちじゃないって、言いましたっけ……」
私じゃないと首を振るミーナが、何だか可愛く見えてしまう。
さっきが会ったし、名前だってさっきが知った子が知ってる方が驚きだ。
違うのは分かっている。
「いえ、お聞きしていませんよ。ただ、帝国に来たのは、最近ですよね」
「はい……その通りです」
隠してもいない事は、素直に答えた。
何でだろう、外見もそこまで変わらないのに。
「どうして、分かったんですか?」
「帝国では最近、孤児院などや教会から、子供が失踪する事が相次いで、むやみに近づく人が極端に減ったんです。だから、何の警戒心もなく来る人は、そうそう居ませんよ」
「……対応は、してもらってるんですか?」
「いえ、周囲の大人の方々に、周知して、一緒に気を付けているだけです」
「そんな……」
「此処だけでなく、他の孤児院も似たような状況です。どこも、子供たちと細々と暮らすので、限界なんですよ。それでも、ノエル様が子供たちの為にと、支援をしてくださっているおかげで、どうにかなっている状態です」
ノエルさん、そんな事もしてるんだ。
全然知らなかったな……。
「そうだったんですね」
「では、席に座ってお待ちください。今、用意しますね」
マリシアさんが、私とミーナを置いて別の部屋に向かって歩いて行く。
きっと、何か取りに行ったのだろう。
あんな話を聞いた後で、尚更もてなしを受けづらくなってしまったのだが、マリシアさんは私が食べるまでは帰してくれなさそうだ。
そんな事を思っていると、ミーナが横から話しかけて来る。
「あの、クロさん。お願いしたい事が……」
「何かな」
「冷たい水が飲みたい!」
私は首を傾げるも、直ぐに了承した。
「分かった。井戸とか、水を溜めてる場所って、どこかな?」
ミーナの案内で教会の裏手にある井戸に、案内される。
思っていた以上に大きく、深かった。
「凄い大きさだね」
「うん。枯れない様にって」
いや、それは何かが違う気がするけど、まぁ良いっか。
「分かった、ここの水を冷たくしてあげる」
貯水量はどれぐらいだろう。
魔力を流して井戸の深さを捉える。
「ほんと!?」
「お姉ちゃんに、任せなさい。しっかり冷たい水に、してあげる。でも、この水、そのまま飲んで平気なんだよね?」
「うん。マリシアさんが、いつも浄化してくれるから。飲んで大丈夫だって、しなくても平気って言ってたけど、念には念? でしてるって」
「なるほど」
良いな、聖属性。
スケルトンとかに強いから羨ましい。
「そういう事なら、多少水位が上がっても、問題ないか」
手を井戸にかざし、そっと魔力を込める。
「氷よ、出でよ」
井戸の中にある水面ギリギリで氷が作り出され、次第に大きく細長くなりながら沈んでいく。それに合わせて、氷が入った分だけ水位が上がるも、大きな音を立てる事もなかった。
「良し、こんなもんかな」
私が井戸の中をゆっくり覗き込むと、ミーナが勢いよく覗き込む。
「うわぁ――凄い。ひぁあって、冷たい風が来た!」
楽しそうにするミーナを見て、私も気づけば喜んでいた。
「凄いでしょ、これで暫くは冷たい水が飲めるよ」
「ありがとう、クロさん。それと……」
礼を言ったミーナが何故か俯き、何かを言いたそうにする。
何だろう。
「街で、助けてくれて。……ありがとう」
恥ずかしそうに言ったその言葉は、先ほどと同じありがとうの筈なのに、明らかに込められている感情が違った。
何この子、可愛いんだけど。
「クロ、さん?」
「ううん。大丈夫。これからも、お姉ちゃんが助けられる事なら、協力するよ」
「だったら、私も氷出したい! 教えて!」
「それはちょっと……」
何でもしてあげるつもりだったが、流石に困ってしまう。
昨夜の事を思い出し、私は人に魔術を教える事を躊躇うのだった。




