第八羽 伝説の男性シンガーソングライター
水曜日の小学校の下校時間、一誓は田川三丁目のセブイレの近くにある一軒家前の赤信号に止まった。
〈はぁ、今日は塾か。〉
一誓が心の独り言を言っていると、黒い服を着て黒いサングラスを掛けた二十代ぐらいの男が一誓を急に見つめた。
〈誰だ?あのお兄さん。僕のことめっちゃ見つめておるし、なんでこんな目に合わなあかんねん。今日塾あんのに。〉
一誓は男に日和っている。男は一誓に真剣だ。
信号機の音が鳴った。
一誓は男に気を付けながら自宅へ向かった。
「そこにいる君。」
「ん?」
一誓は振り向いた。
「君は、今からどこへ行くんだ?」
「塾です。」
「塾か。で、塾の名前は。」
「つかもと研究所です。」
「つかもと研究所か。なるほど。今日の六時にそちらに伺う。」と言って男は三津屋へ向かった。
午後六時、塾で勉強を終えた一誓は家に向かおうとした。
「待て。貴様、僕の話を聞いていなかったのか。」
下校中にいた男の声が背後から聞こえた。
「あっはい。」
一誓は振り向いた。
「貴様、金曜日は空いていないのか。」
「空いていないよ。」と答えた。
「明後日、学校が終わったら、JR塚本駅に来るように。」
男は明後日の集合場所を言って一誓の前から去って行った。
金曜日の夕方、一誓は一昨日の夜に言われた場所に行った。
塚本駅に着くと、あの男が目の前に立っていた。
「ようやく来たか。さあ、奈良へ行くぞ。」
一誓は何も分からないまま電車に乗った。
JRで奈良に行くには、大阪駅に降りて大和路線に乗り換える。
大和路線の電車に乗った一誓と男は奈良へ向かった。
「あの~すいません。お兄さん、お名前はなんですか。」
「僕の名前は藤井陰。シンガーソングライターだ。で、君の名前は。」
「僕?僕の名前は小笹一誓。小学四年生。JLの緑色。」
「JL。Japanize Lifeか。知っている。前田ウィングが中心のダンスユニット。」
「そう。で、奈良のどこへ行くのですか。」
「王寺ののぶはら健康センターだ。」
「王寺ののぶはら健康センター?法隆寺と東大寺、奈良公園なら分かるけど。王寺ののぶはら健康って、何?」
一誓は首を傾げて奈良に関することを言った。
陰は人の話を聞いていないかのように景色を眺めていた。
「次は王寺、王寺。」
車内アナウンスが聞こえた。
「さぁ行くぞ。」
陰は冷たそうに言って降車する準備をした。一誓は黙って降車する準備をした。
降車したふたりは『五位堂』と書かれている自動運転バスに乗った。バスの乗車時も一誓は会話をせずに黙っている。
「次は服部、服部。バスを降りる際は、ボタンを押して下さい。」
運転手の声を聞いた陰はボタンを押した。
「次、止まります。」
バスは少しスピードを上げて服部へ向かった。
バスは服部に着いた。バスを降りる時、ふたりはお金を払った。
バスを降りたふたりはボウリング場前の信号を渡ってのぶはら健康へ向かった。
のぶはら健康は住宅街の中にある。ヒントは隣にある公園と緑色の看板。
センターまでの道のりは険しい。迷路のような道路、向日葵の絵画、ボロボロの家、新しい家、急な坂を超え、ふたりはのぶはら健康センターに着いた。
「はぁ、あ。疲れたわ。」
一誓は少しはぁあはぁあしている。
「ふん。こんな道で疲れるなんてね。よくこんな体でダンサーになれたな。」
陰は一誓に冷たい言葉を言った。陰と一誓はセンターに入った。
センターに入ると、白いソファが目の前にある。
「さぁ、今から音楽制作をするぞ。」
陰はスリッパを履いて二階に上がった。
「お邪魔します。」と言って一誓はスリッパを借りて二階に上がった。
二階に上がったふたりは食事部屋に入った。
「あのう藤井さん。冷蔵庫にジュースとかないんですか。」
「ふん。勝手にしろ。」
陰は機嫌が悪そうに冷蔵庫の隣にある部屋に入った。
一誓は陰が入った部屋が気になり、入室した。すると、部屋はテレビやキーボード、パソコン、ダンボール箱、サウナボックス『さがの』が置いている。
入室した陰の姿が見えない。
〈どこにいるんだ。藤井さん。〉
一誓が部屋を見ながら陰を探していると、さがのの中に男がいた。
陰はさがのの中で腕を組んで寝ていた。
陰の頭の中、奈良県に住む男子中学生と東京に住む歌姫の禁断の恋に合わせた音楽。
「藤井さん、藤井さん、起きて下さい。」
一誓の声が聞こえた。
「なんだ、貴様か。今、作詞作曲中だ。」
陰はさがのから出て音楽制作をした。陰は一生懸命、キーボードを弾いている。
陰の一生懸命な姿に一誓は心を奪われた。
「あのう陰さん。どんな曲を作っているのですか。」
一誓は興奮して陰に質問をした。
「レ」
陰は一誓の顔を真剣に見た。
「何って、今JLの新曲を作っているとこだ。あと一分で完成する。」と返答した。
一分後、陰は新曲の入ったUSBメモリを一誓に渡した。
「家に帰って聞け。」と陰は冷たそうに言った。
〈午後六時か。〉
「一誓、もうすぐ、知り合いの息子が帰ってくる。今すぐ、夕食の準備をしろ。僕は今からイオンモール橿原に行って来る。僕が橿原に行っている間、カレーライスを作っておけ。もし、作らなかったら、殺す。」
陰は一誓をDVするかのように脅して家を出た。
陰が家を出た後、一誓は一階に降りてすぐに部屋に入った。
〈あぁ~もう、他人の家でカレーライスを作るとかマジでめんどくせぇし、寝よう。〉
一誓は心の中の独り言を言ってから寝た。
夢の世界
「YO!みんな!アゲアゲか?!」
「アゲアゲ!」
DJボーイと客の声が聞こえた。
〈なんだ?夢かここは。〉
寝ている一誓は目を開けた。目を開けると、そこは轟音と熱気に包まれた暗闇だった。巨大なクラブハウス。レーザー光線が煙を切り裂き、ステージ上のDJブースを照らす。彼の名はM。Mは無表情で、鋭いビートをフロアに叩きつけていた。その音は彼の鼓動を乗っ取り、一誓の意識を支配していく。体が勝手に動き出す。周りの群衆は歓喜の声を上げていた。一誓の隣には、見知らぬ少年が立っていた。少年はフードを深くかぶり、目を輝かせながらリズムに乗っている。
「最高だろ!」
少年は叫んだ。
「ああ、最高だ。」
一誓もまた、久しぶりに心から笑った。
「俺、エマ。君は?」
「小笹一誓。」
二人は肩を並べ、Mが作り出す音の波に身を任せた。エマは踊りながらも、時折一誓に笑顔を見せる。この非現実的な空間だけが、現実の苦しみを忘れさせてくれた。しかし、その瞬間は突然訪れた。Mが次のトラックへ移行する瞬間の静寂。
「あいつ、マジで調子乗ってるよな。」
「最近の態度、見てらんないわ。」
「Japanize Life?笑わせんなよ。」
どこからともなく、囁き声が聞こえた。それは会場全体を満たすエコーとなり、一誓の鼓膜を直接打ちつける。視界が歪む。
「何?」
その声は、現実で彼に向けられた、何千もの誹謗中傷の言葉と寸分違わず同じだった。彼の努力、彼の存在そのものを否定する声。一誓は激しい胃の痛みに襲われた。心臓が握りつぶされるように苦しい。彼は膝から崩れ落ち、熱狂していたフロアが自分だけを避けるように広がっていくのを感じた。エマが心配そうに彼の肩に手を伸ばすが、その手もまた遠く感じた。ステージ上のMが、突然マイクを口元に近づけた。ビートが止まり、会場は完全に沈黙する。Mの顔がスポットライトの下で冷たい笑みを浮かべたように見えた。
「俺の名前はM。だが、現実世界では十勝市に住む飯塚一家の一人だ。」
Mの声は低く、乾いていた。それはまるで、遠い北海道の凍てつく大地から届いた悪意の宣言のようだった。夢の心地よさが一瞬にして猛毒に変わる。
「全部、俺たちの演出だ。お前は、ただの舞台装置だよ、一誓。」
Mのブースが崩壊し、レーザー光線がただの熱い光線に変わる。人々は幻影のように消え去った。一誓は苦痛に耐えかねて、腰を下ろした。もう立てない。彼はただ、ライブ会場の冷たい床の上、そこに残された席に座って、ぐったりと目を閉じた。Mの残像もエマの面影も、誹謗中傷の残響も、彼の意識の中で渦巻いている。彼は健康センターのベッドに戻る力を失い、現実と夢の狭間で、深く、深く、眠り続けた。
現実世界
一誓は目を覚ました。
「あっもう起きたんか。」
見知らぬ男性がいた。
「あのう、誰ですか?」
「誰って、僕?僕は延原ヤスタカ。日本一の音楽プロデューサー。」
「延原ヤスタカって、あの延原ヤスタカ?!」
「そうだよ。って君は、どんな夢を見ていたの?」
「えっとね。僕、DJライブに行って、エマっていう少年に会ってね。で、楽しんでいる間に僕への誹謗中傷が聞こえたんだ。」
「なるほどね。」
「繰り返すアルゴリズム。」
アラームが鳴り、ヤスタカはすぐに止めた。
「あっもうこんな時間か。そろそろ夕食の準備をしないとな。」
ヤスタカは二階の台所に行って夕食の準備をした。
「はぁ。」
〈俺が見ていたのは、夢か?分かんねぇな。〉
「何をしているんだ。」
背後から見知らぬ男の声が聞こえた。一誓は振り向いた。彼の背後にいる男は陰だった。
「うわああ?!」
一誓は頭を打ちそうになった。
「何をやってんのかね君は。」
「君はっていうか。有名人にそんなこと言われるのは。」
一誓は陰キャのように言った。
「そんなこととはなんだ。有名人だって、この厳しい生活を毎日送っているんだぞ。」
陰は一誓に厳しい言葉を言った。
「陰さん。ちょっと質問よろしいですか。」
一誓はコイキングのような陰キャみたいに言った。
「ん?なんだ、言ってみろ。」
「あなたは伝説の男性シンガーソングライターの藤井陰さんですか?」
「そうだ。」
「なんで奈良県に住んでいるのですか?」
「まぁいろいろだ。もうすぐ、晩飯の時間だ。さっさと二階に上がれ。」
陰は一誓に冷たい言葉を言って台所に行った。
〈さあぁてと、俺も二階に上がらねぇとな。まだ聞きたいことがいっぱいあるし。〉
一誓はゆっくりベットに降りて台所へ向かった。
ガラガラ
一誓はわくわくした顔で台所に入った。
「あ、一誓くん。もう少しで夕食ができるから。今日の夕食はフランス産のベーコンを使ったカレーライスと三角シベリア。」
ヤスタカはカレーを作りながら今日の夕食のメニューを言った。
三分後、三人は夕食の準備を終えた。
「今日は、JLの小笹一誓が来てくれました。ふたりとも手を合わせていただきます。」
「いただきます。」
「いただきます・・・。」
三人は手を合わせて『いただきます。』と言ってスプーンを手に取った。
三人はカレーライスをひと口食べた。
「ん、フランス産のベーコンの旨味がスパイシーな日本のカレーライスに深みを与えている。」
ヤスタカは食レポをした。
「ふん。悪くない味だ。」
陰は冷気な態度で言った。
「ん!美味しいよ。このベーコンカレーライス。」
一誓は小一に戻ったかのように言った。
「君は小学一年生か。一旦、図書館に行って出直して来い。」
陰は一誓に冷酷な日本語を放ち、三角シベリアを持って自室に行った。
「陰さんはいつもこんな感じですか?」
「そうですよ。毎日です。」
「あの人は一体、何が目的でこの家に居候しているんですか。」
「それは禁則事項です。」
「え?禁則事項?」
一誓はイミフな顔をした。
「そうです。」
「え、なんでなん?」
「禁則事項です。あ、そうだ。一誓くん、これをあなたに。」
ヤスタカは左ポケットから茶色い巾着袋を出した。
「ヤスタカさん。その袋なんですか。」
「この袋に入っているのは、大阪・関西万博の大屋根リングです。」
ヤスタカは袋の説明をしながら木製の指輪を出した。
「このリングはドラえもんのどこでもドアと同じ能力を持っています。つまり、ワープです。ワープするには、自分が行きたい場所をイメージしてからリングを投げます。すると、イメージした場所がリングの内部に出てきます。つまり、ワープは成功です。だが、余計なことをイメージしてしまうと、ワープは失敗という形になりますので、注意してください。」
ヤスタカは一誓にリングの使い方を説明してから巾着袋を渡した。
「ありがとうございます。」
「一誓くん。今日は帰りが遅くなっているので、このリングを使ってお帰りください。」
「分かりました。今日はありがとうございました。」
一誓は巾着袋からリングを出した。
「僕の家。」
一誓はリングを投げた。大屋根リングは大きくなり、内部が一誓の部屋に変化した。
「ヤスタカさん。今日はありがとな。」
一誓はヤスタカに今日の感謝を言ってから部屋に行った。
翌日の朝、一誓は昨日もらったUSBメモリを兄のパソコンに差した。一誓はヘッドホンを装着し、音楽を聴き始めた。
音楽の内容は藤井陰の『死』と少し似ている。
死を聴いた一誓は何かを思い出した。
〈この曲どっかでか、聴いたことのあるようなないような。〉
ピンポーン。
誰か来た。
「はーい。」
「一誓くん。ドアを開けて。」
JLが来た。一誓は玄関に行ってドアを開けた。
「一誓くん。作詞作曲しよう。」
里沙が興奮しながら言った。
「里沙ちゃん。作詞作曲は終わったよ。今日はみんなで編曲しよ。」
一誓はそう言ってみんなを中に入れた。
「一誓くん。どんな曲を作ったの?原作小説は?」
香奈江が質問した。
「曲は滑らかで、原作小説は日野夢の『大晦日の夜』」と答えた。
みんなは滑らかな曲を聴いてからダンスの振り付けをした。
振り付けの内容はネットでバズりやすい手話。
JLは手話の練習をした。
一週間後、JLは暗い部屋でMVの撮影を始めた。JLはカメラに向かって手話をした。
撮影終了後、曲名は「なりたい」になり、一誓はYoutubeに投稿した。
三日後、「なりたい」のMVが一億回再生された。
あの人のおかげだ。
一週間後、家にダンボール箱が届いた。JLは箱を開けた。箱の中身は白色のバースエメラルドと手紙。
JLは手紙を読んだ。
「なりたいのMVの一億回再生おめでとう。次のMVを楽しみにしています。 ハチより」
あの二人のおかげで三個目のバースエメラルドをゲットすることができた。ありがとう、藤井陰さん、延原ヤスタカさん。
JLが喜んでいる間、香奈江はもう一枚の手紙を発見し、読んだ。
「JapanizeLifeのみなさんへあなたたちが日本武道館でライブをすることが決定しました。ライブの日程は、八月八日です。 松本武より」
なんと、JLが日本武道館でライブすることが決定したのだ。ライブの日程は、メンバー全員の誕生日だ。
みんなの夢が今日叶った。




