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21.殺人事件(4)虜囚

21.殺人事件(4)虜囚


 トイレで顔を洗った。


(目が赤い……)


 とりこになった部屋にはシャワーまであった。


(ビデはない……。旧館だものね)


 食器の音。


 もうお昼らしい。


 朝食はイングリッシュブレックファーストだった。


 三種類のソーセージ、スモークベーコン、三色のマッシュルーム、サニーサイドアップ――片焼き玉子は最高だった。


 HPブラウンソースとコルマンズのマスタード。


 あとはパンと、オーブンで焼かれたトマトにリーペリンウスターソースは美味だった。


 ただ、日本人のぼくとしては海苔のりと味噌汁、調味料に醤油が欲しいところではある。


贅沢ぜいたくは言わないでおこう……)


 とはいえ、別に美食家グルメじゃあないんだけれど、英国の食事はまあアレなことは事実だ。


 基本的に塩・胡椒しか味付けがない。「あとは各自のお好みで」スタイルだ。


 紳士ジェントルマンは食に対して情熱がないのだろう。


 ただ、言い訳をするなら英国に三つ星レストランがない訳じゃあない。


 ミシュランの星とは別の評価――ビブグルマンとセレクテッドレストランを合わせれば一〇〇〇軒以上あるのだから。ただ、日本には一五〇〇軒以上あるので比較にならないけれど……。


 きっちり人数分用意されているのに、ジョンが欲張って自分の好きなソーセージだけを食べていたのは笑えた。


(替わりにトマトをくれたけど……)


 ベークドビーンズはなかったけれど、あったらぜんぶぼくの皿に入れていたに違いない。


 戻ると、さっそくジョンが料理を取り分けていた。


 ローストビーフとジャガイモ。ヨークシャープディングと肉詰め(ファルス)。


 今日のファルスはハギス――羊の胃袋に内蔵を詰めてでたスコットランド料理だった。


 二人の人参とブロッコリーで、ぼくの皿は山盛りになっていた。


(栄養あるんだよ?)


 一方ぼくのハギスはアーサーの皿に。


(食べ物の恨み――羊斟ようしんの恨みという史実を知らないらしい……)


 ――中国春秋時代の宋に華元かげんという宰相がいた。紀元前六〇七年、宋は鄭に攻められた。決戦前夜、華元は全軍に最高級食材である羊の肉のスープを与えた。だが、華元が乗る車の御者には与えられなかった。恨んだその御者は華元の車を鄭の将のもとに運び、華元はらわれてしまった。この御者は羊斟(羊のスープ)と名付けられた。――


 アーサーの好物らしく、寝起きにしてはガッツリと食べ始めた。


 すぐに二つ目に取りかかった。


(いやまあそれだけ好きならあげるけど……)


 ナイフとフォークが床に落ちた。アーサーがのどを押さえていた。


 まらせたらしい。顔が赤い。


 ジョンが背中を叩くが、それでもダメらしい。


 二人がこっちを向いた。


(はいはい……)


 ぼくが重い腰を上げると、アーサーの背中から手を回して上腹部圧迫法――ハイムリック法を試した。


「うっ!」


 テーブルにアーサーが吐きだした。


「……ありがとう」


 うつむきながらジョンが礼を言った。


(顔を見て言えよ……)


 二人してアーサーを見ると、両手で喉を押さえていた。顔があおい。


「まだ?」


「ヴッ!」


 血を吐いてアーサーが倒れた。


   *


〈被害者〉アーサー・マクミラン。死因――現在不明。




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