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苦手な方はご注意ください。

電脳機兵アストレイ・ギア ~バリニーズ・ビギニング~

作者: 桜椛 牡丹

 この短編はいつか長編として書こうかと思ってるネタの先出しというか前日譚みたいな物になります。

 設定だけある程度まとめたくて書いたものなので、そこの所をご了承ください。

 そこはデジタル(0と1の羅列)で作られた廃墟だった。


 視界の凡そを灰色と黒で埋め尽くされた、ヤケに()()()()としたビル群の中を、3つの人影が駆けていく。


 【こちらヴォルタ1。オペレーター、他に残っている部隊はあるか?】


 人影の内、先頭を走っていた影が通信を試みる。

 その影は道路を曲がり、赤を点灯した信号機を無視し、足元に転がる軽自動車を一足飛びで乗り越える。


 その人影は人の形をしていながら、人間ではない。

 全長7メートル程もあるソレは鋼鉄の鎧で全身を覆い、火器を装備し、時には背中のブースターで空をも駆ける。

 ソレをこの時代の人々はアストレイ・ギアと呼ぶ。


 【オペレーターよりヴォルタ1へ。()()()()の部隊は君達で最後よ】


 通信越しに女性の声が聞こえた。

 彼女は作戦前に全体のサポートをすると言っていた女性だ。企業お抱えのオペレーターなのだからさぞ優秀なのだろう、と今回組む傭兵達と笑っていたのだが……結果はご覧の通り、ほぼ全滅といった有様らしい。


 【ヴォルタ1、どうするの? このまま突っ込んで勝機があるとは思えないけど……】


 ヴォルタ3がヴォルタ1へと問い掛ける。

 残っている小隊はヴォルタ1が率いる一隊のみで、その小隊も半数以下の3機しか残っていない。

 ()()()()を届けるのが任務な以上、それさえ達成できれば逆転勝利もあるえるが……敵の戦力がこちらを上回っている現状では現実的ではない。

 正に万事休すと言ったところだが……。


 【よう、対人ランク20位さんよ。なんか打開策はないか?】


 ヴォルタ1の問い掛けた先、そこにはずっと黙っているヴォルタ4の姿があった。



 ◇



 【作戦前に自慢したのは謝るからいつまでも蒸し返さないで。私のコールサインはヴォルタ4よ】


 せっかくコールサインを受ける程の大規模な任務だというのに、ブリーフィングの時に横にいた人に雑談がてら自慢話をしたらコレだ。

 つい昨日、世界ランク17位の傭兵を倒して浮かれていたところにずっとこの様に冷や水を浴びせられ続けているので、頭が冷えるどころかいつ背中を撃ってやろうかという怨みにまで変わっている。


 ポイント制ですぐに変動してしまうとはいえ、世界ランク20位はなかなか凄い記録だと思うのだが、傭兵の中にはそういう格付けの嫌いな者がいるのは確かだ。

 『よく喋る傭兵ほどすぐに死ぬ』というジンクスをいつまでも信じているのだろう。


 ……まぁ、それはもういい。

 今はこの作戦をどう成功させるかだ。


 【一応、私に考えがあるわ。だけど大博打な上、私の技量頼りになるから不満に思うなら絶対やらないけど、それでもいい?】


 そんな前置きをした上で、私は3人に作戦を伝える。

 どう考えても無謀なものだが、今のままでは囲まれてどの道負けである。成功確率を言えば5%もあるかどうかといったところだろうが……。


 【よーし、ヴォルタ4。このまま全滅取られて負けるよりマシだ、喜んで採用してやる】


 【……オペレーターという立場から言わせてもらえば不安は残るけど、今のままでは手が無いのも事実ね】


 【異議なし。勝つにしろ負けるにしろ、どうせなら派手にやらかしてよ】


 意外とみんな乗り気だったので、私が無茶をする事が確定した。言い出したのは私だし、これしかないのも理解しているのだが、もう少し迷ってくれてもいい気がする。


 【……分かったわよ。負けても恨まないでよね】


 一発勝負でアホみたいな事をしでかすのだ。神にでも祈っておいて欲しい。

 もっとも、()()()()()に神様がいるのかは疑問だが。



 ◇



 私達は追手の攻撃をかいくぐりながら、納品ポイントの近くまでたどり着いた。

 後はここから5kmの距離を詰める事ができれば勝ちなのだが、相手もそれは理解しているので残った機兵達が既に私達を仕留めるべく陣を敷いているだろう。

 ビルの上にはスナイパーが複数いて、道路にも検問代わりの地雷原。隠れながら慎重に進もうにも、背後からはソナー搭載の駆逐艦が迫ってくるという状況だ。


 負けを認めて荷物を引き渡せば無事に帰してくれるだろうが、それでは今後の評価に影響が出る。

 だからもう、私達には勝つか全滅するかの二択しか残っていないのだ。


 【こちらヴォルタ1。各機、準備はいいな?】


 【ヴォルタ3、いつでもいける】


 【ヴォルタ4、胃薬欲しい】


 【終わってから飲め。どの道あと一分で決着が着くだろうが】


 【うぅ……】


 私が提案した作戦だが、無理無茶無謀の欲張りセットみたいなものだ。緊張くらいする。


 【オペレーターから各機へ。駆逐艦がアクティブソナーを打ちました。今、貴方達のいる場所に数機が向かっています。今すぐ作戦を開始してください】


 【だってさヴォルタ4、諦めなよ】


 【分かったわよ。ヴォルタ1、やっちゃって!】


 【おうさ!】


 私の言葉を聞いて、ヴォルタ1がずっとチャージしていたソレを解き放つ。

 肩武装:三連レーザーキャノン。

 普段なら三条の光線が相手の装甲を焼く武装だが、チャージする事で高威力の貫通レーザーと化す対アストレイ・ギア用の武装だ。

 重量は重くリチャージにも時間はかかるが、高火力で応用も効くという点で多くの傭兵に愛用されているロングセラー装備だ。


 勿論この武装は、この廃墟を構成するビル群に対しても抜群の効果を発揮する。

 ただでさえ脆いビルだ、一度の攻撃で三棟くらい余裕で貫通するし、今回はそれを両肩分、時間差で放っている。

 成果だけを言えば、その攻撃は直線5km圏内のビル全てに風穴を空け、ゴールまでの近道を開拓したのだ。

 だから、


 「次は私の番……!」


 私は自身のアストレイ・ギアの武装を全格納(パージ)し、両腕で荷物を抱えたまま変形コマンドを実行する。

 各種アストレイ・ギアに搭載されている変形機構、ビークルモード。

 その中でも軽量型のアストレイ・ギアにのみ許された高機動型飛行(戦闘機)形態へと姿を換えた私は、即座にアサルトブースターを起動しヴォルタ1の空けた穴へと飛び込んだ。


 敵も私達が何をしようとしているのか即座に勘づいて迎撃しようと動き出したが、


 【行くよノッポ達。余所見をしてると、僕が君達を全滅させるよ?】


 ヴォルタ1と私から残った武器弾薬を渡されたヴォルタ3がビルの屋上へと上がり、大立ち回りを開始する。

 ヴォルタ3は若い声をしていたがかなりのやり手らしく、次々とスナイパーを撃破しては地上に残っている敵にもちょっかいをかけていく。

 彼は今回でかなりのキルスコアを達成したらしく、最後は笑って駆逐艦に吶喊し焼き殺されたらしい。

 ……まぁそれは私が後から聞いた話なので、今の私はというと。


 「うおぉぉぉ右右上下旋回上下左左ミサイル上上上ェ!!」


 ひたすらにビルの穴から穴へ。時にはコースを変えて飛んできたレーザーやミサイルを避けたり、風穴が空いたくらいで倒れるビルを避けたり、真正面から近接武器を振ってきた相手にカウンターでミサイルを叩き込んだりと大忙しだ。

 荷物というデッドウェイトのせいで普段よりも機体が揺れるが、それがいい感じに回避に使えているので問題なし。

 後気を付けるべきなのはENの残量と……。


 「出てきたな“大食らい”!!」


 ゴール手前、もう後ちょっとという所で待ち構えるアストレイ・ギアが一機。

 ソイツは顔見知りというか、よく同じミッションを受注するヤツだ。傭兵らしく時には敵だったり味方だったりとコロコロ入れ替わるのだが、未だに異名と機体名くらいしか分からない変なヤツ。

 機体名:プレデター・マウス。異名は先程出した通り“大食らい”。

 ソイツはビークルモードに変形して巨大な頭部を形作り、こちらを呑み込まんと大口を開ける。


 「だけどそれは織り込み済みよ!」


 私はわざとその口へ目掛けて荷物を投げ入れる。

 あの大口は全てを噛み砕き飲み込む事しかできない必殺技みたいなものだ。

 大食らいは荷物を奪取しにきた側の傭兵なので、荷物を破壊するワケにはいかず、ビークルモードを解除するしかない。

 だから私はその瞬間を狙い、丁度荷物を手に取った大食らいの頭部を掴む。


 「お届け物でぇーす!!」


 私は大食らいの頭部を掴んだ状態のまま機兵モードへと変形。空中で一回転するような形で勢いを付けた私は、大食らいの機体ごと荷物を納品ポイントへとダンクシュートした。



 <WINNER:樱花娘娘>



 私達を雇った企業の名前がウィンドウに表示され、同時に生き残った傭兵達の足元にリンクポータルが出現する。

 それぞれ雇われた企業のブリーフィングルームへと転送されるのだ。


 「またね、“大食らい”。今度は同じチームで働ける事を祈っているわ」


 私のオープン回線の言葉に、大食らいもまた右手を上げて応えてくれる。

 仲が良いわけではないが、悪くはない関係。

 戦場の友という言葉が相応しい相手は、ダンクシュートされた格好のまま目の前から消えた。


 「さて……」


 私もそろそろかしら、と思っていたところで視界はホワイトアウトし、意識は途絶えた。



 ◇



 次に目を開けた時には、最初に全員が集められたブリーフィングルームの中にいた。

 勿論アストレイ・ギアの姿ではなく人間アバターの状態で、私の場合は猫耳っぽい集音機能付きバイザーと二又の尻尾型アクセサリーを付けた軍服っぽい長身女性アバターだ。

 あざといのは承知の上だが、キャラクリ自由なのだからそりゃやるよね。


 「いよっヴォルタ4、大活躍だったじゃないか」


 「ヴォルタ7、アンタがあそこで相手を足止めしてくれたおかげよ。感謝してるわ」


 「よせやい。こっちもおかげ様で修理費差っ引いても黒字だし、ありがたい限りだよ」


 互いに笑顔で握手を交わし、ドラム型ロボット(ヴォルタ7)は離れていく。

 ……いくらキャラクリが自由とはいえ、私は人型をそこまで捨てる気にはなれないな。


 「や、お疲れ」


 「ヴォルタ3、お疲れ様」


 ドラム缶の次は猫人間が現れた。

 シャルトリューをモデルにしたらしいその猫人間アバターは、長身に設定したハズの私よりも頭一つ分上に顔があり、燕尾服を着て長靴をはいている。

あまりの威圧感にさしもの私もたじろぎそうになるが、ぐっと我慢して握手を交わす。ぷにぷにの肉球が柔らかい。


 「どう、クラン入りの話、考えてくれた?」


 「あー、それね……」


 私は前々からこのヴォルタ3……アバターネーム:シャルル・ルージュから勧誘を受けていた。

 私はずっとソロで傭兵を続けてきたが、名前が売れてきた辺りで色々なクランから勧誘を受けるようになったのだ。

 シャルル・ルージュの所属するクラン、[ストレイキャット・ツリー]もそのひとつ。

 メンバーに課される条件も緩く、名前からしてのほほんとしてそうなので惹かれてはいるのだが……。


 「入りたいのは山々なんだけど、リアルのゴタゴタが片付かないとクラン入りは難しそうなの、ごめんなさいね」


 「ん、分かった。入る気になったら連絡して。キミなら入団試験もなしで入れるだろうから」


 メールアドレスの書かれたウィンドウを投げて寄こし、シャルルは颯爽と去っていく。

 その先には……ヴォルタ1がいた。私も後で挨拶に行かなきゃ。


 「やっほー対人ランク20位ちゃん。胃薬はいるかい?」


 「それを渾名にしようとするのは止めてレッド11、どうせもう別の人が20位になってるわよ」


 「ははは、違いないね。ところで……」


 そんな感じの会話を残っていた同チームの人達と交わし、企業の担当者と共に簡単なデブリーフィングを終えたところで解散となった。

 報酬はいつもの口座に振り込まれるという話のあと、株主を含めた戦勝会になるとの事で私はそそくさとブリーフィングルームを後にする。

 時刻は既に21時を過ぎている。余りに遅いと明日にも影響が出る身分なので、こればっかりは仕方ない。


 「豪華料理、食べてみたかったな……」


 アバターの身とはいえ、五感は生身と同様に機能する。

 現実の胃は膨らまないにしても、料理を味わうだけであれば電脳空間でも行えるようになった事が個人的に最も大きい時代の革命だと思っているが、日付を跨ぐまで続くような酒宴会には出られないのが残念だ。


 「学生は勉強が本分、ってね」


 若干の名残惜しさを感じつつ、私はログアウト時特有の浮遊感に身を任せて目を閉じた。



 ──Dive out──



 目が覚めた私……門倉 有栖(かどくら ありす)は、ベッドの上で上半身を起こし、ヘッドギアを外してから大きく体を伸ばす。


 「ん~……つっかれたぁ」


 今日は企業側から指名されなければ参加できないような大きな規模の作戦だったから、普段以上に気疲れした。

 忘れない内に寝汗で若干しっとりとしたヘッドギアのクッションを交換しなければと、部屋の明かりを付けて予備品を取り出す。


 ヘッドギア型ユートピアダイブシステムコンソール機器、誰が呼んだか『夢見る器』。

 これを付けて横になる事で、人は電脳世界『アナザー・ユートピア』へとログインする事ができる。

 そこは惑星統治用超巨大マザーコンピュータ『エルダーズノア』が作り出した人類のもうひとつの桃源郷であり、私達傭兵が企業の手先となって代理戦争に励む戦場でもあった。


 何せ電脳化手術さえ受けていれば誰でも個人の『道を踏み外した機械(アストレイ・ギア)』を所持する事ができ、腕さえあれば傭兵として外に出ずとも金を稼げる最高の仕事だ。

 負けが込むとギアの修理費によって破産する者もいるそうだが、私は幸運にもそれなりの腕があったらしく、こうしてアルバイトとして稼ぎに使わせてもらえている。


 「よし、交換完了っと。後はシャワーでも浴びてから勉強でも……ん?」

 交換したクッションを窓際に干し、部屋を出ようとドアノブに手を掛けた所で、ふと騒音が耳に届く。

 それは金切り声にも似たヒステリックな叫びを上げる女性の声。物を叩いたり投げたりする音とセットのそれ。


 「ああ、()()か……」


 それはこの家では既に日常茶飯事だ。

 父にベタ惚れであるはずの義母が、唯一譲れないとする不満点に対する抗議。

 近所迷惑も甚だしいが、父はいつの間にかリビングに防音対策をしたらしく外にはあまり響いていないらしい。


 「そんなところに金を使うくらいなら、早く原因を取り除けばいいのにね……」


 それが何を意味するのかを理解しつつも、あの父親にはできないだろうとも思っている。

 だから私はその為に傭兵になったし、その為に金を貯め続けてきたのだ。


 「……寝よ」


 下に降りる気が失せた私は、汗ふきシートと濡れタオルで身体を拭くに留めて再びベッドへと横になる。

 今日はもうログインする気はない。少し早いが入眠して、朝早くに家を出れば両親と顔を合わせずに済むし学校で落ち着いて勉強ができる。

 最近の義母は私の顔を見る度に顰め面を隠そうともしなくなったので、顔も見たくない私としては生活リズムをズラすだけで済むのなら幾らでも付き合ってやる所存だ。


 「まぁ、今日で目標金額に届いたんだけどね」


 明かりを消して掛け布団を被った私は、思っていたよりも疲れていたのかすんなりと眠ることができた。



 ◇



 夢を見ていた。

 それは小さい頃に死別した母親の夢。

 鳶色の髪と眼をした綺麗な女性と過ごす夢だ。

 幼き日の私は、母と二人で公園で遊びながら無邪気に笑っている。


 私の髪は生まれつき白と黒のツートンカラーだが、瞳の色だけは母に似た鳶色。

 遺伝子改造の賜物だ。

 今の時代は金さえ出せば誰だって子供の免疫力を向上させたり容姿をある程度操作する事ができる。


 父はそれなりの無理をして私をコーディネートし、少なくない借金を背負いながらも私を育ててくれた。

 母は私が10歳の頃に無理が祟って逝去してしまい、それからは父が男手一人で育ててくれていたのだが、それから2年後に新しい女性を連れてきた。


 それが今の義母だ。

 聞くところによると学生時代から父に惚れていたが、父は当時から母と付き合っていたので半ば諦めていたという。

 しかし母の逝去を知り、父を支えるべく近寄ってきたと、そういう事だ。


 そして義母は母の忘れ形見である私が心底嫌いで、私に甘い父にも毎晩のように泣き叫んであの子を追い出せとせがみ、遂には深夜に寝室へと忍び込んで私の首に手をかけ──



 ◇



 そこで私は目が覚めた。


 「……嫌な夢………」


 いつか実現しそうなところが嫌だ。

 出ていって欲しいなら金を積んでくれればもっと楽に準備もできたのに、口ばかりで自分は何もしないところが本当に腹が立つ。


 「時間は……もう5時か」


 まだ日が昇って間もないが、通学路沿いにあるマロデアルドなら開いている筈だ。

 さっさと身支度を済ませ、いつも通り扉の前に置かれている『一日分の食費』を拾って家を出る。

 この家では義母が台所を仕切り、私には一切の食糧を出さないから仕方なく父が置いていくのだ。おかげで毒を盛られずに済んでいるとも言えるけど。


 「……いってきます」


 子供の頃からの習慣で続けているが、ここ数年応えてくれる人はいない。

 ここはもう、私の居場所じゃないのだ。



 ◇



 「よっす~アリスっち。今日も早いね~」


 「ちゃっすハスキー。なにせ家に居ても居心地悪いからね」


 「ありゃりゃ、和解無理そ?」


 「あのクソババアが泣いて謝っても受け入れる気はないね」


 「アハハ、深刻だあねぇ」


 この子は友達の米村 葉月(よねむら はづき)

 金髪に染めた髪と爆乳が自慢のギャル系美女。

 葉月だからハスキー。顔もどことなく犬のハスキーに似てる気がする。


 ハスキーはいつも朝が早い私に合わせて早めに来て話し相手になってくれるいい子だ。

 おそらくは私の宿題を写すのが目的だろうけど、助かってるのでギブアンドテイクが成り立ってる。

 今も勝手に私の鞄を漁ってプリントを取り出しているが、代わりにパックジュースを奢ってくれたので文句はない。


 「そいやさ、アリスっち引っ越したいって言ってたよね。アレって県外とか行くの?」


 転校されると次の獲物探さなきゃなーなんて呟きながら、ハスキーは淡々と宿題を写している。

 ……確かに、彼女からすれば死活問題なのか。


 「転校はしないつもり。だから近場で、女子高生一人でも住めるアパートとか借りられないかなーって考えてるんだ」


 「もう近場は新入生で埋まってるんじゃないかなー」


 「だよねー……」


 今は五月。部屋の入れ替えの激しい卒業・入学のシーズンを逃している。

 探せば無いことはないだろうが、条件はかなり悪くなるだろう。

 どうしたもんかと唸っていると、視界の隅でコチラに近付いてくる人物がいた。

 顔を向けてみたら、普段から影の薄いクラスメイトのひとり。


 「やっ、門倉さん」


 「おっすーチゲ。なんか用?」


 彼はチゲ鍋が好きな一般男子、名前は確か……隅田 快斗(すみだ かいと)だったはず。私とはあまり話したことは無かったと思うけど。


 「住む所を探してるって聞こえてさ。良かったらこの情報、使えないかなって」


 そう言ってチゲは一枚のウィンドウを投げてよこす。訝しみながらもハスキーと共に覗けば、そこには『入居者募集中』という文字と共に良さげな猫カフェが併設されたアパートが写った写真が載っていた。


 「なになに……『キャットハウス:ネコろび荘は改築工事完了に伴い、新たな入居者を募集しています。猫にアレルギーがない方、猫が好きな傭兵の方、猫カフェで働いてみたい方はご一報ください』だってさ」


 丁寧にハスキーが読んでくれた部分は軽く読み飛ばし、私は条件の欄を注視する。

 立地も悪くないし家賃もそこそこ、個室も広いし各階で男女が別れている五階建て。

 ネット回線は最新で傭兵家業も問題なく行えるし、アルバイトも学業と傭兵業と兼任も可能で暇な時に入ってくれればいいとの事。


 「条件が良すぎて逆に不安になるわコレ……」


 どうして私にこんなに都合がいいのだろうか。そもそもなんでチゲがこんな良物件を知っているのか。


 「そこには僕も入居してるからね。オーナーも傭兵だし、『猫が好きな傭兵にそこまで悪いヤツはいねぇ』ってのがオーナーの持論なんだって」


 「猫かぁ……。確かに好きだけど、そんな話をキミにしたっけ?」


 「うん。覚えてない? 小学生の頃に同じクラスだったでしょ? その時に「ウチではバリニーズを飼ってるんだよ」って話してくれたじゃん」


 「あー……そっかそっか。そういやそんな事も話した気がする」


 「バリニーズって猫の種類? アリスっちネコ飼ってたんだ」


 「子供の頃ね。母さんが死んで少ししたら唐突にいなくなっちゃったけど」


 「あー……ごめんね?」


 「気にしてないよ。子供の頃の話だし」


 ウチのバリニーズ(ガヴちゃん)は母が一人暮らしの時に飼っていたらしく、かなりの高齢だった。

 ずっと泣いてた私に寄り添ってくれてたあの温もりは今でも心の支えとなっている。

 私を悲しませないようにか、おそらく自身の死期を察して居なくなってしまったのだが、別れの挨拶くらい言わせて欲しかった。


 「とりあえずチゲ、ここの内見用のデータ投げてもらえる? 良さげだったらこのまま入居決めちゃうし」


 「思い切りがいいね。ついでにオーナーのやってるクランにも入る?」


 クランと聞いて、シャルル・ルージュと交わした話を思い出す。

 別にそこだと決めていたわけではないが、ここで急に横入りのクランに入ってしまうのも不義理だろう。


 「ごめんねチゲ、クランはちょっと先約があってさ。……それとも入らないと入居できないとかある?」


 「んー? ……いや、ないよ。別のクラン員でもちゃんと入れる。ちなみに入ろうとしてるクランの名前は?」


 「[ストレイキャット・ツリー]ってトコ。ずっと前から誘われててさ」


 「ぶふッ……!」


 「うわっきたなっ! どしたよチゲ!?」


 「ぐっ……くく……。いや、ごめんね。突然聞き覚えのあるクラン名が出てさ、おもろ……驚いちゃった」


 そうかそうか、やっぱりそうなのか……なんて呟くチゲを訝しみつつ、送られてきた内見データを覗く。

 家具はある程度持ち込まねばならないようだが、試しに手持ちの家具データを配置してみたらいい感じの内装になった。

 学校まで徒歩で20分、駅やスーパーも近いし周辺で発生した犯罪や迷惑行為も遡れる履歴の中にはない。

 間違いなく大当たりだ。


 「ん……チゲ、私ここに住むわ。手続きとかは直接行った方がいい?」


 「即決だね。そうだな……オーナーに話を通しておくから、今夜19時に『電海塩原広場』の待ち合わせでどう? 多分ネットの方が色々手間が省けるし」


 「? ……まぁ、いいけど」


 直接出向くよりもネットの方が手間が省けるとはどういう事だろうか。

 まぁ今の時代、個人証明とかはネットの方が信用できるし引越しの手続きとかも全てネットでできる。

 リアルで顔を合わせる間柄になる以上、一応面通しは必要になるとは思うのだが……まぁいっか。


 「うん、ありがとう。それじゃあよろしくね」


 チゲはそれで話は終わりとばかりに自分の席へと戻っていく。去り際に諸々の手続き用の書類データを投げてくれたのは物凄く助かるが、いつの間に用意していたのだろうか。


 「チゲちー、今日はよく喋るね。普段は無口というか、愛想がないのに」


 「まぁいいんじゃない? 私は早速避難先を見付けられてラッキーって感じ」


 今までの傭兵生活で貯めた貯金は全てこの日の為のものだ。引越しした後も生活の為に働かねばならないが、最悪はその猫カフェでバイトをするのもいいだろう。

 というか猫の世話くらいなら逆にご褒美までありうる。

 学生生活を続けながら支援のない一人暮らしというのがどれほど大変なのかは分からないが、今の傭兵ランクを維持できればきっと何とかなるだろう。

 依頼の質もクランに入ればまた変わるだろうし、しばらくすれば安定した生活が出来るはず。


 これからどうしようと考えている内に予鈴が鳴ったので、色々考えるのはまた後だ。



 ◇



 それは二限目が終わった頃だった。

 不意に私の携帯端末が小さくバイブレーションし、ウィンドウが表示される。


 「侵入者警報……?」


 それは自室に備えてある防犯カメラと連動したアプリの機能だった。

 自室に自身や許可を出した者以外が侵入すると警報とリアルタイムの映像が私に届くようになっており、何が起こっているかを把握できるというものだ。

 父親がどうしてもと言うので付けた物であったが、役に立ったらしい。


 一般女子高生の部屋に侵入するような不届き者が何者なのか、カメラを確認してみると……。


 「げっ……」


 その正体は寄りによって義母であった。

 普段は私の部屋になんか絶対に近付かない義母が、わざわざ合鍵(多分父親が持っている物)を使って部屋へと侵入し、ベッドやゴミ箱を漁った後に何かを持って立ち去る様子が一部始終映っている。


 「最悪だ……」


 良いことがあったら悪いことが起きて帳尻が合うという事か。

 一応家族なので警察に通報しても取り合っては貰えないだろうし、余計に関係が拗れるだけだろう。

 あのクソババアが何をしようとしていたのかは粗方予想が付いているので、帰りにドラッグストアに立ち寄って対策を練るしかない。


 「くそう、貴重な資金をこんな事に使う羽目になるとは……」


 決して安くはない薬を予約するのと同時にチャイムが鳴る。

 購入手続きは完了したので後は帰りに受け取るだけだが、できれば杞憂であって欲しいものだ。


 「そこまで私が憎いかクソババアめ……」


 一方的な怨みを持たれているのは本当に煩わしいが、それも後ちょっとの我慢で解放される筈だ。

 思わず溜息をつきながら、私は教科書を取り出した。



 ◇



 「ただいま……」


 返事はないのが分かっていても、「いってきます」と「ただいま」だけは必ずするようにというのが母の教えだ。

 あのクソババアは自室に居るようだが、流石に直接手を出してきたりはしないだろう。

 何かあるとすればそれはログインした先だ。


 「ぜってー負けん」


 予想が正しければ、ここで負けた時点で私の人生は詰む。

 逆に言えば今日訪れる障害を全て跳ね除け、チゲちーと合流できれば私の勝ちと言っていいだろう。

 さっさと食事と風呂とトイレを済ませて自室へと入り、電子ロックとは別に物理的にも扉を塞ぐ。

 そして父親と、一応チゲちーにもこれからの事を連絡しておく。保険くらいにはなるだろう。

 負ける気は一切ないが、傭兵稼業に『絶対』はない。


 機体の修理と弾薬各種の補充を終え、いつでも出撃できる状態とした愛機【戦迅万華(せんじんばんか)】を携え、私はヘッドギアを身に付けベッドに横になった。



 ──Dive in──



 『アナザー・ユートピア』にインした時、最初はみんな自室と呼ばれるパーソナルスペースにて目を覚ます。

 そこは好きなようにカスタム可能なのだが、私はまだ八畳程の広さにポツンとベッドと桜の木が生えているだけだ。

 どちらも何かを買った時のオマケで付いてきた物で、自身の趣味で買った物はひとつもない。

 傭兵になって引越し費用を稼ごうと思い立ってからは無駄な出費をしないよう心掛けていたのだ。


 「引越したら、まずはドリンクバーとモニターかな……」


 傭兵の戦闘は娯楽として生中継されている。それらを眺めるのと現代人の楽しみのひとつ。

 まぁ私の場合はライバルの研究となるわけだけれども。


 「さぁて、行きますか!」


 ここからは間違いなく地獄のような状況になるだろうが、今日逃げても明日にはまた同じ状況になるだけだ。

 ならば気合い十分な内に戦うに限る。


 「蛇でも鬼でも掛かってこいってんだ」


 私はポータル移動用のウィンドウを開き、その内『電海塩原広場』に最も近いポータルを選択する。

 この公園は主要施設から遠く、用事がない者は存在すら知らないような辺鄙な場所だ。アストレイ・ギアの使用可能地域も近く、公園にはポータルが存在しない特殊なエリアとなっている。

 広大な『アナザー・ユートピア』を構築する中でどのような思惑があってこうなっているのかは分からないが、そんな事は私にはどうだっていい。

 今はただ、勝つことを考えよう。



 ◇



 ポータルへと移動した先、そこは『まほろ駅』と表記された電脳列車の駅前だ。

 このポータル移動というのはどういう仕様なのか、自身が直接出向いてポータル・クリスタルと呼ばれる設置物に触れるか、直接リンクを踏まない限り移動先として解放される事はない。

 なので人によっては自身のよく利用する範囲……ご近所にしか移動できるポータルがなかったりするし、逆に世界中のリンクを渡って探索して回り何千ものポータルを解放している猛者もいたりするらしい。

 私の場合は傭兵家業で必要なところをちょくちょく開けていたので、数十箇所といったところだ。


 「さぁて、っと……」


 私は予め買ってあった新品のローブを羽織り、そそくさとその場を後にする。

 ちらりと後ろを振り返れば、案の定というか私が去った後に大勢の男性アバターが降り立ち、キョロキョロと周囲を見回している。

 アレはおそらく私を探しているのだろう。


 「クソババアめ、ホントに【マーキング】を付けやがって……!」


 リアル側の生体情報があれば、この『アナザー・ユートピア』内で使用しているアバターに【マーキング】と呼ばれるものを付ける事ができる。

 簡単に言えば【マーキング】された者の位置情報が専用の端末に常時表示されるというストーカー御用達の品で、思いっきり違法商品なのだが……もはやあの女は手段を選ばなくなったらしい。


 私が帰宅前に買った薬は、このマーキングされた情報を撹乱する為の物だ。

 マーキングの使用期限は約一週間。薬は飲んでから二週間ほど生体情報を少しだけ変化させられるので、こうしてマーキング対策として利用される事が多い。

 マーキングの利用が発覚すればそれなりの制裁があるというのに、あの女も雇われたであろう男達もよくやる。


 「とはいえ、すぐに見付かるよね……」


 電脳世界の仮初の姿(アバター)とはいえ、きちんとしたログアウトができなければ精神はいつまでも肉体に戻らないのがこの『アナザー・ユートピア』だ。

 それはつまり、アバターが誘拐されて閉じ込められてしまった場合、何の対策もしていなければ肉体が死ぬまでずっと精神がアバター姿のまま取り残される事になるということ。

 もしかしたら肉体が死んだ後も精神がこの世界に取り残される可能性もある、という噂もあるが、眉唾物の証言しかないので私は信じていない。


 とにかく、もしも私がアバターの状態で誘拐されたら、男達の慰みものとして死ぬまで監禁される可能性が大いにあるというのが現状。

 事前に分かっていたからこそそれなりの対策も積んではいるが、それでもログインから13時間が経過しなければ強制ログアウトが発動しないような安物しか買えなかったのが悔やまれる。

 13時間もあったら普通に病むほど犯されて人生終わるよねっていう。


 「まぁ、私が負けなきゃいい話ッ!」


 男達に見付かるのも時間の問題ならばと、私は怪しいのを承知で走り出した。

 案の定、男達が私を追ってきたが……アストレイ・ギア禁止地区から私が外に出る方が早い。


 「“スタンドアップ、【戦迅万華(せんじんばんか)】!”」


 私の声に応じて、鋼の肉体が身体を包み込むように展開されていく。

 皮膚が鋼鉄に、血潮が油に、眼がカメラに次々と置き換わり、最後に全武装が展開して各部にジョイント、合致する。

 ものの一秒ほどの変身プロセス。これにより私達は非力なアバターから戦術兵器アストレイ・ギアへとその身を変化させるのだ。

 この搭乗形態は人によって様々で、私のような置換型もいればコックピット型もいるし、有名どころで言えばアストレイ・ギアに乗らずコントローラーで操縦する変な型もあるらしいが……まぁ今はどうでもいっか。


 「さぁ! 楽しい楽しい鬼ごっこの始まりだ! ただし私は思う存分反撃するけどな!!」


 私は次々とアストレイ・ギアに搭乗する男達に向けて開幕の合図である垂直プラズマミサイルを次々と乱射しながら、高笑いと共に公園へと向けてダッシュした。



 ◇



 「このガキが、調子こいてくれたじゃねぇか……!」


 逃走劇の始まりから既に15分。

 時間だけ見れば大した事はないようにも思えるが、対アストレイ・ギア戦においては十分に集中力が消し飛んでもおかしくない経過時間だ。


 「まだまだ、調子のビッグウェーブは高いままよ──!」


 さて、私は孤立無援の一匹狼(ロンリーウルフ)、対して奴らはそれなりに対アストレイ・ギア戦闘を心得ている集団……おそらくはどこかしらのクラン員だろう。

 そんな多数を相手に逃げながらとはいえ戦闘行為を長時間行えばどうなるか。その答えは身をもって体感してる。


 「くそっ、もう左腕が限界か……!」


 残弾を撃ち切ったライフルはとうに格納した上で、コラテラル・ダメージと割り切って盾代わりにしていた左腕が耐久限界(レッドゾーン)を迎えたのでパージし、最後のひと仕事とばかりに投擲。無論当たらないのを承知の上だが、これが最後の遠距離武器だったので投げずにはいられない。

 もはや武装はほとんど弾切れを起こして使い物にならないというか、右腕に装備したトライデント以外は全て役目を終えて格納してしまっている。

 このトライデントも普段は遠距離武装主体で組んでいる私からしたら予備の予備みたいな物の為、本当に牽制しにしか使えない代物だ。


 (『電海塩原広場』まで……あと5km!!)


 時刻は18:47。約束の集合時間までまだ時間がある。

 助けてもらおうだなんて甘い考えではなかったが、それでも人の目があれば追っ手が引くかもしれないという淡い期待があったのも事実。

 公園に着いた後はどうするかなんて考えていなかった……というか戦闘型のクランが犯罪に手を染めてまで私を狩りに来るとは思っていなかったというのが正しい。

 多少のゴロツキ程度ならば圧勝するだけの気概があっただけに、既に7機ほど撃墜したにも関わらず二桁近くのアストレイ・ギアが追ってくるこの状況は読めていなかった。

 力の差を見せ付けて観衆の目に晒し、あわよくば撤退させるプランだったのだが……予想外に相手がしつこく、強かったのだ。

 もはや相手の収支はマイナスだろうに引こうとしないのは、マイナスだからこそ逃がさないという事だろうか。


 「もらったぁぁぁ!」


 「クソがッ!!」


 私は軽量二脚が背後まで迫ったのを確認して振り返り様にトライデントを土手っ腹に突き刺し、無力化する。代わりにサーベルで右腕を丸ごと破壊されてしまったが、まだ諦めるワケにはいかない。

 両腕を失ったといってもビークルモードに変形するのには支障はない。私は軽量二脚を蹴飛ばし、宙返りする要領で変形。戦闘機型へと姿を変えた私は、即座にアサルトブースターを吹かす。

 たった5km。その程度の距離の飛行はついこの間もやった。両腕が無い分ウェイトが軽くなった私は、最後っ屁とばかりにチャフを撒きつつ公園へと突き進む。


 (あと4km──!)


 背後からの攻撃は増すばかり。そりゃあこちらからの反撃が無くなったなら思う存分攻撃するだろう。

 こっちはもう一発でも受けたらアウトだ。これまでの戦闘で傷付いた戦迅万華はいつ機能停止してもおかしくはない。

 上下左右にロールを繰り返しながらも進路は真っ直ぐ。

 逃げの一手に回った私は誰よりも生き汚い!


 (あと3km!)


 ビルとビルの間をすり抜け、公園が目視できる距離まで来た。

 このまま何事もなければ、せめて監視カメラ機能している地域まで──。

 瞬間、数条のレーザーが戦迅万華の装甲を焼き、貫いた。


 「ぐっ……ああああああぁぁぁっ!!」


 アストレイ・ギアに置換した場合、アバターに掛かるダメージにはセーフティが掛かっているとはいえ、胴体を貫通するだけのダメージを受けたらそりゃあめちゃくちゃ痛い。

 そしてダメージ限界を迎えた戦迅万華はその存在が続く限りの胴体着陸を敢行した後、私を残して消滅した。

 破壊されたアストレイ・ギアは修理待機状態となり、使用不可能となるのだ。

 私自身がダイブアウトしない限り、予備機体に乗り換える事もできず……要するに、私は負けたのだ。


 「手間取らせやがってクソ女がよォ……。こりゃあ三日三晩休まず遊んだとしても足りねぇよなァ?」


 私を無力化したのを確認したのか、次々とアストレイ・ギアを解除し私を囲む男達。

 そのどれもが優男顔をしているのが逆に不気味だ。そんな三下ムーヴをするのならば屈強な髭ヅラのコワモテじゃないと雰囲気が出ない。


 「……クソどもめ………! 私如きにいい様にやられた雑魚がイキがるんじゃ──」


 腹を思いっきり蹴り上げられ、私は軽く宙に浮いた。


 「……がっ……!? ごほっ……ッ!!?」


 「いきがってんのはどっちだって話だ。テメーはこれから俺達に散々玩具にされんだよ。口答えしていい立場じゃねぇ」


 人権すら無視する気らしい男達の下卑た笑い声。

 もはや私に打つ手はない。せめて丸ごと自爆してやろうと持ち込んだ爆弾のスイッチは、今の蹴りで手放してしまった。


 「くっ……そ………が……!!」


 「いいねぇその顔、お前の母親もその顔を見せりゃあ溜飲が下がるかもしれねェなァ。まぁお前を売ったのはその母親なワケだが」


 そんな知っていた情報をドヤ顔で言われても反応に困る。

 今はどいつもこいつも憎らしい、目が覚めてまだ足腰が立つようならばあのクソババアをぶん殴ってやろう。

 幸いにもアバターに搭載した隠しカメラは未だに有効だ。私の精神が保てば起きた後にこれを警察に提出できる。

 壊れたら父親頼りだ。どの道私はこうなった時点でおしまいなので、どれだけ道連れにできるかを他人に頼る形になる。

 悔しい……非常に悔しいが、こんな()()()()()()()()()()()()()()()()()


 「おいマルファ、お前確かトラック持ってたろ。中でマワすから運転しろ」


 「えぇ~? オレだけ仲間外れっすかぁ~?」


 「ちゃんと着いたら融通してやるから早く出せ。誰かに見つかっても面倒だ」


 「へいへい、カーズさんも人使いが荒いんだから……」


 ……ああ、くそ。ここで私の人生も終わりか。

 アストレイ・ギアの撃墜とさっきの蹴りのダメージで身体が動こうとしない。というか誰かスタンガンも当てたなこれ。既に身体中が痛くて気付かなかった。

 ただの女子校生ライフを満喫したかっただけなのにこの仕打ち。あのクソババアにさえ関わらなければもっとマシな人生を歩めたかもしれないが、今更そんな“たられば”を言ったところでどうしようもない。


 私は手錠と足枷と猿轡を嵌められ、誰かも知らない男性アバターに担ぎ上げられた。

 もう逃げる体力も気力も無いというのに、念のいった事だ。

 せめて最後に好物のアップルパイでも食べておけば良かったなと、つまらない後悔をしていたその時……。



 「オイオイオイオーイ! テメェら何してんだァ!?」



 ふと影が差したかと思ったら、彼らはやってきた。


 周囲を警戒していたアストレイ・ギア達を一撃で仕留め、私達を囲むように降り立つ機影が五機。


 「ゲッ!? お前らは……!!」


 誘拐犯のリーダー格らしい男が思いっきり顰めっ面を晒す。

 まるで教師に万引きの犯行を目撃された不良生徒のような、敵意と恐れが入り交じったそんな顔。


 「ソイツはウチへの入団希望者でな。しかもこの辺は俺らのホームで、お前らはそこで散々暴れたクソ野郎ってワケなんだが……」


 新たに現れたアストレイ・ギアの内の一機が、私でも見た事がないような長大な得物を振り回す。

 どうやらバズーカらしいそれをリーダー格へと突き付け、黒猫(ボンベイ)を思い起こさせる機体は言う。


 「その子を置いて去るのならば今回は追わないでおいてやる。抵抗するなら皆殺しの上で、お前らが泣いて詫びるまで『全対抗』だ」


 『全対抗』とは確か、クラン対クラン間で行われる嫌がらせ行為の事だったか。

 相手のクランの受けた依頼を阻止する側の依頼を必ず受けるという、俗に言う営業妨害。

 実力のあるクランが堂々とこの行為を宣言すると、野良の傭兵は巻き込まれるのを嫌って同じ依頼を受けなくなる。

 つまりクランメンバーだけで依頼を達成しなければならなくなる。そうすると自然にクラン対クランのバトルという形になるのだ。


 そこで返り討ちにできるだけの実力があればいいが、もしも無ければ修理費は嵩む上に依頼が達成できないので金は入らない。下っ端達はすぐに首が回らなくなり、クランを離れていく事になる。

 本来ならば途中で他のクランが連盟で仲裁をはかるのだが、それも互いにどれだけ力のあるクランを抱き込めるかに掛かっているワケで……。

 まぁ簡単に言うと『めちゃくちゃ迷惑な行為』となるワケだ。


 「どーせテメェらのその誘拐行為、セルゲイのヤツは知らねぇんだろ? 【マーキング】まで使っちゃあ言い逃れはできねぇよなぁ?」


 「クソが……! カーズさん、コイツらまとめてやっちゃいましょうよ!」


「ッ! アホがよ!!」


 言われっぱなしで頭にきたのか、誘拐犯のひとりが前に出てアストレイ・ギアを起動しようとするも、カーズと呼ばれた男はソイツの頭を思いっきり殴る事で止めた。


 「いっ~~~!! な、なんでだよカーズさん!?」


 「……俺らじゃ束になっても敵わねぇ相手なんだよ」


 「えぇ? こ、コイツら一体……?」


 「クラン[ストレイキャット・ツリー]。……俺らはまんまと罠にハマったってワケだ」


 「……マジかよ、Aランクのクランじゃねぇか……」


 カーズと呼ばれた男は私を地面に放り投げると、両手を上げて数歩下がった。他の誘拐犯達も同様に、渋々といった顔で引いていく。


 「ごめんね、遅くなって。皆に事情を説明するのが手間取っちゃって」


 私が未だに苦痛と猿轡のせいで呻く中、そう声を掛けて拘束を外してくれたのは、猫人間アバター:シャルル・ルージュ。

 その姿を見た瞬間、私の中で全ての情報が繋がった気がした。


 「……アンタ、チゲ鍋は好き?」


 「大好き。キミは住む場所を探していたね?」


 「正解。……マージか、同一人物だったかぁ……」


 チゲちー=シャルル・ルージュ。この方程式が私の中で成立した瞬間、四肢を投げ出して私は倒れ伏した。


 「……なーんだよ、私は助かったのか………」


 せめてもの保険として連絡していた相手がリアルクラスメイトであり、私をクランに誘っていたヴォルタ3ことシャルルであり、その腕前が私でも分かる程に凄腕であり、この土壇場で障害を排除してくれた。

 これ程の幸運を望んでいたワケではなかったが……有り難すぎて涙が出そうだ。


 「さぁさぁ、さっさと消えな犯罪者共! こっちはこれから引越し準備とか通報とか諸々で立て込むんだ、あと10秒で失せなきゃ轢き殺すぞ!!」


 黒猫の声に、誘拐犯達は慌ててトラックに乗り込んで去っていく。

 私もその間に回復アンプルを打ち込んだので、ようやく起き上がれる程度には体力が戻ってきた。


 「よう、大丈夫だったか嬢ちゃん」


 その声に振り向けば、さっきから目立っていた黒猫。


 「えぇ、全滅できなかったのが悔しいくらいよ」


 「ははっ! こりゃ素晴らしいな。シャルル、俺は入団も転居も大歓迎だ。諸々はメinクーンに任せてお前は嬢ちゃんの介抱とか手伝ってやりな」


 黒猫の言葉にシャルルが頷き、私の手を取る。


 「それじゃ……入居の手続きとか色々やっちゃおうか。かど……いや、」


 一呼吸。


 「バリミィズさん」


 シャルルの手を取って立ち上がった私は……アバター名:バリミィズは。


 「……はいっ!」


 ここ最近では一番の笑顔を作れた気がした。



 ◇



 それから色々あって、私は[ストレイキャット・ツリー]の一員として受け入れられた。

 あのクソババアは最後までしらばっくれたらしいが、私の部屋の監視カメラの映像を出したらようやく罪を認めたらしい。

 それでも逮捕とならず罰金で済んだのは、クソババアの実家がそれなりの金持ちだったからだろうとの噂だ。

 私を追い出した後は精神も安定しだしたらしく、父と仲良く過ごしているらしい。

 絶対に老後の面倒は見ないと心に決めた。


 ──まだまだ語れる事はあるだろうけど、私の物語はとりあえずここら辺で幕を閉じよう。


 だってこれは、野良猫だった私が集団へと受け入れられるまでのお話。


 バリニーズ・始まりの物語(ビギニング)

 いかがでしょうか。

 面白そうとか、続きが読みたい等の感想・いいねをお待ちしております。

 反応があれば今書いてる長編の後にでも書き出すかもしれませんし、違う作品を書くかもしれません。


 どちらにしろ、主人公は変わると思いますが。

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