18.殺人事件(1)賭けのテーブルでメンバーを見回してカモがいないなら自分がカモである(2)
18.殺人事件(1)賭けのテーブルでメンバーを見回してカモがいないなら自分がカモである(2)
ミランダの豊かな胸が宵闇に揺れていた。
ふつう寮では門限が決まっている。抜けだすとペナルティがあってしかるべきだ。
ただ、今回は決闘である。
ミランダ曰く、英国紳士たるもの決闘となればそうしたことも許されるらしい。
もちろん、後日処罰はあるが、学校側が積極的に決闘を禁止することはない。
なにしろ名誉が賭けられているのだから。
男子寮から出て、支給されていたグローブとシューズを手に競技場に向かった。
古代ギリシアの意匠を模した競技場に入ると、中央にボクシングのリングがあった。
英国ではボクシングは紳士の競技と考えられている。
決闘でボクシングを選べば、一対一となる。
(別に三人がかりでもいいけれど)
深夜〇〇時〇一分――零時プラス1。
先に三人が待っていた。
「決闘なのに、女を連れてくるのか?」
三バカその一――ジョン・ブラックが声を上げた。
「私は審判。教官のほうがよかったあ?」
ミランダが三白眼で言いかえした。
「うるさい! さっさとリングに上がれ!」
ジョンが、セーラー服の上着を脱ぎすてた。リボンの色は黄だから、ハイキーステージ――つまり上級生だ。
「俺からだ!」
三バカその二――アーサー・マクミランが脱ぎながら、宣言した。
けれど、リングの上には童顔の三バカその三――ボブ・オコーナーがすでに立っていた。
「えっ?」
後ろを見るが、してやられたらしい。ボブが泣きそうな顔をしている。
「ハッ!」
シューズに履きかえたミランダが走ってジャンプした。空中で一回転して降り立つ。
「覚悟なさい」
年下の少女に言われてはどうしようもない。今さらリングを下りると一生の恥になる。倒されるより不名誉なことだった。
「ボブ! がんばれ!」
「ファイト! ボブ! ボブ!」
(仲間内でもいじめがあるのか……)
セコンドはアーサーで、ボブのグローブの紐を結んでやっていた。
ぼくは上着を脱ぐとシューズに履きかえて、マウスピースを口にするとゆっくりリング下から立ち上がった。
ミランダに紐を結んでもらう。
「ファイト!」
(おっと!)
ボブが完成されたジャブで牽制した。
(まだ届く距離にないけど……)
ぼくが躱して、左フックでボブの肝臓を打った。
ダウン。
「コーナーに」
指示するミランダに従った。
「テン、ナイン?」
ミランダが覗くと、ボブが白目になっていた。
「ボブ! 立ち上がれ!」
「立ち上がるんだ! ボブ!」
無茶である。
「次」
ミランダが宣言した。
リング下の椅子に横たわったボブが目を覚ます気配はなかった。
ジョンにグローブの紐を結んでもらったアーサーが「覚悟しておけよ」とぼくに唾を吐いた。
避ける。
「フッ……」
その品のなさに、ミランダが失笑した。アーサーが赤くなった。
「アーサー! やっちまえ!」
セコンドのジョンが口だけで応援した。
「ファイト!」
アーサーの猛攻。セミプロと言っていいほどの素早さだ。
(もしかしてぼくは選択を誤ったかな?)
ぼくはジャブを躱しながら、左に左に逃げる。
アーサーが追う。
ちょうどリングを半周した。
ぼくがストレートを打った。
(しめた!)
アーサーがそう言ったように聞こえた。
ぼくの右脇――つまり肝臓がガラ空きである。
アーサーの左フック――。
(えっ?)
アーサーがスリップした。さっきの唾だ。
ぼくのジャブがアーサーの顎を打った。
アーサーの頭が傾いた。
軽い脳震盪だ。
倒れた。
「え?」
ジョンが奇声を上げた。
アーサーを下に運ぼうとしたとき、水滴がアーサーの顔に落ちた。
動けないアーサーが、視線でそれを追った。
天井から、ボブが吊られていた。
流血が、全員に降ってきた。
*
〈被害者〉ボブ・オコーナー。死因――現在不明。




