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7.潜入捜査(6)伯爵令嬢(1)

7.潜入捜査(6)伯爵令嬢(1)


 ロンドンから一時間強でセントルーシー大学に到着した。


 あたりは何もなく、長閑のどかすぎて『交響曲第六番 ヘ長調 作品六八』が聞こえてきそうだった。


 セーラー服に着替えたミランダがドアを開けてくれた。


(いつの間に……)


 お出迎えはミランダと似た顔をしたフリーダだった。姉妹ともセーラー服がよく似合っている。


 門番二名のボディチェックを終えたあと、再チェックするフリーダにミシェルが肘鉄ひじてつらっていた。


(何か余計なことをしたか言ったか……)


 垂れた目のフリーダのほうがより愛らしいが、性格はキツイらしい。


 中等部に向かう途中、迎車のベントレーの右前の旗が下ろされていた。ミランダに手渡される。左はたか意匠いしょうされた紋章はアセックス伯爵であるホークアイ家だ。


(イザベルお嬢さまは本妻の子ですか……)


 嫡子と庶子では個人の紋章コート・オブ・アームズが異なる。


(他に弟がいて、その人が爵位をもっているんだろうな……)


 英国の爵位は男性が優先される。イザベルお嬢さまが誕生したときには男児が産まれていなかったのだろう。


(ホークアイ家の車は一台で、主に弟が使っているということか……)


 中等部の校舎がある中庭のテラスで、イザベルお嬢さまとご学友が歓談していた。


「ニーハオ」


 向かう途中、白人の男子学生三人が指で目を細めてぼくに声をかけた。


「こんにちは。君は中国人なのか。ぼくは日本人だから中国語は分からないよ。ここは英国イングランドなんだから、英語を話したまえ」


 ぼくが容認発音(RP)で言いかえした。BBC英語はどうしても上から目線の言葉遣いになってしまう。


 顔を真っ赤にした少年は何も言いかえせず退却した。


「後でシバいとくね」


「しなくていいよ。恨まれても困る」


 ミシェルの申し出を丁重に断った。


「それではごきげんよう」


 美しいご学友たちが、席を立った。


 それぞれの会釈に会釈で見送った。


 ルールとして「挨拶される前に会話してはいけない」というのがある。


「イザベルお嬢さま、こちらがミス・ミシェル・ラングレイおよびミスター・アッシュ・オオタニです」


 ロブが静かに主人の娘にぼくたちを紹介した。ミシェルのほうが先に紹介されたのは女性という設定だからだ。


「ミス・ミシェル・ラングレイおよびミスター・アッシュ・オオタニ、こちらがアセックス伯爵令嬢――イザベルお嬢さまです」


「わたくしはミシェル・ラングレイです。お初にお目にかかり光栄です。ぜひミシェルとお声がけください」


 スカートの裾を軽く引いて挨拶した。


 完璧パーフェクトだが、イザベルお嬢さまの反応はない。


「わたくしの名前はオオタニ・アツシです。気軽にアッシュとお呼びください」


「ようこそいらっしゃいました、アッシュ。イザベル・ホークアイです。どうぞベルとお呼びください」


「レディ・ベル。以後よろしくお願いいたします」


「どうぞ席に」


 イザベルお嬢さまの声にロブが席を引き、ぼくだけが案内される。


「ミシェルは……」


「ああ……フリーダ、イット(コレ)に犬小屋を案内してあげなさい」


「ヒィ!」


 もはや人間扱いされていないミシェルが、小猫のように首を掴まれ運ばれていった。


(どれだけの怪力なんだよ……)


「アッシュ……。ミスター?」


「あっはい」


「きれいな黒髪ね。さわってもいいかしら?」


 言うなりぼくの髪にれていた。


「クンクン」


(匂いをかいでいる?)


「わたくし香りフェチなの。特に黒髪の少年が好物……」


「イザベルお嬢さま」


「はっ! これは失礼……今のは内緒で」


「はいもちろんですとも」


 そうとしか言いようがない。


「このれ者が!」


「ヒィ!」


 遠くでフリーダの罵倒におののくミシェルの声が聞こえたような気がした。




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