門番と男
大きな街の門の前に、槍を手に門を守る番人がいた。
その門の日陰に一人の男が座っている。男は門番に毎日よく話しかける。
まじまじと後ろから覗きこんで、
「ねえ、立派な鎧だねぇ。」
なけなしの金で買ったリンゴを頬張りながら、
「なぁ、給金はどのくらいなんだい?」
人が仕事をしている時に地面に寝ころび、
「そういうお固い仕事、よく続くねぇ。俺には無理だ。」
門番は口を利かない。
男はまったく構わず話しかける。
「俺は、仕事でやらかしちまってな。もうすっからかんさ。家族もいねえ。」
それでも門番は黙っている。
「力仕事しようにも、足の腱がきれちまっててなぁ。」
それでも門番は黙っている。
それでも、男はその門番が門に立つとそばにいた。
ある日、男はポツリと聞いた。
「旦那はその槍で、敵を殺したことはあるのかい?」
「ない。」 これだけは、即答だった。
それからしばらくした雨の日の夕方のことだった。
その日も男は門番にあれやこれと話しかけている。
門番は黙っている。
すると、男の子がひとり雨の中を駆けてきた。
そして、門番の手を引いてこう言った。
「お母さん、今夜が峠だって、お医者さんが伝えてくれって・・・お父さん。」
「・・・分かった。頼む。」
それだけが門番が漏らした言葉。
少年はうなづくとまた雨の中を引き返していく。
そして、門番はまたいつものように立っている。
「俺が代わりの門番を連れてきてやるよ。待ってな!」
いてもたってもいられなくなり、男は足を引きずり、立ち上がった。
「仕事が終わる時間までここに立つ。」
門番の答えに男は思わず語気を強めた。
「何言ってやがんだ!早く家に帰れ!」
男の胸の中で、ひっくり返るような何かが叫んだ。
「間に合わなくなったらどうするんだ!」
「いいんだ。」
男には理解ができなかった。これより大事なことが他にあるのだろうか?
門番はずっと、雨が降りしきる街道を静かに見つめていた。そして・・・ポツリと言った。
「ああ、やはり頼もうかな。それなら城の詰所まで行ってくれ。」
ようやくその気になったか。
「急いでくれ!」
男は急いだ。城までは大人の足でも時間がかかる。ケガした足ならなおさらだ。
雨の中を足を引きずって、引きずって急いだ。
男はようやくずぶ濡れで城に着いた。
そして近くの兵士を捕まえ詰所はどこかと尋ねる。
「城に詰所ははないだと?」
その時だった。戦を知らせる半鐘の音が鳴り響いた。
早馬が知らせる。盗賊が襲って来た。今、街の大門で備えていた衛兵たちと戦闘になっていると。
たちまち、城の跳ね橋がせり上がる。
「ちょっと待ってくれ!俺は詰所に行かなければならないんだよ。」
そう城の兵士に訴えるが、危ないから外には出るな、ここにいろと留め置かれた。
「俺は、門番の旦那と約束したんだよ。必ず代わりを連れてくるって!」
城の門は無情にもピクリとも動かなかった。
戦いは終わった。
街の兵士たちが盗賊どもを征伐した。戦闘は大門のあたりで行われ、街に被害は無かった。
男は城で兵士の話を漏れ聞いた。この襲撃は、かねてから分かっていたことだったのだ。
盗賊を誘き出し一網打尽とするため、大門を普通どおりに開けておき、兵を隠しておいたのだという。
作戦だったのだ。男は何も知らなかった。詰所の兵士も皆、戦闘に参加していたのだ。
そしてあの門番も。
男は急いだ。
勝ったと言っても、大門の外はひどいものだった。
門番はいた。
門の先の倒れている男達の一番先頭で、水たまりに体を横たえていた。かすかに息はある。
「旦那、あんた、俺に嘘をついたな!」
男は泣きながらは門番を抱き起し、助けを呼んだ。その手を門番が握る。
「もう・・いいんだ。」
「なんにも、良くねぇ!」
「国を守る兵は・・・ただ一時の大事のために・・飯を食わせてもらって・・るんだ。」
「残されたモンはどうするんだ!」
「すまない・・と思っている。ただ・・分かってほしい。愛しているからこそ・・だ。」
「ここまでしなきゃならんのか!?」
「俺には、これしかできない。これが・・兵として生きる・・ということだ。」
雨音が消えた。
男は門番に尋ねた。
「あんた、いつもなんで俺を追い払わずに話を聞いてくれてたんだ?」
門番は男に答えた。
「あんたも守るべき者だから・・・話・・楽しかったよ。知らないことばかり・・だった。」
門番は手に握った先の紅くなった槍をじっと見つめる。
「使ってしまった。使う事などなければ良かったのに・・・」
涙が一筋流れた。
雨の雫ではない。
その手から転げ落ちる槍の音は、門番の耳には聞こえたのだろうか?
十年後、この門に青年と男の影があった。
男が青年に話しかける。
「気をつけて行くんだぞ。まだ夜盗とかいるからな。」
「ああ、分かってるよ。おじさん。」
男は懐かしそうに青年の顔を見つめ目を細めた。
「どうしても行くのか?」
「うん。俺の夢はこの門などなくすことだよ。ひとりになってしまったあの雨の日から・・・おじさんがお父さんを抱いて泣いてくれていた、あの日から、ずっと・・・」
男には、何が正しいのか分からなかった。ただ、にっこりとほほ笑んで、青年の背中を押した。
「お前の気の済むようにしな・・・」
朝日が差す、大きな門に握手をする二つの影があった。