3.潜入捜査(2)ようこそ英国に
3.潜入捜査(2)ようこそ英国に
魔女との面談を終えたぼくに「アッシュ」と声をかけたのは、銀髪の美少年だった。
肩下までの髪を指で梳きながら、手を振っていた。
「ふう……生きていたのか」
「そんな顔しないでよ。――アッシュのお蔭で助かったんだから」
ミシェル・ラングレイはベルギー王国の首都ブリュッセル出身の仏系ベルギー人だが日本語が上手で、初見で目を瞑ったままならたぶん日本人だと思うはずだ。
「あなたの熱い接吻にわたしの心は奪われたの」
人工呼吸をしただけだ。
(それにしても……)
美しい少年だった。前回それで足を切断されている。
「足は?」
「あるわよ! ホラ!」
「よくくっついたなあ……」
「珠子さんは名医だもの」
(あの人の専門は再生医療だったっけ……)
「さあ行きましょう!」
ミシェルがぼくの腕をつかんで先導した。
*
ロンドンヒースロー空港 (LHR) は霧だった。
(この国はいつ来ても陰鬱になる……)
関西国際空港 (KIX) からミュンヘン空港 (MUC) 経由のルフトハンザドイツ航空で、十四時間十分+二時間で、日本武尊のように三重になった足をさすりながら、ロビーに降りたった。
背後に近づく気配を感じたぼくが体をかわした。
ぶつかろうとした男が倒れそうになる。
「大丈夫か? ミスター?」
手を差しだしながら、ぼくが上から声をかけた。
当然、手をはたこうとする。手を引っ込めるぼくを睨みつけると男が立ち去った。
「ロンドンを楽しめ」
ミシェルが茶化した。映画『コラテラル』の冒頭の台詞〝Enjoy L.A.〟のジョークだ。
とかく海外では黒髪の東洋人とみると、差別が多い。今のようにあからさまなことをされることは少ないが、無視をする透明化は日常的だ。言うと「気がつかなかったわ」となる。
なお、さっきのはぼくが上から声をかけなければ、盗られていた。
白人のミシェルはそうしたことはされない。熱い視線を贈られることはあっても。
「アッシュ・オッタニーさまでいらっしゃいますか?」
黒服の執事がぼくに声をかけた。
「はい。〝Ohtani Atsushi〟です。アッシュと呼んでください」
外国人にぼくの名前は発音できない。
「では、ミスターと」
ぼくは客人だが、英国は貴族社会だ。白人には白人のプライドがあるのだろう。
「ミシェル、お前さんまだ生きていたのか?」
「残念ながら。『雑草はすぐ蔓延る』からね」
「まったくだ。――ようこそ英国に」