5.潜入捜査(4)米国報告(1)
5.潜入捜査(4)米国報告(1)
ミシェルのセーラー服姿は美しかった。年齢が幼いとはいえ男性である以上、身体の線がキツくなるのは当たり前だがそれを補っても少女のようにしか見えないから不思議だ。
スカートは膝下やや長め。先日骨折した右足が太く見えるのが本人にとってはイヤなのだとか。
足フェチではないぼくにはどうダメなのか理解できなかった。
対して、ぼくの衣装はスラックス。セーラー服で強調されて、けっこう胸があるけれど、これは筋肉。――女性の服は苦手だ。
リボンは二人とも紫――中等教育の初級にあたる。
イングランドは一年毎の進級ではなく、二三年をまとめたキーステージに分類される。
下から上に紫・青・緑がローキーステージ、黄・橙・赤がハイキーステージ。
なんのことはない虹色だ。明るいほうが上級生で間違いがない。そのなかで成績優良なものは色で分類される。
(貴族社会か……)
日本のように階級がなくなった社会からすると意味不明だが、英国にはイングランドの文化がある。異質だが、戦前の日本がそうであったように理解できなくもない。
「報告書だ」
ロブが手渡したのは、依頼していた米国での事件の詳細だった。すぐに改変されるデジタルデータではなく、アナログの紙の資料は分厚く重い。
マサチューセッツ州ボストン近郊のセントルーシー市のセントルーシー大学の校内で少年が一人殺害されていた。
「ふう……」
黒髪の美少年だった。
「君にそっくりだ」
ロブはそう言った。
「目が細くて吊っている。ぜんぜん似てないよ?」
ミシェルが言いかえした。
「東洋人の顔の見分けがつかないのは不思議じゃあない。ぼくだって西洋人の顔の区別ができない」
「あー養豚家には豚の区別ができるそうよ。――あっ! これは差別発言じゃあないわよ」
女性口調でも、十分差別発言だと考えるけれど。そういえば、ジョージ・ミラーが脚本・製作した子豚を主人公とした『ベイブ』という映画があるけれど、どの豚か判断できる養豚家には主人公が何匹にも見えるそうな。
「はいはい訂正します。違います。ゴメンナサイゴメンナサイ」
ロブに注意されてミシェルが謝っていた。
とはいえ、豚でなくても犬や猫でも種類が違えば分かりそうだけれど、同種ならぼくにも区別できない。
(さすがに柴犬とシベリアンハスキーの区別はできるけれど……)
余談だが、柴犬のほうが原種である狼の遺伝子が濃いらしい。
「チャーリー・スミス――養子で前の名前がチャーリー・キム……」
元は大韓民国籍で、出生すぐに米国スミス夫妻の養子になっていた。遺伝子上の母である韓国人女性レイチェルは未婚の大学生でキャリアを優先するために我が子を売ったとのこと。
(殺めるよりマシか……)
日本人の若い母は子殺しをしてしまう傾向にある。
「『死んでしまうとは情けない』」
ミシェルがロブに叩かれた。「人の死をなんだと思っているんだ!」と説教されている。
年齢は十二歳。日本でいうと小学校六年生か中学一年生で、かなり幼い。
目が細いといっても、美少年には違いない。
「犯人は……」
絞殺の後に入水自殺。心中に巻きこまれたチャーリーの遺体は回収できたが、被疑者の男性は行方不明。
チャーリーの口腔から、体液が検出された。DNAがかなり損傷していたが白人男性であることは間違いないらしい。
被疑者の身長はおよそ五フィート六インチ弱。これはチャーリーの身体を結んでいたロープからの判断。体重は一二〇ポンド強。これも同じくロープから。
「一七〇センチメートル、五五キログラムか……」
スマートフォンで再計算した。
「米国人としては小さい……」
「あー、でも死んだんでしょう? その男の人」
「遺体は見つかっていない。可能性として考慮しておくべきだよ」
ぼくが上から目線でいうと、ミシェルがリボンを締めなおした。
「あーもう……」
ぼくが替わって、結んであげた。
「メルシーボク」
それぐらいぼくでも分かる。