25.殺人事件(8)絶体絶命(2)
25.殺人事件(8)絶体絶命(2)
次に起きたとき、ミシェルの香りがした。
美しい銀色の髪がぼくの肩にかかった。
「ここは……」
地下牢だった。ミシェルとぼくは背中でつながれていた。
ロープで一つになっている。
「どうしてこうなった?」
「それはアーサーが犯人で――」
ミシェルがぼくに答えた。
「――そうじゃあない!」
聞きたいことはそうじゃあない。
『お前がいけないんだ。俺のジョンに色目をつかったから』
天井から声が響いた。天窓の上にいるらしい。
「そんな事実はない」
逆だ。ジョンがぼくを(ぼくの容姿を)好きなだけだ。
『もうどうでもいい。俺はジョンを手に入れたんだから。愛しているよ、ジョン』
キスの音。
「どうやって助かったんだ? というか、全員グルか?」
『そうだよ。この大学は俺の先祖の創設でね。どうとでもなる』
(偽装死ですか……)
「ボブは?」
『残念だけれど、ジョンは求められると断れないんだ。ジョンの前に付きあっていたボブが俺に妬いて、ジョンを抱いたんだ』
「だからって殺める必要はないだろう」
『彼、真性の被虐性欲者でね。お前に倒されて喜んでいたところをもっと楽しませてやったんだ。まあ自殺願望もあったから事故ということになるみたいだ』
「レディ・ベルは?」
アセックス伯爵令嬢だ。
『イザベルお嬢さまには、スミス夫妻から美少年が献上される。代用品ではなく本物をね。……ああそうだ。言うのを忘れていた。朝までにはこの水が満たされるだろう』
トイレの穴から水が逆流していた。
「何アレ? 何?」
ミシェルの位置から、長細い口吻が見えるらしい。
「インドガビアル。ワニだよ」
「ワニ? えっ! ワニがワニが!」
水飛沫で、解いていたロープが締まってしまう。
「どうしてミシェルまで?」
『本人に聞いてみるといい。じゃあな』
「アッシュ……人間には好奇心があるのよ」
表情は見えないが、すまなそうな顔をしているのだろう。
だが、友人は選んだほうがいい。
本当にそう思う。
「……本当に出来心だったの。でも人類はその好奇心で発達してきた歴史があるわ」
「そういうことですか……なるほど……ってなるか!」
ジョンかアーサーかは、いちいち聞かなかった。
(二人ともかもしれない……)
「なにが出来心だよ、それでコレか!」
好奇心は身を滅ぼすというが、とにかく友人は選んだほうがいい。
「あとドレくらいかしら? もう朝になった?」
「なっていない。敵の言うことを信じるほうがどうかしている」
ミシェルがじたばたした。
「動くな! また締まったじゃあないか!」
「だってどうにか動かないと――」
こちらを向いた怒り顔のミシェルにキスをした。
「……」
ようやく黙ってくれた。
締まる前に挟んでいた指からロープを解いた。
もう腰下まで水が来ている。
閉じられたドアを確かめたけれど、鍵がかかっていた。当たり前だ。
おまけに内開きで、水圧で開くとは考えにくい。
壁上の天窓に半月が見えた。
(とすると……)
「なるほど」
「ナニが『なるほど』よ?」
濡れ髪を気にしていたミシェルが返した。
「上弦の月だ」
「半月がナニ?」
「待つ」
「はあ? バカじゃあないの?」
言うと思った。




